2021 年 16 巻 p. 1-9
臓器移植とは、重度の疾患や事故などにより臓器の機能が低下した人に、他者の健康な臓器と取り替えて機能を回復させる医療であり、臓器提供者(以下、ドナー)の善意による臓器の提供がなければ治療は成立しない(日本臓器移植ネットワーク,2021)。
わが国おける臓器移植医療は、1997年「臓器移植法」の施行、および2009 年の法改正を経て、2019年では日本で脳死下臓器移植が始まって以来、臓器提供と臓器移植者数はともに最多を記録している。同2019年に施行された各臓器の移植件数は2,680例であり、その内訳は、脳死下移植479例、心停止下移植54例、生体移植2147例で、わが国の移植医療の大部分は依然として生体移植が占めている現状にある(日本移植学会,2020臓器移植ファクトブック)。
臓器提供は、ドナーの善意と自発的意思によるが、臓器移植医療の対象がレシピエントである患者とドナーであるという特殊性から、臓器移植医療には倫理的問題が多く顕在する。特に、生体移植では、ドナーが健康体であることや、またその多くが家族であるという特徴をもち、ドナー候補者間をめぐる家族関係や価値の対立をめぐって倫理的問題が生じやすい。移植医療を受ける中で、レシピエントとドナーは互いに様々な苦悩や葛藤など複雑な感情が生じていることも報告されており(習田ら,2008;髙田,2009)、立場の異なるドナーとレシピエント両者に関わる看護師は、身体心理社会的に複雑な多くの倫理的問題に直面する。
臓器移植医療で生じる倫理的問題に関して、1990年代、移植医療に携わる看護師は、倫理的問題に対して無関心な傾向が強かったことが報告されている(荻野・中西,1992)。しかし、昨今では、国内外の看護研究において、患者やドナーの権利擁護(Forsberg, A. et al.,2000)や意思決定支援の重要性(戸田,2014;藤澤,2020)、他職種による事例検討会の重要性(萩原ら,2018)などが議論されるようになり、臓器移植に関わる臨床現場や教育現場での看護倫理の関心は高まりをみせている。しかし、看護師が、実践の場面で倫理的問題が生じていることを認識できていなかったり、倫理的問題に気づいても適切な倫理的対応ができずに苦悩している実態も明らかになっている(習田,2011;林ら,2013)。現場で遭遇する倫理的問題に対応するためには、まず看護師が倫理的問題に「気づく力」が重要視される。そこで、移植医療の現場で生じる倫理的問題とその対応を看護師と共に考える機会を創り出すことが倫理的実践に対する認識を高めることにつながるのではないかと考えた。今回、現場で実際に起きている出来事を現場の看護師と研究者が共に探究するアクションリサーチの方法を用いて研究を行った。
今回は、臓器移植に携わる看護師が、アクションリサーチ(以下Action Research:AR)によって、臓器移植における倫理的実践をどのように認識したかを明らかにすることを目的とする。
本研究は、研究参加者らの個々の願いと、研究参加者全員の共通テーマに焦点を当て、研究者と実践者である研究参加者らが同等の立場で協力して研究を進めるミューチュアルアプローチを用いたARである。
2.ARの概要ARは、「願いの明確化」「実践を語る会(事例検討会)」「学習会」「ARの振り返り」によって構成された。
「願いの明確化」では、研究参加者が、ARによる倫理的実践に向けた願いを表明する。「実践を語る会」では、参加者が提供した事例を通して、倫理的問題や倫理的実践について共に考え、自由に意見を述べ合う。「学習会」では、ファシリテーターによって提供された倫理的実践に関する知識や情報を得て、参加者全員で知識の理解を深める会とした。
