JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
解説
大気中での光化学反応を考慮した自動車排出ガス測定
内田 里沙萩野 浩之
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2024 年 2024 巻 3 号 論文ID: JRJ20240303

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Abstract

自動車排出ガスに対し,欧州議会で暫定承認となったEuro7や米国環境保護庁(EPA)が提案したTier 4など,規制強化が進んでいる.大気質の改善は世界共通の課題であり,自動車は国際商品でもあることから,世界の研究機関や大学において,自動車排出ガスが大気中で起こる光化学反応,いわゆる「光化学スモッグ」を室内で再現する研究が行われている.本稿では,近年行われている大気中での光化学反応を考慮した自動車排出ガスの測定方法や研究例について解説する.

1. はじめに

大気環境基準が設定されている大気汚染物質のなかで,光化学オキシダント(主にオゾン: O3)を除き,微小粒子状物質(PM2.5: 粒径2.5 μm以下の粒子状物質)などは,2021年度において環境基準達成率100%であると環境省が報告している1).一方,世界保健機関(WHO)は2021年9月に大気環境に関する新しいガイドライン(WHO global air quality guidelines: AQG)を発行した2), 3).AQGは,世界の人々の健康を守ることができる大気質の指針値(AQG level)を推奨するものであり,各大気汚染物質に対する具体的な指針値が科学的な知見に基づいて提示されている.例えば,PM2.5の年間基準値を15 μg/m3から5 μg/m3へ引下げるといった指針値である.WHOのデータによると,2019年には世界人口の99%がAQGに満たない環境で生活しており,大気汚染と複合的な影響により,年間670万人以上が早期に死亡している4).これに伴い,欧州委員会は欧州グリーンディールのゼロ汚染行動計画に基づき,大気質指令(Air quality directives)の改訂を提案し,例えば,PM2.5の年間基準値を現行の20 μg/m3から10 μg/m3(2030年目標値)へ強化することが検討されている5).大気質の改善に向けた環境政策により,発生源対策(排出規制の強化など)の議論が今後も継続すると予想される.日本においても,大気質に関する科学的な知見に基づき,大気環境政策の改定へ向けた議論が必要な状況にある.

都市部における大気汚染物質の代表的な発生源のひとつである自動車は,大気質を保つために排出ガス規制値を設け,室内の認証試験によって管理されている.最近では,実際の大気環境への排出を配慮して,“リアルワールド”(実際の路上走行など)による排出ガスの認証試験(RDE: Real Driving Emission試験法)の導入が進んでいる.一方,大気中へ放出されたガス状物質は,光化学反応を起こす(光化学スモッグを引き起こす)ことが知られており,大気環境を模擬した光化学スモッグチャンバーを用いた研究も行われている.例えば,自動車排出ガスに対して光化学スモッグチャンバー実験を行うと,光化学反応で生成する二次粒子が,テープイプから直接排出される一次粒子と比べて無視できないことが指摘されている6).今後はリアルワールドにおける排出だけでなく,大気中での光化学反応までを考慮した大気環境政策が議論される可能性がある.大気中で光化学反応を引き起こす能力はガス状物質の種類などによって大きく異なることから,自動車排出ガスなどさまざまなガス状物質に対し,二次生成物質の生成実態に関する知見を得ることが重要となる.

本稿では,大気中での光化学反応を考慮した自動車排出ガスの測定手法に関する知見として,光化学反応の基礎知識,光化学スモッグチャンバーの概要,そして自動車排出ガスと光化学スモッグチャンバーを組み合わせた研究事例(文献紹介)について解説する.

2. 自動車排出ガス由来の大気汚染物質(一次排出物質と二次生成物質)

2.1 自動車排出ガスの規制物質と大気環境基準物質

自動車は都市部における大気汚染物質の代表的な発生源のひとつである.自動車排出ガス中の粒子質量(PM),粒子個数(PN),二酸化窒素(NO2)を含む窒素酸化物(NOx),炭化水素(HC)(本稿では揮発性有機化合物(VOC)と同義として扱う),一酸化炭素(CO)は排出ガス規制により管理されている.

