JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
研究活動紹介
電動キックボードの四輪車との衝突実験方法
一色 孝廣
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2025 年 2025 巻 4 号 論文ID: 20250401

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Abstract

日本国内で電動キックボードが関係する交通事故は増加傾向にあり,なかでも四輪車を相手当事者とする事故は単独事故に次いで多い.一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,電動キックボード乗員の衝突被害を軽減させる研究などに寄与すべく,電動キックボードと四輪車の両車走行の事故を再現する衝突実験方法を確立した.

JRJ20250401

【研究活動紹介】

1. はじめに

電動キックボードは法規上,車体の大きさや原動機の出力,最高速度などによりいくつかの車両区分に分類される.なかでも「特定小型原動機付自転車」に分類される機種は,16歳以上が運転免許不要で乗車できる新たな交通ルール1) の適用や,シェアリングサービスの拡大などにより,日本国内で活用が広まっている.それに伴い電動キックボードが関係する交通事故は増加傾向にあり,なかでも四輪車を相手当事者とする事故は単独事故に次いで多くなっている2)

電動キックボードは近年急速に活用が広まったモビリティであるため,四輪車との衝突における電動キックボードの挙動や,乗員の受傷形態には不明な点が多い.電動キックボードの安全性を向上させるには,四輪車との衝突を再現する手法を確立し,取得したデータを用いた衝突被害軽減の研究などを推進させることが必要である.

従来,一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,静止物に対する電動キックボード単独の衝突実験方法3) を確立していたが,走行中の四輪車などと出会い頭で衝突する場合のような,両車走行の衝突実験方法については確立できていなかった.また,海外の先行する事例4)~6) などにおいても,走行中の四輪車などとの両車走行の衝突実験については確立された手法が見られなかった.

以上の背景から,JARIでは電動キックボードと四輪車の両車走行の事故を再現する衝突実験方法(図1)を確立する研究を実施した.本稿では,その取り組みについて紹介する.

図1 最終的に方法を確立した衝突実験の様子

2. 電動キックボードの衝突実験方法の概要

電動キックボードは,二輪かつ乗員が立って乗車する機種が多い.そのような機種において衝突実験用の人体ダミーを乗員に見立てて事故再現実験を行おうとする場合,人体ダミーが電動キックボード上で自立せず,かつ電動キックボード自体も自立しないという問題が生じる.

そのため,従来JARIが確立していた電動キックボード単独の衝突実験方法では,1)専用の台車により電動キックボードおよびその乗員を模した人体ダミーを立たせた状態で保持し,2)保持した状態のまま台車ごと牽引して衝突速度まで加速させ,3)衝突直前に台車のみ減速停止させ,4)電動キックボードおよび人体ダミーを慣性により台車から離脱させ,対象物に衝突させる方法を採っていた.本研究においても同様の方法を基本に,四輪車との両車走行の実験を成立させるための工夫を施すことにした.

3. 方法

3.1 設備と機材

従来からJARIが確立していた電動キックボード単独の衝突実験方法では,「牽引のための駆動装置が単軸の実験設備」(以降,単軸の実験設備とする)7) を用いていた.そのため,電動キックボードと四輪車を同時に牽引して衝突させることができず,静止した四輪車に対して電動キックボードを単独走行にて衝突させていた.そこで本研究では,「交差する複数軸の駆動装置を備えた,自動車などのための衝突実験設備」(以降,複数軸の実験設備とする)8) を用いて,電動キックボードと四輪車を同期させて牽引し,両車走行にて衝突させることにした.

ただし,単軸の実験設備が駆動装置による台車の加速および減速停止を任意に行えたのに対し,本研究の複数軸の実験設備は駆動装置の特性上,台車の加速は行えるものの減速停止は任意に行えないという制約があった.そのため,本研究では台車を駆動装置で加速した後は両者を切り離して,減速停止を駆動装置に頼らず台車自体で行うことにし,減速停止のためのエネルギ吸収装置を備えた台車を新たに設計した(図2).

図2 台車の設計

なお,本研究の複数軸の実験設備は,駆動装置が自動車などの牽引も可能な大出力を持つ反面,比較的小さな出力の単軸の実験設備と比べると加速の滑らかさに劣るため,電動キックボードが加速途中などの不適切なタイミングで台車から離脱する恐れがあった.そのため,本研究では電動キックボードを台車に結束して離脱の恐れがない状態で加速を開始し,その後加速が終了して等速運動に移行したタイミングで結束を解除する独自の機構を考案した(図3 a).