3.研究参加者研究参加者をリクルートするために募集用チラシを作成し、機縁法によって、医療現場で腎移植、肝移植、肺移植、心臓移植等のいずれかの臓器移植看護に携わっているレシピエント移植コーディネーター(以下、Recipient Transplant Coordinator:RTC)や看護師を集めた。集まった参加者に、研究の目的や趣旨を説明し、同意の得られたメンバーで研究グループを結成した。
4.データ収集倫理的実践に向けた認識について、AR初回と、AR最終回の参加者が倫理的実践について自由に語った内容をデータとした。
AR初回では、ARに参加した動機、移植看護で倫理的に困ったことや悩んだこと、ARに向けた自分の倫理的実践に向けての願いなどについて語りあった。AR最終回では、ARに参加して感じたことや印象に残ったこと、自身の倫理的実践の変化などについて語りあった。そして語られた内容は承諾を得て全てICレコ―ダーに録音した。
5.データ分析データの分析には、テキストマニングの分析ソフトであるWord Miner1.5を用いた。生データを逐語録にし、一意味一単位ごとに一文章としてラベル化した。そのラベル化したテキストデータの中から、分かち書き処理・キーワード抽出を実施した。次に、抽出されたキーワードの中から、単独で意味をなさない語や文脈的に省いても問題ない語を「削除辞書」を用いて削除、同種の語や文脈上分かれると分析に支障をきたす可能性のある語を「置換辞書」を用いて語を整理した。抽出された語の中から独立して意味を成す語を抽出した。さらに抽出された語の出現頻度や、単語間の関係性に着目し、計量的に解析を行った。
6.倫理的配慮本研究は、大阪医科大学研究倫理審査委員会の承認を得た上で実施した(審査結果番号 看-53(1575))。研究参加者には、研究の趣旨・自由意思の尊重・個人情報の保護等について口頭および文書で説明し、同意を得た上で、同意書に署名してもらった。
研究参加者は、途中から参加した者も含めて9施設15名であった。その内訳は、移植病棟看護師4名、RTC6名、大学教員5名であった。参加者の中で、過去に倫理的実践に関する研修を受講した者は2名のみであった。
2.ARの実施ARは、2015年10月~2016年10月までの間に、AR全体の「振り返りの会」を含めて、全11回行われた(表1)。1回あたりの実施時間は、2~2時間半であった。平均出席者数は、7.4名であり、研究参加者15名のうち2名が全出席、3名が10回出席した。なお、AR初回に倫理的実践に向けて願いの明確化について語り合った時間は、約60分であった。AR最終回の振り返りで語り合った時間は約90分であった。
| 開催回数 | 実施年月日 | ARの実施項目 | 参加人数 |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 2015年 10月24日 |
アクションリサーチについての説明 倫理的実践に向けた願いの明確化 |
10名 |
| 第2回 | 11月28日 | 実践を語る会(1) 「移植選択に迷いがある患者への対応に関する事例」 |
8名 |
| 第3回 | 12月26日 | 実践を語る会(2) 「2親等以上の生体ドナーの意思決定支援に関する事例」 |
11名 |
| 第4回 | 2016年 1月24日 |
実践を語る会(3) 「判断力が欠如している成人患者の移植選択に関する事例」 |
11名 |
| 第5回 | 2月27日 | 学習会➀Jonsenの4分割表の活用方法 | 13名 |
| 第6回 | 3月26日 | 実践を語る会(4) 「移植腎機能低下を伴う再透析療法選択に関する事例①」 |
9名 |
| 第7回 | 5月28日 | 実践を語る会(5) 「移植腎機能低下を伴う再透析療法選択に関する事例②」 |
9名 |
| 第8回 | 6月25日 | 学習会②臨床倫理検討シートの活用方法 | 10名 |
| 第9回 | 7月23日 | 実践を語る会(6) 「再移植待機中の長期入院患者とのかかわりに関する事例」 |
8名 |