大気環境基準の対象となっている大気汚染物質(二酸化硫黄(SO2),CO,NO2,PM2.5,オゾン)のうち,SO2とCOは発生源から直接排出される“一次排出物質”であるのに対し,PM2.5の大部分およびオゾンは,NOxやVOCなどの一次排出物質を前駆物質として大気中の光化学反応を経て生成する“二次生成物質”である.現在,自動車をはじめとする各発生源に対して一次排出物質に対する排出規制は導入されているが,二次生成物質に対する規制は施されていない.

2.2 大気中での光化学反応によるオゾン・二次粒子の生成

大気中の光化学反応は,太陽光(主に紫外線)による直接の光分解反応と,それに伴って生じた原子やラジカルの関与する一連の化学反応のことを指す.光化学反応の開始剤としてOHラジカルが重要な役割を担っていることから,“OH photo oxidation”や“OHラジカル反応”と表現されることがある.大気中のガス成分は,窒素(78%),酸素(21%),アルゴン(0.93%)で主に構成されている.これらの他に非常に微量な濃度(ppm(百万分の1),ppb(10億分の1),ppt(1兆分の1))で存在するVOCやNOxが,大気中での光化学反応を経ることにより,大気汚染物質であるオゾンやPM2.5が生成することが知られている(Fig. 1).VOCやNOxの発生起源は,自動車排出ガスなどの人為起源だけでなく,自然起源(植物,土壌,海洋など)と多岐にわたる7)

Fig. 1 Emission sources of gas reactants and primary particles, and the photochemical reaction cycle of NOx and formation process of secondary products (ozone and secondary aerosols).

オゾン(O3)は,大気中の酸素分子(O2)と酸素原子(O)が結合して生成する酸化力の強い物質である.大気上空にあるオゾン(オゾン層)は,太陽光に含まれる有害紫外線から生態系を守る役割を担っているが,我々の生活圏である対流圏に存在するオゾンは,健康被害や動植物被害など直接悪影響を及ぼす物質であるため,大気汚染物質のひとつとして環境基準が定められている.対流圏でのオゾンの生成には,VOCとNOxが関与している.NOxの中でもNO2に光(紫外線)が当たると,一酸化窒素(NO)を介してオゾンが生成する.

NO2 + hν → O (3P) + NO (1)

O2 + O (3P) → O3 (2)

ここで,hはプランク定数,νは光の振動数で,O (3P) は基底状態の酸素原子を表す.hν は光分解反応を開始させるために必要な光子のエネルギーを意味する.生成したオゾンはNOと反応して分解される.

NO + O3 → NO2 + O2 (3)

これらの反応 (1) (2) (3) により,オゾンはやがて定常濃度に達し,極端な高濃度にはならない.

しかし,ここにVOCが共存すると,OHラジカル,ヒドロペルオキシラジカル(HO2),有機過酸化ラジカル(RO2,Rはアルキル基など)といったHOxラジカルによる連鎖反応(HOxサイクル)によってオゾンが生成する.Fig. 2にHOxサイクルによる基本的なオゾン生成機構を示す.

大気中のVOCはOHラジカルとの反応によってRO2を生成し,RO2はNOを酸化してNO2を生成する.NO2と同時に生成したアルコキシラジカル(RO)は大気中のO2と速やかに反応して,HO2とカルボニル化合物を生成し,HO2はRO2と同様にNOと反応して,NO2を生成するとともに,OHラジカルを再生する.このようにVOC共存下では,NOは反応 (3) のようにオゾンを消費することなくNO2に変換される.

VOC + OH + O2 → RO2 + Products (4)

RO2 + NO → RO + NO2 (5)

RO + O2 → HO2 + Carbonyl products (6)

NO + HO2 → OH + NO2 (7)

光が強い条件下では,NO2は反応 (1) および反応(2)を経てオゾンを生成する.これらの反応 (4) ~反応 (7),反応 (1) および反応 (2) における正味の反応は,

VOC + 4O2 → 2O3 + Carbonyl products + Products (8)

となり,1分子のVOCから2分子のO3が生成することになる.これらの反応が連鎖的に起こることでオゾンが加速的に生成して高濃度となる.

