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[論文]
防災の責任の所在に関する一考察
及川 康片田 敏孝
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2021 年 19 巻 1 号 p. 47-59

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抄録

本稿では、防災の責任の所在に関するコンセンサスの在り方について考察する。ここでは、言語の態である能動態・受動態・中動態の概念を参照しつつ、自ら「する」の徹底を図る米国(能動的防災)と、防災行政に「される(してもらう)」を求める日本(受動的防災)を対置させたうえで、第3の防災の在り方として「防災の責任の所在を問わず、結果として防災がそこに現前する状態」を指向する社会(中動的防災)の存立可能性に言及する。

中動的防災なる社会状態は、受動的防災や能動的防災に拘泥した人々においては俄かに想像し難いばかりか、ともすると、単に責任の所在を曖昧にしているだけではないのか、責任の曖昧化に便乗した無責任な行動を肯定するだけではないのか、あるいは、単なる全体主義や集団主義の賛美に過ぎないのではないか、などといった懸念も生じかねない。それはちょうど、言語の態の区分には能動態と受動態しか存在しないという思い込みが、中動態の概念への理解を妨げている状況と同じである。その思い込みを解凍する契機として本稿では、キューバおよびニュージーランドの防災を参照する。なお、そのような懸念は、中動的防災の実践国としてのニュージーランドでは杞憂であり、むしろ日本において憂慮すべきものである可能性がアンケート調査により示された。

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