| 第10回 | 8月27日 | 実践を語る会(7) 「倫理的場面の苦悩の場面について」 |
8名 |
| 第11回 | 10月23日 | アクションリサーチの振り返り | 15名 |
ARは、研究参加者らが、お互いに自分の思いや考えを自由に語り合い、お互いの意見を尊重し、理解し合いながら進めていった。
1)願いの明確化願いの明確化では、AR初回に参加者が個々に倫理的実践に向けた願いを表明した後に、「臓器移植医療の現場の中で、潜在している倫理的問題に気づく力(倫理的感受性)、その問題に反応する力を向上させ、看護職の倫理的実践力を高めたい」との共通した願いを明確にした。
2)学習会学習会は、ARの中間と後半に2回(第5回目と第8回目)に行われた。2名のファシリテーターが、倫理的実践に活用可能なツールである「Jonsenの4分割表」と「臨床倫理検討シート」について知識の提供を行い、参加者はそれらの活用方法を学んだ。
3)実践を語る会実践を語る会は、7回行われた。参加者がそれぞれに倫理的実践の場で困った事例や、倫理的問題かどうかについて疑問を感じた事例を提供した。それらの事例を通して感じたこと、考えたことなどを参加者全員で自由に語り合った。AR後半では、倫理的実践のためのツール(Jonsenの4分割表および臨床倫理検討シート)を活用して事例の分析を行い、倫理的問題を導き出し、どのような対応が望ましいかについて語り合った。
4.看護師の倫理的実践の認識AR初回の倫理的実践の認識は、参加者が表明した「倫理的実践に向けた願い」の分析結果であり、AR最終回は、「ARの振り返り」の分析結果である。
逐語録からラベル化したデータ数は、AR初回では27文、AR最終回では70文であった。一文から句読点や助詞、単独で意味をなさない語や文脈的に省いても問題ない語の削除や文脈的に同じことを表す言葉を同一語句への置換を行い、意味を成す出現数が2以上の名詞を抽出した。AR初回では17種類の名詞(総語数83)が抽出され、AR最終回では66種類の名詞(総語数398)が抽出された。以下、名詞を語とし、倫理的実践に向けた認識の分析結果を、AR初回と最終回に分けて示す。
1)AR初回と最終回の語の種類と出現数AR初回と最終回の語の種類と出現数を比較した(図1)。AR初回と最終回に共通する語は12語であり、表2に示すように、出現数は「自分=私」が最も多く、次に「倫理=倫理的」「視点=見方」「みんな」「患者」であった。尚、「みんな=皆さん」が表す対象は、勉強会の参加者たちを差していた。
共通した語を除いて、AR初回と最終回を比較すると、AR初回では、「関心」「結果」「対応」などの語であり、AR最終回では、「看護師=スタッフ」「病棟」「ドナー」「臓器=肺,腎」「一緒」「話合い」「コーディネーター」「レシピエント」「家族」など、臓器や他者を含む様々な語が出現していた。

図1 AR初回と最終回における語の種類と出現数
※( )内は出現数
※等号(=)は置換辞書を用いて同一化した語句
| 共通語句 | AR初回 | AR最終回 | 総出現数 |
|---|---|---|---|
| 自分 | 14 | 53 | 67 |
| 倫理 | 13 | 20 | 33 |
| みんな | 11 | 10 | 23 |
| 患者 | 6 | 15 | 21 |
| 視点 | 6 | 17 | 21 |
| 問題 | 4 | 8 | 18 |
| 移植 | 3 | 15 | 18 |
| 気づき | 3 | 4 | 12 |
| 意見 | 2 | 4 | 7 |
| 事例 | 2 | 16 | 6 |
| 知識 | 2 | 2 | 4 |
| 立場 | 2 | 2 | 4 |
出現数が2以上の語を点(ドット)として示した布置図を作成し、視覚的にAR初回と最終回で比較した(図2)。AR初回では、点(ドット)は、分散しており、AR最終回では、凝集性の高い結果となった。

図2 AR初回と最終回における点(ドット)布置図