このようにオゾンは,VOC反応とNOx反応の両方の影響を受けるため,バランスの取れた排出量削減対策が求められている.

Fig. 2 Fundamental ozone formation scheme by the HOx cycle

大気中のPM2.5はその発生機構によって,一次粒子と二次粒子に分類される.一次粒子は発生源から直接粒子として排出されるものであり,二次粒子はガス状物質(VOC,NOx,アンモニア,SOX(硫黄酸化物)など)を前駆物質として大気中で光化学反応や中和反応などを経て生成したものである.

二次粒子は前駆物質の化学組成から,二次無機粒子と二次有機粒子に分類される.二次無機粒子は,ガス状のSOXやNOXといった無機物が大気中で酸化されることで生成し,硫酸塩粒子と硝酸塩粒子に大別される.一方,二次有機粒子はSOA(Secondary organic aerosol)とも呼ばれ,大気中に存在する有機物であるVOCを前駆物質として生成する.VOCはさまざまな種類が存在するため,二次粒子の化学組成や物性は多種にわたり,二次粒子が生成する条件は極めて複雑である.また,二次粒子は世界各国で共通するPM2.5の主要な成分である.このため,二次粒子の生成機構の解明は世界共通の課題として研究が進められている.

2.3 光化学反応を考慮した自動車排出ガスの排出量

自動車の電動化により排出ガスが低減されることが期待されるが,バッテリー原料の需要と供給の課題8),充電設備の普及の課題9),自動車の車齢は10年以上であること10) を考慮すると,自動車排出ガスによる課題はまだまだ続くことが予想される.このような背景から,一次粒子だけでなく,光化学反応を考慮した自動車排出ガスの測定に関する研究が行われている.自動車排出ガス中に含まれるVOCやNOxが大気中の光化学反応過程を経ることで,二次粒子(SOA,硫酸塩粒子,硝酸塩粒子)やオゾンが生成する.二次粒子を排出量(二次粒子の生成量を燃料消費量で換算した値)として測定すると,一次粒子(元素状炭素(EC)や一次有機粒子(POA))に対して無視できない6), 11)(Fig. 3).詳細な実験方法や研究について,次節以降にまとめる.

Fig. 3 An example of the results of an automotive emission measurement study considering photochemical reactions. Secondary particle formation study for gasoline vehicles and diesel vehicles6) *.

LDGV: light-duty gasoline vehicles pre-LEV: vehicles manufactured prior to 1995  LEV1: vehicles manufactured between 1995 and 2003  LEV2: vehicles manufactured 2004 or later HDDV: heavy-duty diesel vehicles   DPF: Diesel Particulate filter

3. 光化学スモッグチャンバーによる実験方法

3.1 光化学スモッグチャンバーの概要

オゾンや二次粒子の生成機構を解明するための研究ツールとして,光化学スモッグチャンバーが活用されている.光化学スモッグチャンバーは,室内実験において大気中の光化学反応を模擬するための反応容器の総称である.国内外の研究機関には,常設型や可搬型,屋外型や室内型,大型や小型,定圧型と定積型,バッチ型(静置型)とフロー型(流通型)など,研究目的に合わせて多種多様な光化学スモッグチャンバーが存在する.空気精製器,試料導入システム,光源,排気システム,および温度制御システムなどを含めて,光化学スモッグチャンバーシステムともいう.Fig. 4にバッチ型の光化学スモッグチャンバーの一例として,Cambridge Atmospheric Simulation Chamber 12) の概略図を示す.バッチ型光化学スモッグチャンバーの一般的な使い方としては,目的の試料(前駆物質)を反応容器内に導入し,その反応物および生成物の時間変化や定常濃度を測定することで,反応速度や二次生成物質の生成メカニズム把握に資するデータを取得する.フロー型のチャンバーは,フローリアクターやフローチューブとも呼ばれ,もともとはガスと粒子の不均一反応などの反応速度定数を正確に見積もるために実験室内で利用されてきた13).近年では,二次粒子の生成状況(生成ポテンシャル)をin-situ(その場)で,かつ高時間分解能で観測する目的で使用される14)

Fig. 4 Schematic of the Cambridge Atmospheric Simulation Chamber *.

