本論文は、東日本大震災における「絆」言説を視点として、とくに非被災地である首都圏における災害の消費と忘却という構造を、先行研究のレビューならびに 1 都 3 県に居住する 600 名に対する質問紙調査から、明らかにしたものである。東日本大震災の発生当初、日本社会では「絆」「がんばろう日本(東北)」などのメッセージ、「絆」言説が社会の様々な場面でみられた。「絆」言説は震災を契機とした集合的沸騰のなかで、社会全体での共有が可能なスローガン、シンボルとして広く用いられた。しかし調査からは、首都圏という非被災地の人々にとって、この言説は生活世界の外側の言葉として受け止められていたという結果が得られた。首都圏においては、「絆」言説が社会で共有されているという認識はあっても、自らがそれを用いて支援活動などに加わろうとするような内面化には必ずしも至らなかった。そのため、長期化していくなかで「絆」言説はシンボルとしての「人を揺り動かす力」を失い、使用の中断や積極的な否定といった反応がみられるようになった。先行研究のレビューを通してこの結果を捉えたとき、これは災害を交換可能な他者の問題として処理する仕組みとして理解でき、一時の沸騰を経て、時間的つながりの断絶という意味での忘却につながる背景構造となっていることが明らかとなった。