場の科学
Online ISSN : 2434-3766
標準化の将来
人材枯渇とスキームチェンジの視座から
仲上 祐斗市川 芳明守屋 直文今 智司
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キーワード: 鼎談
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2024 年 4 巻 1 号 p. 4-38

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抄録
1. 標準化の現状と危機感  産業政策、特にイノベーション政策において標準化の重要性を認識せず、成果目標として扱う例が散見される。しかし、成果目標として扱ってしまうと、いわゆる慣性力を持った組織ができてしまう。イノベーション戦略においては、まず、プランニングから不確実性への対応力を高め、イノベーションの実現にたどりつくようにすることが最も重要である。そのイノベーションの実現においては技術のみならず、社会技術の潮流、社会の枠組み・レジュームの変革を要し、レジューム変革の中にルール形成が挙げられる。欧州ではビジョニング段階という初期から標準戦略を構築し、戦略的に取り組んでいる一方、日本ではそうではない点が課題の1つである。そして、自社若しくは日本が利益を得る観点を標準化と組み合わせたエコシステム戦略が重要である。もちろん、経営戦略、事業戦略、R&D戦略なども必要であるが、全般に関わるエコシステム戦略が中心にあり、それを実現するオープンクローズ戦略が下にあり、そしてオープンクローズ戦略を実現する知財戦略、標準戦略が更にあるという形を念頭に置くべきである。そして、戦略を実際に実行するときに知的財産権の取得・保全・活用、規制化、規格化等の様々な活動をすることになる。これら全般を一人で実行することは難しいが、全般をしっかりと考えていくことが競争戦略として重要である。ただし、戦術なき戦略、及び戦略なき戦術に陥らないよう、全般的に捉えて行動しなければならない。また、日本は現状、最終製品としての自動車で売上をあげているといっても過言ではないが、どのような製品を売っていくのかという観点でエコシステム戦略を構築することが結局、標準化の効果を左右する。ここで、日本として標準化に対して何もしていないわけではなく、NEDOのGI基金等のように政策レベルで標準化戦略や標準化体制を整備しようとしている。しかしながら、最終的に所定の数値目標の達成度合いが成果となってしまっている現状があり、いわゆる戦略なき戦術状態であるという危機感がある。日本においては、縦割り行政も課題である。標準化活動、特にエコシステム作りにおいては、トランスディシプリナリーのような考え方を用いて総合的に取り組む必要がある。「学際的な議論の場づくり」や「学際的な知見共有の場づくり」が重要であろう。 2. 研究技術開発と標準化の相互システムの脆弱性  標準化と新ビジネス創成の必須の活動はマーケティングである。技術研究開発の当初からマーケティングは必須である。なぜならば、製品が売られる市場を作るのは標準であり、標準により良い市場が形成されて研究開発結果が活かされていく。つまり、標準化はマーケティングそのものである。新しい技術は、新しい価値を作ることにつながっているが、価値が認められるためには、そのための標準が必要である。そのような標準が作られ、価値が提供されるようになれば、様々な便益を享受できる。例えば、ISO 18385適合品の綿棒のように「DNAをサンプリングできる綿棒」という価値をISO 18385という規格が作り出すことで通常の綿棒とは比べ物にならない価格の綿棒を販売できるようにしたように、標準は無から有を生む力を持つ。そのため、新しい発明を基にビジネスを始めるスタートアップにとって、標準は強力な武器になり得る。なお、標準規格にはType1(互換性標準)、Type2(ものさし(評価基準)標準)、そしてType3(社会課題からのニーズ定義標準)までの種類がある。いずれの標準規格でも構わないが、新技術の価値を定義して標準を作っていくことが技術開発と同時に行われていかなければならない。ただし、研究開発者が事業化に必須なマーケティングを怠っている現状がある。特にマーケティングの中で標準化が強力なツールであるという認識が全くない。これは極めて由々しき脆弱性である。また、標準化の戦略を描く人材が日本には極めて少ない。標準化や規格化を生業とする専門人材からなる専門組織を日本に一刻も早く作らなければならないが、現状、そのような専門組織がない点も脆弱性として挙げられる。 3. 農業・食品分野における課題と標準化の将来  地球規模で気候変動、気象変化が進む中、食料需要は増加の一途をたどっている。農業分野でグリーンハウスガス(GHG)の削減への努力、環境変動によらず収量が落ちない品種開発の対策が進められている。また、農業分野では代替肉や昆虫を原料とした飼料、完全栄養食等の成長市場も生まれている。また、国内市場では農業従事者数が年々減少している中、農地の大規模化や法人化による大規模営農、機械導入による自動化や低コスト化が解決策として期待されている。また、生鮮食品の市場が縮小する一方、調理加工食品の市場は拡大しており、海外での日本食品・食材の需要も増加している。輸出入の観点からは日本の食品産業の成長も期待できる。農研機構では、農機間のデータ形式等の標準化、食品に関する加工方法、品質評価法等の標準化、高品質・ブランド化に関する標準化、及び消費者利益確保に関する標準化に携わっている。例えば、農業機械においてメーカー間の総合互換性に向けた標準化プロトコルであるISOBUSを導入しているし、食品安全性に関して遺伝子組み換え作物の混入検査法が国際規格化(ISO TC34/SC16)されている。このような取り組みにより、農研機構は農業に関する課題に対して標準化/規格化を役立たせている。また、食品に関する規格にJAS規格がある。JAS規格は従来の「良くないもの」を排除するための規格から「各社の創意工夫を活かしたもの」の品質を裏付けるための規格へとその意義が変わりつつある。ただし、JAS規格はあくまでも国内規格であり、そのまま海外で通用するわけではない。そのため、ISOやCODEXでの標準化を目指し、そこで規格化された標準を世界各地に持っていくことを目指すべきである。そして、研究開発人財の将来のキャリア形成においては、自分の携わる技術や製品の優位性や価値をしっかりと把握すること、他の技術・製品やサービスとの相乗効果を考えること、技術や製品を投入する市場とスケールさせるためのシナリオを考えることが重要である。 4. 標準化のエコシステム  標準化/規格化を考えるときはビジネスを考えた上で、上位戦略として「何を売るのか」を検討しなければならない。販売するものは完成品に限らず、部品でもよく、その観点でエコシステムを考える必要がある。すなわち、標準化戦略、規格化の戦術より先に、エコシステム戦略やオープンクローズ戦略を適切に構築しなければならない。まず標準化ありきではなく、何を売るのかを考えるべきであり、どのようなプロセスでそれを欲しがっている人々に繋げるのかを考える必要がある。これまで慣れ親しんだスキームを変える、スキームチェンジを設計するべきであろう。そして、標準化/規格化においては、例えば、互換性の規格についていうと、他社が売上・利益を上げ、その後、自社が売上・利益を上げるという流れになることから標準や規格を作ることが即、自社のマネタイズに反映されるわけではない。そのため、様々な課題に対し、どのようなものを売り、どのように他社と連携して売上・利益を上げていくかというエコシステムの設計が重要になる。しかし、現状、そのような発想ができる経営者は非常に少ないし、標準化/規格化ができる人財も極めて少ない。相応の給料を出すことができ、若い人が標準化/規格化に携わることに憧れるようなファームづくりが望まれる。
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© 2024 協創&競争サステナビリティ学会
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