3.2 JARIスモッグチャンバー

一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,バッチ型で自動車排出ガス測定試験に適用可能な可搬型の光化学スモッグチャンバー(JARIスモッグチャンバー)を構築し,自動車排出ガスから生成する二次生成物質の研究に利用している15)(Fig. 5).JARIスモッグチャンバーの特徴は,可搬性を有する点である.光化学スモッグチャンバーの外枠にタイヤを設置することで可搬性を持たせるとともに,外枠を2分割可能な構造にして,容易に運搬できるように工夫している.可搬性を有することで,シャーシダイナモ設備をはじめとした自動車排出ガス測定試験設備など,さまざまな現場での光化学反応実験を可能にしている.反応容器の壁材には化学反応に対して不活性で16),可視から紫外領域における透過性が高いテフロンフィルム17) を採用し,アルミニウム製フレーム(約2 m×1.5 m×1.5 m)と反応物の表面反応の影響が出ないように,反応物がフレームに接触しないように固定した.反応容器の容積は最大7.5 m3である.サンプル採取による圧力変化が無視できるよう容積可変の構造にすることで,光化学スモッグチャンバー内空気を希釈することなくサンプル採集できるとともに,3時間~6時間の実験にも対応可能である.光源には,紫外線(UV)ランプ(Q-Lab社製のブラックライト,UVA340,UVA340+など)を用い,ランプはすべて底面に配置するとともに,反応容器全体に光が照射されるように,ランプ下およびチャンバーの天井と側面に鏡面仕上げのアルミ板を設置した.また,照射時のランプの温度上昇を抑制するために,ランプ下部にファンを設置している.光化学スモッグチャンバー温度(実験温度)は設置場所の室温に依存するため,温度可変設備(–7℃~50℃)を搭載した環境型シャーシダイナモでも実験可能となるよう,光源に保護フィルムを設置するなどの工夫を施している.

Fig.5 JARI smog chamber system

光化学スモッグチャンバー内の反応物および生成物の測定は,主にガス状物質,粒子状物質が対象となるが,測定機器類の選択も二次生成物質のメカニズムを把握する上で重要である.Table 1に粒子の分析方法をまとめる.JARIでは,フィルター分析やバック分析のようにサンプルを捕集して実験室の分析計で分析するオフライン分析のほかに,米国エアロダインリサーチ社のエアロゾル質量分析計(Aerosol Mass Spectrometer: AMS)18), 19) や簡易型エアロゾル分析計(Aerosol Chemical Speciation Monitor: ACSM),オーストリアのIonicon社で製造されているプロトン移動反応質量分析計(Proton Transfer Reaction Mass Spectrometry: PTR-MS 20), 21), 22)など用いたサンプル捕集と分析を一体化してリアルタイムで測定可能なオンライン分析23)を取り入れている.

Table 1 List of particle analysis methods

3.3 JARIスモッグチャンバーによるVOCからの二次生成実験の例

JARIスモッグチャンバーの性能を評価する目的で,VOCのNOx酸化実験を実施した.VOCには自動車排出ガス中に典型的に含まれる成分であるトルエンを用いた.実験手順は,あらかじめ精製空気を導入したチャンバーに既知量のトルエンとNOを導入した後,紫外線(Q-Lab社製のブラックライトまたはUVA340)を6時間照射した.Fig. 6に結果の一例を示す.光照射を開始すると,トルエンは時間とともに消費され,NOがNO2に酸化される様子が観測された.さらに,NO2の生成とともにNO2の光分解反応でオゾンの生成が開始し,光照射開始から約60分後あたりから粒子(SOA)の生成が確認できた.反応物および生成物の時系列変化は,Sato et al. (2007) 24) が国立環境研究所の光化学反応チャンバーで実施したトルエン-NOx光照射実験結果と整合的であった.

