抄録
視覚障害を持つ人が歩くことはorientation and mobility(以下、O&M)と呼ばれる。orientationとは環境の中の自分の位置を認識することであり、mobilityとは運動としての移動の動作を意味している。視覚障害を持つ人のための伝統的な歩行訓練は、運動機能の障害は基本的に想定されていなかった。つまり、目が見えたら普通に歩けるのだが、見えないから歩けない人の訓練を想定していたと言える。従って、通常の運動機能が発達していない幼児や子供、運動機能や平衡機能に障害を持つ高齢者、認知機能に障害を持つ人など、視覚障害と他の障害を併せ持つ人にO&Mの訓練をするためには、視覚以外の障害によって発生する問題に先に、あるいは同時に対処する必要があり、伝統的なO&Mの訓練手法だけでは歩けるようにできないことを知る必要がある。
また、視覚を活用できないことを前提に考えられた訓練手法であるために、視覚を活用しながら歩く訓練技術の開発は極めて遅れており、世の中に存在するO&Mの訓練テキストにはロービジョンの状態にある人の訓練方法についてはほとんど触れられていない。私を含め、歩行訓練士と呼ばれる多くの人たちは、自らがアイマスクをかけて単独で歩けるようになる研修を受けている。そんな私たちが見えない状態で歩く際に使う情報は、極めて単純なものである。使う情報が複雑すぎるとorientationの維持がかえって難しくなり、混乱する。多少道が曲がっていても、真っ直ぐな道だと思って歩くことが多い。しかし、不確かな視覚情報が入ってくるロービジョンの人には混乱が生じる可能性が高くなる。この混乱を防ぎ、むしろ視覚をorientationに活用する方法の検討が必要になる。
この講演では様々な人にとってのO&Mの意味ついて述べさせていただくとともに、杖(long cane)を使用したO&Mの原理について述べさせていただきたい。