抄録
1.台湾の智慧創作専用権は従来の知的財産と異なる特別立法がなされているが課題もある。
台湾の原住民族の智慧創作は、台湾の憲法を根拠とする原住民族基本法に基づいて具体化した条例による智慧創作専用権で保護される。従来の知的財産権とは智慧創作専用権の保護期間が永久である点が大きく異なる。智慧創作の審査は原住民族委員会が主管する。ただし、パブリックドメインへの専用権付与、原住民族の既存の創作を改めて登録しなければならないことの妥当性、保護対象に智慧創作の観念まで含むべきとの議論等の課題もある。
2.Lalu事件では真の保護法益を見極めた法整備について検討の余地があることが分かる。
Lalu事件で原住民族委員会は、第三者が既に商標権を有していたLaluが地名にすぎず智慧創作の種類に含まれないことを理由に邵族による智慧創作専用権の登録を拒絶した。一方、法院は、原住民族の文化的な権利保護の必要性から、原住民族のものとして既に存在する創作を自ら享受する権利が当然存在すること等を判示した。
記号学的アプローチでは、ある記号は、知覚できる側面の「モノ的なもの」(SIGNIFIANT)と、その内容の「心的なもの」(SIGNIFIÉ)とに分けて考える。LaluのようにSIGNIFIANTが同じ一方でSIGNIFIÉが異なっても登録要件を満たせば商標も智慧創作専用権も登録される。一方、少しのきっかけで需要者がSIGNIFIANTに特定のSIGNIFIÉを想起させる「ナッジ」原理によれば、SIGNIFIÉにより需要者の選択が左右される。Lalu事件からは真の保護法益について検討の余地がある。
3.阿美族の専用権事件では智慧創作にフェアユースを持ち込むことには違和感がある。
既に登録されている阿美族奇美部落の智慧創作を原住民族委員会がイベントで使用したことに対し、原告の阿美族が、原住民族委員会を被告として訴訟を提起した。原告は、被告の行為が伝統や習俗を冒涜する等を主張し、被告は自らの行為はフェアユースに該当する等を主張した。法院は権利侵害に係る主張は判断せず、国家賠償に基づく損害賠償責任、民法上の不法行為責任はないとした。しかし、未許諾である点及び被告の行為自体は、智慧創作専用権の財産的権利の側面及び人格的権利の側面から危惧される。また、台湾の著作権法で認められる私権と公益の調整手段であるフェアユースは、私権である著作権が侵害された場合の抗弁である。一方、原住民族の伝統的な智慧創作専用権は、国際条約、憲法により保障されている特別権である。すると、伝統智慧創作の専用権とフェアユースとを同列視できない。私権と公益という相異なる保護対象に直ちにフェアユースを適用する点には違和感がある。