VOCの実験系の場合,SOAの生成しやすさの指標として,SOA生成収率が用いられる.SOA生成収率は,反応で消費したVOCの質量濃度(Δ[VOC] (μg/m3) )に対する生成したSOAの質量濃度( [SOA] (μg/m3) )の比で定義され,次式で与えられる.

YSOA = [SOA] /Δ[VOC] (9)

ただし,このYSOAは同種のVOCであっても一定ではなく,反応条件などに依存する.SOA生成収率をSOAの生成量の関数(SOA生成収率曲線)として整理するのが一般的である25).Fig.7に,本実験系で得られたトルエンのSOA生成収率曲線と既往研究の結果を示す.光源にブラックライトを用いた場合,JARIの結果(図の青プロット)はLi et al (2016) 26) の大型(90 m3 , 5.5 m×3 m×5.5 m)の光化学スモッグチャンバーを用いたSOA生成曲線の範囲内であった.JARIスモッグチャンバーは,Liらの光化学スモッグチャンバーに比べて容積が小さく,表面積対体積比が大きいため反応容器壁面での表面反応の影響が大きいことが懸念されたが,本実験の結果より,JARIスモッグチャンバーは大型の光化学スモッグチャンバーと同等の性能を有することが示せた.また,光源にUVA340を用いた場合,ブラックライトよりも収率が下がり,Odum et al (1997) 27) の太陽光を光源とする曲線に近づく結果となった.これは,二次粒子生成を含むチャンバー内の反応が紫外線によって引き起こされると考えた場合,UVA340の紫外線領域(波長スペクトル)がブラックライトよりも太陽光に近く構成されていることと整合的である.JARIでは,自動車排出ガスにおける二次生成実験を行う際は,より太陽光の紫外線領域に近いUVA340を用いて実験を行っている.より詳細な反応メカニズムについては現在解析中である.

このように,VOCとNOXの素反応による実験は,二次生成実験におけるスモッグチャンバーの性能評価や,SOA生成収率に対する実験条件(光源の波長領域や光強度など)の影響分析が行える.このような確認実験を行い,研究データや研究アプローチの限界を明確にすることは,研究自体の信頼性を高めることになる.

Fig. 6 Concentrations of toluene, NO, NO2, O3, SOA measured as a function of irradiation time at UVA340 (Initial Experimental conditions: [NO]0 = 50 ppb, [Toluene]0 = 220 ppb.The NO2 photolysis rate (JNO2) (alternative indicators of UV intensity) : 0.32 min-1)

Fig. 7 Comparison of the photooxidation SOA curve of toluene in the JARI smog chamber with in previous studies.

4. 光化学反応を考慮した自動車排出ガス測定

自動車排出ガスからの二次生成物質の測定には,国際標準化された確立した手法はなく,研究段階である.自動車排出ガスからの二次生成物質の生成実態を知るには,さまざまなパラメータを考慮した研究が行われている.例えば,排出源に関わるパラメータとしては,排出ガスの種類(ガソリン車,ディーゼル車),排出過程の違い(排出ガス,燃料蒸発ガスなど),燃料成分,走行条件(走行モード,始動条件,温度条件など)があり,チャンバー実験に関わるパラメータとしては,温度,湿度,光源(光の強度,波長スペクトルなど)や,その他複合影響(共存する粒子やガスなど)がある.JARIスモッグチャンバーでは,さまざまな研究用途・目的に応じて,これらのパラメータをカスタマイズしながら実験に臨んでいる.

