2025 年 2025 巻 4 号 論文ID: 20250402
近年の車両の電動化に伴い,リチウムイオン二次電池の安全性評価試験の需要が高まっている.一般財団法人日本自動車研究所(JARI)においては高まる試験需要に応えるため,既存の試験室に加え,リチウムイオン電池試験室を新設した.本試験室は,耐火・耐熱性能やガス発生時の浄化装置を備えており,モジュールの発火試験やパック保護試験が可能である.本稿では,新試験室で実施可能な試験の範囲,試験の例および本試験室の仕様などについて紹介する.
JRJ20250402
【トピックス】
1. はじめに
温室効果ガスによる地球温暖化の進行を抑え,産業革命前と比較して気温上昇を2 ºC未満に抑えるため,製造から廃棄までの温暖化ガスの排出量が内燃機関車より少ない 1) ハイブリッド車(HEV),プラグインハイブリッド車(PHEV),電気自動車(EV)の普及が進んでいる.これらの車両は,駆動用の電気エネルギーを貯蔵する二次電池を搭載する.従来,HEVにはニッケル水素二次電池が使用されてきたが,近年はほとんどがリチウムイオン二次電池に置き換わっている.リチウムイオン二次電池を車両に搭載するためには,法規への適合が求められる.例えば,安全性に関わる国連協定規則UN/ECE R100.03 part22) では過充電保護や過昇温保護などの保護試験に加え,圧壊試験などの破壊試験が規定されている.破壊試験においてリチウムイオン二次電池が外部短絡または内部短絡を起こして高温になった場合,負極活物質の被膜の分解,電解液の気化・分解および電解液と負極活物質の反応などによりCO,CO₂,炭化水素類が発生する3), 4).この反応によってさらなる発熱が生じ,電池内部の化学反応が制御不能になる,いわゆる熱暴走が発生する.熱暴走などによって電池内部で大量のガスが発生し,電池内の圧力が上昇すると,電池が破裂する恐れがある.そのため,リチウムイオン二次電池には,内部の圧力を開放する安全弁が作動するように設計されている.電池から排出された電解液や炭化水素類は可燃性であるため,着火源があるまたは発火点を超え,十分な酸素がある場合に燃焼し,場合によっては爆発することもある.さらに,リチウムイオン二次電池の燃焼時などには,気化した電解液,CO,CO₂,炭化水素類に加え,フッ化水素が発生することがあり,これらの多くは毒性を持つ5) - 7).したがって,リチウムイオン二次電池の安全性評価試験を行うためには,電池の燃焼や爆発に耐えうるだけでなく,発生したガスを適切に外部に排出し,かつ,浄化することが可能な試験室が必要となる.
一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,リチウムイオン二次電池の安全性評価試験を実施可能な試験室を2つ保有しており,これまで基準および標準化活動のデータ取得,製造会社の研究開発などに活用されてきた.近年の車両の電動化の進展に伴い,それらの試験室の稼働率が高止まりしているため,今回3つ目の試験室を新設した.本稿では,新設したリチウムイオン電池試験室で実施することが可能な試験の範囲,試験の例および本試験室の仕様などについて紹介する.
2. 新設したリチウムイオン電池試験室で実施することが可能な試験
新試験室で実施可能な試験を説明する前に,読者理解の参考として,はじめにリチウムイオン二次電池の形態について説明する.一般的に,リチウムイオン二次電池の形態はセル,モジュールおよびパックの3つがある.最小単位をセル(単電池),セルを複数個(通常4~30個程度)搭載したものをモジュール(組電池),モジュールを複数個(通常8~12個程度)搭載したものをパックという.また,リチウムイオン二次電池のセルの形状は,円筒形,角形およびラミネート形(あるいは,パウチ形)の3つがある.ラミネート形の外装材はレトルト食品の梱包用フィルムと同様である.概略を図1に示す8).
