抄録
南北に連なる日本列島では,標高が低い気象観測地点の緯度とそこでの気温は良好な相関を示すが,標高が高い地点では標高による気温の逓減効果が加味され,それに対応する山岳特有の植生分布が形成される.また,山岳地域に多量にもたらされる降積雪は,水資源として重要であり,その多寡は冬季気温にも左右される.これらのことから,標高の高い山岳地域における冬季気温の変動傾向を検討することは,今後の水資源の変動のみならず植生分布の動態にとっても重要なことである.ここでは,気象庁による標高が高い地上気象観測地点の多くが位置している中部山岳地域における冬季気温の変動傾向について検討を行う.気象庁の地上気象観測地点の緯度と季節平均気温は,夏季を除くと直線的な関係を示し,季節平均気温の南北差は冬季に最大となる.中部山岳地域の気象官署9地点の年最低気温は,富士山では統計的に有意な上昇傾向が認められないが,他の8地点では統計的に有意な上昇傾向を示す.1945年からの78年間では気象官署の標高と年最低気温の変動傾向には関係性が認められ,標高が低い地点では明瞭に上昇傾向にあるが,標高が高くなると上昇傾向が認められなくなる.冬季平均気温と最寒月平均気温についても,同様なことが言える.1989年からの34年間では,中部山岳地域の気象官署とアメダスの観測地点の冬季平均気温と最寒月平均気温は,統計的に有意な変動傾向を示さず,標高との関係性も認められない.富士山を除く中部山岳地域の冬季気温は,長期的には上昇傾向を示すが,1989年からの34年間では,すべての地点で冬季気温は統計的に有意な上昇傾向を示さない.