4.1 自動車排出ガスと光化学スモッグチャンバーを組み合わせた実験の例

自動車排出ガス測定で用いられているシャーシダイナモメータと光化学スモッグチャンバーを組み合わせた実験系をFig. 8に示す.チャンバー内に排出ガスを導入する手法としては,主にエジェクターによる吸引・送気が用いられる.排出ガスの希釈比も光化学反応に影響を及ぼす要因となるため,JARIでは希釈比はおおむね100倍を目標に希釈している.チャンバー内に導入された排出ガスは,3時間~6時間ほど光照射して反応させる.JARIでは平均日照時間に合わせて光照射を5時間としている.このとき,反応開始剤となるOHラジカルの生成量の確保や反応を加速させる目的で,亜硝酸(HONO)や過酸化水素(H2O2)を導入することもある.光化学反応中は,オンライン分析機器を用いて,連続的に反応物と生成物を測定し,反応前後にフィルター分析やバッグ分析用のサンプリングを行う.

2000年代以前に行われたスモッグチャンバー実験では,測定機器の感度に課題があり,化学組成の情報を得るためには濃度が大気より数百倍高い条件で行う必要があった.2000年代以後になると,粒子組成を測定するAMS や前駆物質となるVOC を測定するPTR-MSなど,低流量で高い感度で測定する機器が普及し,大気実態に近い条件(特に低NOx 条件など)での研究が行えるようになった.

Fig.8 Schematic of the smog chamber as set up during experiments, and the vehicle exhaust injection system.

4.2 研究事例(文献紹介)

自動車をはじめとする燃焼起源排出ガスの光化学チャンバー実験は,国内外で複数の研究例が報告されている28).以下では,自動車排出ガスと光化学反応を考慮した研究についての文献調査を行い,実験パラメータが二次生成に与える影響で分類してまとめた.

4.2.1 排出ガスの種類の影響

排出ガスの種類の影響を調査した文献では,自動車排出ガスの種類として,主にディーゼル車排出ガスとガソリン車排出ガスが研究対象であるが,Non tail pile emissionであるガソリン自動車からの燃料蒸発ガスも排出ガスの一種として研究対象とされることもある.

Platt et al. (2017) 29) やHartikainen et al. (2023) 30) では,Euro 5またはEuro 6排出基準に準拠したガソリン乗用車とディーゼル乗用車(ディーゼル粒子除去装置(DPF)搭載車)の排出ガスを用いた光化学スモッグチャンバー実験により,ガソリン車排出ガスの方がディーゼル車排出ガスに比べて,二次粒子が多く生成したと報告している.この要因として,ガソリン車排出ガス中には,二次粒子を生成しやすい(SOA生成収率の高い)芳香族炭化水素が多く含まれているためと考察している.

ディーゼル車(DPF搭載)排出ガスの場合は,二次粒子の前駆物質となり得る炭化水素の排出量が少なく,排出される成分も主に揮発性の高いアルデヒドやアセトアルデヒドなどの短鎖の含酸素化合物で構成される.SOAは揮発性の低い長鎖の含酸素化合物の凝縮などで生成することから,ディーゼル車排出ガスから生成するSOAの量は少ない.NOx排出量は大きいことから,大気環境におけるオゾン生成や硝酸アンモニウムなどの無機粒子の生成への関与が懸念されている31)

Gentner et al. (2013) 32) は,トンネル観測により得られた排出ガス成分情報と,軽油およびガソリンの燃料成分情報を用いて,ディーゼル車排出ガス,ガソリン車排出ガス,ガソリン蒸気によるオゾン生成ポテンシャル(Ozone Formation Potential: OFP)を見積もっている.その結果,ガソリン車排出ガスのOFPが最も高く,ガソリン蒸気とディーゼル車排出ガスは同程度であり,自動車排出ガス中に含まれるオレフィン類(不飽和炭化水素類)と含酸素成分(アルデヒドなど)がオゾン生成の主な要因となることが示唆されている.