また,先行する事例においては,電動キックボードのハンドルを固定した状態で衝突実験を行っていると見受けられるケースが存在した.これは,牽引時に電動キックボードの直進安定性を確保することが目的のひとつと考えられる.本研究においても,台車の試作段階で電動キックボードの牽引を試行したところ,概ね10 km/hを超える速度域で路面の不整などをきっかけに電動キックボードのハンドルが左右に振れ,直進安定性を損なう事象が生じたことから,牽引時に電動キックボードのハンドルを固定しておく必要性が確認された.しかし,事故再現の観点からは,衝突瞬間以降はハンドルを固定しないことが望ましいため,本研究では電動キックボードのハンドルを固定した状態で加速を開始し,衝突直前の適切なタイミングで固定を解除する独自の機構を考案した(図3 b).

図3 本研究にて考案した独自機構(概念図)

3.2 実験の目的と条件設定

前述の設備および機材を用いて,電動キックボードと四輪車の両車走行の衝突実験を実施し,その成立性を確認した(図4).具体的には,電動キックボードおよび人体ダミーの姿勢の保持と離脱,ハンドルの固定解除に加え,衝突速度および衝突位置が目標通りとなるかを確認した.

電動キックボードには特定小型原動機付自転車に分類される全長約1.2 mの二輪かつ乗員が立って乗車する機種を用い,四輪車には全長約4.7 mの一般的なセダン型の乗用車を用いた.また,電動キックボードの乗員は成人男性相当の人体ダミー(Hybrid-Ⅲ 50パーセンタイル成人男性.身長1.75 m,体重78 kg.立ち姿勢型)を用いて模擬した.

衝突速度は,技術的に成立が難しい高速度の条件において実験が成立するかを確認するため,電動キックボードと四輪車が共存し得る一般道路における走行速度規制の上限値(電動キックボード:20 km/h,四輪車:60 km/h)を目標とした.また,衝突速度の目標に対するずれは,日本の自動車アセスメントにおける側面衝突試験9) などを参考に±1 km/hまでとした.衝突位置については,実験後に四輪車側に残された痕跡から初期接触の位置を確認しやすいよう,四輪車の運転席ドアの前後中央に電動キックボードの前輪が初期接触することを目標とした.

なお,本研究では上記の限られた条件で実験の成立性を確認しており,現実に発生し得る他の事故形態(四輪車の前面と電動キックボード側面の衝突など)での実験の成立性については別途確認が必要である.

図4 目標とした実験条件

4. 結果

図5に実験前の台車の外観を示す.台車本体の製作,および実験設備への設置を,設計仕様に基づき実施した.

図6に実験の様子を示す.牽引中の電動キックボードおよび人体ダミーの保持は安定しており,電動キックボードの台車からの離脱やハンドルの固定解除にも問題がなく,離脱後から衝突瞬間まで電動キックボードおよび人体ダミーの姿勢が崩れることはなかった.衝突速度の目標と実測の差異は0.5 km/h以下(電動キックボード:目標20 km/hに対し実測19.6 km/h,四輪車:目標60 km/hに対し実測60.5 km/h),初期接触位置は四輪車の運転席ドアのほぼ前後中央であり(図7),衝突速度および衝突位置についても条件設定を満たす結果であった.

以上の結果から,JARIにおける電動キックボードと四輪車の両車走行の衝突実験の成立性を確認することができた.

図5 台車の外観

図6 実験時の挙動

図7 実験後の四輪車右側面

5. まとめと今後の課題

JARIでは,電動キックボードと四輪車の両車走行の衝突実験方法を,機材の具現化と実験の成立性確認を通じて確立することができた.本研究にて確立した衝突実験方法は,電動キックボードの衝突被害軽減の研究などに資するものと考えられる.

なお,本研究では四輪車の側面に電動キックボードが衝突するという限られた条件で実験の成立性を確認しており,今後は,現実に発生し得る他の事故形態(四輪車の前面と電動キックボード側面の衝突など)についても対応を拡大していく予定である.

今後は,ラストワンマイルの移動や自動車免許を返納した高齢者の日常の足など,多様な移動のニーズに応えるモビリティが世の中に普及すると考えられる.電動キックボードをはじめとするこれらモビリティの安全に貢献できるよう,引き続き研究を進めていきたい.

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
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