図1 リチウムイオン二次電池の形態8)
従来,JARIが保有する試験室は,セルの試験を行うことが可能な飛散防止隔壁と9),EVの車両火災試験までを行うことが可能な耐爆火災試験設備10) の2つであった.そこで,新設した試験室は,それらの中間に位置するモジュールの発火試験や,パックで発火が生じないことを確認する試験まで行うことが可能な仕様とした.各試験室における評価対象の形態ごとに実施可能な試験の範囲を表1に示す.なお,飛散防止隔壁およびリチウムイオン電池試験室での試験の可否はあくまで一般的なものであり,セルの電気的エネルギー貯蔵容量が比較的大きい場合は,リチウムイオン電池試験室または耐爆火災試験設備で実施する.リチウムイオン電池試験室で実施可能な具体的な試験の範囲の例を表2に示す.
表1 既存の試験とリチウムイオン電池試験室で実施可能な試験の範囲
表2 リチウムイオン電池試験室で実施可能な試験の範囲の例
評価対象の形体 | 発火の可能性 | 試験の例 | 試験の例の概要 | 実施の可否 |
---|---|---|---|---|
セル | 低 | 過放電試験 | 使用下限電圧未満まで放電する11) | 〇 |
高 | 加熱試験 | 雰囲気温度を室温から5 ºC/minで130 ºCまで昇温し,30分保持する11) | 〇 | |
モジュール | 低 | 水没試験 | 塩水に浸す12) | 〇 |
高 | 圧壊試験 | 直径150 mmの半円筒の治具で潰す11) | 〇 | |
パック | 低 | 外部短絡保護試験 | 5 mΩ以下の抵抗で短絡させ,短絡電流の制限や遮断の有無を確認する1) | 〇 |
高 | 熱連鎖試験 | パック内の1セルをヒータ加熱または釘刺しで強制的に熱暴走させる13) | × |
〇:実施可,×:実施不可
3. リチウムイオン電池試験室の仕様
新設した試験室の外観を図2に,仕様を表3に示す.前述のようにリチウムイオン二次電池の安全性評価試験では,ガスの発生や発火が生じることがある.そのため,床,壁,天井および扉は耐火耐熱性能とした.扉の寸法は,電池パックの搬入および搬出を容易にするため適切に設計した.法規では試験時の温度も定められており,例えばUN/ECE R100.031) の圧壊試験では,試験中の温度を10 ºC~30 ºCに保つことが規定されている.そのため,試験室にはエアコンを設置し,万が一を考慮して火炎対策も施した.また,リチウムイオン二次電池の燃焼時等に発生するガスを浄化するため,ガス浄化装置を設置した.本ガス浄化装置は,今後普及が見込まれる全固体リチウムイオン二次電池の安全性評価試験で発生が想定される硫化水素も浄化可能である.発生したガスは天井の4つの排気口から排出され,浄化された後に屋外へ放出される.最大処理風量は,試験室の体積および換気回数が1回/分以上となるように,最大120 m³/minに設定した.万が一,設計以上の燃焼が発生した場合に備えて,天井には散水装置を設置した.計測用および動力用の電源は試験室外壁に設置しているため,実験装置の持ち込みによる試験も可能である.
図2 リチウムイオン電池試験室の外観
表3 リチウムイオン電池試験室の主な仕様
項目 | 仕様 |
---|---|
試験室の内寸 | 幅5.1 m × 奥行5.1 m × 高さ3.8 m |
床 | 耐火耐熱(耐火煉瓦) |
壁 | 耐火耐熱(計測線および配管用のΦ100 mmの穴が6か所) |
天井 | 耐火耐熱 |
扉 | 幅3.1 m × 高さ3.5 m |
温度の調整範囲 | 14 ℃~30 ºC設定(熱および火炎対策済) |
ガス浄化装置 | 最大処理風量120 m3/min,硫化水素対応 |
散水装置 | 有り(天井中央) |
電源 | AC100 V(15 Aコンセント),AC200 V(三相三線50 A,単相三線30 A) |
4. おわりに
本稿では,新設したリチウムイオン電池試験室で実施可能な試験の範囲,試験の例および主な仕様について紹介した.リチウムイオン電池試験室は,JARIが15年以上実施してきた車載用リチウムイオン電池の安全性評価試験の経験に基づいて設計したものである.本試験室が,基準および標準化活動への貢献,大学や研究機関の基礎研究,製造会社の研究開発等に役立てれば幸いである.