4.2.2 燃料成分の影響

自動車用燃料は,主にガソリンと軽油に大別される.軽油は炭素数12~20のパラフィン類(飽和炭化水素類)が大部分を占め,次いで芳香族炭化水素類で構成されている.ガソリンは炭素数4~12の炭化水素の混合物であり,パラフィン類と芳香族炭化水素類の他にも,オレフィン類(不飽和炭化水素類)や,エタノールのような含酸素成分などで構成されている.ガソリン車から排出されるガス成分は,燃料成分に依存して変化することが報告されている33)

Guenter et al. (2012) 34) は,軽油,ガソリン,ガソリン蒸気の成分を調査し,各成分のSOA生成収率に基づき,排出ガスではなく燃料単体(軽油およびガソリン)とガソリン蒸気のSOA生成収率を見積もっている.推計の結果,軽油はガソリンやガソリン蒸気よりもSOA生成収率が高い(SOAを生成しやすい)と報告している.軽油中には炭素数が大きい成分(蒸気圧が低い成分)が多く含まれているため,揮発性の低い長鎖の含酸素化合物が二次生成しやすく,SOA生成収率が高くなると考察している.

Peng et al. (2017) 35) は,芳香族炭化水素類の含有割合の異なるガソリンを用いて,その排出ガスによる光化学スモッグチャンバー実験を実施した.その結果,ベースとなる燃料(芳香族炭化水素:29.8%)に比べて,燃料中の芳香族炭化水素分が高いガソリン(芳香族炭化水素:36.7%)の排出ガスの方が二次粒子(SOA)を生成しやすい(SOA生成収率が高い)ことを報告している.これは,3.2.1で述べたPlatt et al. (2017) 29) と同様に,排出ガス中に二次粒子を生成しやすい芳香族炭化水素分や多環芳香族類が多く含まれるためと考察している.

Timonen et al. (2017) 36) は,エタノール含有割合が10%, 85%, 100%の燃料を用いて,その排出ガスが二次粒子生成に与える影響をフローリアクターを用いて評価した.実験の結果,エタノール含有割合の増加にともない,二次粒子の生成ポテンシャルが減少すると報告している.二次粒子の前駆物質となる非メタン炭化水素類(NMHC)と芳香族炭化水素類の排出量が,エタノール含有割合の増加に伴い減少したことに起因すると考察している.

4.2.3 後処理と走行条件の影響

最新のガソリン車には,規制物質(CO, NOx, HC)の排出量を低減するために,後処理技術として三元触媒が搭載されている.また,Euro 6,国6,LEVIII規制へ対応するため,直噴ガソリン車から排出される粒子状物質を除去するGPF(Gasoline Particulate Filter)の実用化が進められている.ディーゼル車には,COやHC,粒子状物質中の可溶有機成分(SOF)を低減するためのディーゼル酸化触媒(DOC),粒子状物質捕集するためのDPF,NOx浄化のための尿素SCRなどの後処理システムが搭載されている.これらの後処理技術は,走行条件(冷間始動時と暖機始動,エンジン負荷など)の影響を受けることから,後処理の有無と走行条件の影響を合わせて評価する研究が多い.

Karjalainen et al. (2016) 37) は,三元触媒を搭載したガソリン車を用いて,フローリアクターによる二次粒子生成ポテンシャルを測定した結果,冷間始動時の走行開始直後が最も二次粒子の生成が多くなると報告している.この要因としては,走行開始直後はエンジンおよび触媒が十分暖機されていないため,二次粒子の前駆物質となる炭化水素類(その中でも芳香族炭化水素類)が多く排出されるためと考察している.

Link et al. (2017) 38) は,三元触媒が搭載されたガソリン車およびLPG車,DPFおよびDOCを搭載したディーゼル車の排出ガスをフローリアクターで反応させた実験を行っている.光化学反応により生成した二次粒子の成分を高分解能飛行時間型エアロゾル質量分析計(HR-AMS)でモニターした結果,ガソリン車とLPG車の二次粒子には,無機成分(アンモニウム塩と硝酸塩)が多く含まていることを報告している.フローリアクターは加速実験であるため,より大気環境に近い光化学スモッグチャンバー実験を行ったHartikainen et al. (2023) 30) の結果でも,ガソリン車排出ガスから生成される二次粒子は,有機成分(SOA)のみならず無機成分(硝酸塩とアンモニウム塩)が多く含まれることを報告している.ガソリン自動車からの硝酸アンモニウムの生成は,Tkacik et al. (2014) 39) やKuittinen et al. (2021) 40) の実験でも立証されている.

Pieber et al. (2018) 41) は,光化学スモッグチャンバーおよびフローリアクターを用いて,直噴ガソリン車へレトロフィット型GPF搭載の有無と走行条件(冷間始動および暖機始動)が二次粒子生成にもたらす影響について調査している.冷間始動の方が暖機始動よりも,一次粒子とNMHCの排出が多くなった結果,二次粒子の生成量も大きくなることを報告している.また,GPFにより一次粒子(ブラックカーボンなど)は減少するものの,冷間始動時のNMHCの排出量や成分がGPFの影響を受けないため,二次粒子の抑制には大きな効果が得られていない.

Chirico et al. (2010) 42) は,光化学スモッグチャンバーを用いて,ディーゼル車の後処理システムの違い(後処理技術なし,DPF搭載,DPFおよびDOC搭載)による二次粒子への影響を調査している.後処理技術のない車両の排出ガスに比べて,DOC搭載車では二次粒子(SOA)の生成が抑制され,さらにDPF+DOC搭載車では,一次粒子(ブラックカーボンおよびPOA)も大幅に削減される結果を示している.Gordon et al. (2014) 6) も,ディーゼル車の二次粒子を含めた粒子状物質の対策において,同様の実験の結果に基づき後処理技術の重要性を示唆している.

4.2.4 温度の影響

近年,リアルワールド条件での排出ガス測定の必要性が検討される中で,環境温度条件も排出ガスに影響を及ぼすパラメータとして注目されている.「今後の自動車排出ガス低減対策のあり方について(第十四次報告)」43) の今後の検討課題の中にも,低温試験及び高温試験の導入について言及されている.光化学反応においても,環境温度がVOCからの二次粒子生成やオゾン生成に影響を与えることが既往研究により報告されている(Sheehan and Bowman (2001) 44), Takekawa et al. (2003) 45), Warren et al. (2009) 46), Coates et al. (2016) 47), 定永 (2019) 48) ).木村ら (2022) 49) は,走行時の環境温度がガソリン排出ガス中の一次排出物質(CO, NOx, PM, PN)の排出量に影響を与えることを報告している.

Platt et al. (2017) 29) は,環境温度(走行時およびチャンバー温度)が室温(22℃)および低温(–7℃)の条件で,ガソリン車およびディーゼル車(DPF搭載)排出ガスを用いた光化学スモッグチャンバー実験を実施している.ディーゼル車排出ガスは室温と低温条件ともに,二次粒子の生成が検出限界以下であり,低温時においてもDPFの効果が有効であることを示唆している.一方,ガソリン車排出ガスでは,低温条件の始動時でHC排出量が大幅に増加するため,ディーゼル車排出ガスよりも二次粒子を多く生成すると報告している.環境温度が排出ガス中の規制物質の排出量に影響を与えることはいくつか報告されているものの,光化学スモッグチャンバーと組み合わせた研究例は限られている.大気環境への影響をより明らかにするために,環境温度条件をより細かく設定し,始動条件(冷間,暖機,停車時間)といった運転条件と,一次排出物質および二次生成物質の関係を定量化するなど科学的知見の蓄積が求められている.

5. まとめ

本稿では,大気中の光化学反応を考慮した自動車排出ガス測定に関する知見として,光化学反応の基本的知識,光化学スモッグチャンバーによる実験の概要,そして自動車排出ガスと光化学スモッグチャンバーを組み合わせた研究事例(文献紹介)について解説した.自動車排出ガスが大気環境へ与える影響は,これまで排出規制されてきた一次排出物質だけでなく,二次生成物質も重要であることが世界各国の研究で指摘されている.現在の自動車産業は「100年に1度の変革期」にあると言われており,将来の自動車社会の大きな変革に伴い,大気質も大きく変化すると考えられる.これからの日本の大気環境を正しく予測するために,一次排出物質の低減だけでなく,二次生成物質も含めた大気での実態解明に資する科学的データの蓄積が必要である.本稿が読者の方々の調査や研究の一助となれば幸いである.

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
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