表示された点(ドット)を語に置き換えて、語の布置図を作成した。AR初回では出現数2以上の語を用いた布置図とした。AR最終回では、語数が多かったことから、出現数6以上の語を用いた布置図とした。布置図の中で、出現数が多かった上位2つを○で示す(図3,4)。AR初回では、出現数の多かった「自分」と「倫理」が中心付近に位置しており、「移植」がその2つの近くに位置していた。「問題」「対応」「立場」、また、「みんな」「視点」「事例」「意見」がそれぞれ近くに位置していた。他の様々な語は中心から離れた位置にあった。
AR最終回では、出現数の多かった「自分」を中心に、様々な語が周辺に位置しており、特に、「話合い」と接近していた。「移植」「ドナー」「家族」、また、「コーディネーター」「関係」がそれぞれ近くに位置していた。

図3 倫理的実践に向けた認識の語の布置図(AR初回)

図4 倫理的実践に向けた認識の語の布置図(AR最終回)
AR初回の臓器移植における倫理的実践に向けた願いについての語りと、AR最終回の倫理的実践について語りの言葉の種類や数に変化が見られていた。
AR初回と最終回に共通して頻出した語は、「自分」「倫理」「みんな」「視点」「患者」であり、共通して大切な語として認識していた。今回の研究参加者は、リクルート用の募集チラシを見て、臓器移植看護の倫理に関心を抱き、自分自身の倫理的実践力を高めたいとの意欲を持って自発的に集まったメンバーであった。さらに、参加者が協力して研究を進めるミューチュアルプローチによるARであったことから、みんなという語が多く出現されたものだと言える。また、ARのテーマは看護師の倫理的実践を高めることであったため、自分が、患者の、倫理について、どんな視点でという語が多く語られたと考えられる。
AR初回では、出現した語は17種類と少なかったのに対し、AR最終回では66種類の語が用いて語られていた。特に、AR最終回では、「看護師=スタッフ」「家族」「ドナー」「レシピエント」「コーディネーター」など他者を示す語や、「臓器=肺,腎」「一緒」「話合い」「病棟」など、新しく54種類の語が追加されて倫理的実践が語られていた。ARは、「現場で起きている特定の出来事に焦点をあて、そこに潜む課題の解決策を共に探ることで状況が変化することを目指す(筒井ら,2014)」と言われているように、今回、多様な事例について共に語り合い深めるというアクションを重ねたことが、参加者に倫理的実践を考えるうえで多様な視点の獲得や視野の広がりをもたらしたと考えられる。
AR初回の語の布置図では、語の散らばりが見られたが、AR最終回には、凝集した結果となっていた。これは、ARによるグループダイナミクスが働き、参加者が幅広い視点で倫理的実践について深く語り合うようになったため、倫理に関連した語が多く語られたものと考えられた。臓器移植は、レシピエント、ドナー、医療者の三者の関係性によって成り立つ。そのために、看護師はレシピエントとドナー、その家族にも着目して倫理を考える必要がある。また、倫理的実践では、看護師やコーディネーターなど看護職とのつながりが重要になる。このように、AR最終回では、倫理的実践を考える上で、自分という個から他者との関係へと認識が至ったと考えられる。
2.看護師の倫理的実践にむけた話し合いの重要性の認識今回のAR初回と最終回の上位2つの語句は「自分」「倫理」と共通した語句であったが、それぞれ布置図で表すと、「自分」「倫理」の付近にある言葉はAR初回と最終回で異なっていた。AR初回では、「自分」「倫理」の近くには、「移植」「問題」「対応」「立場」が配置されており、倫理的問題に「対応する」ことが重要視されていたことを示すと考えられる。しかし、AR最終回には「話合い」や「事例」が近く、倫理的問題に対応することから事例について「話し合う」ことの重要性が認識されたことを示すと考えられる。倫理的実践を考える上で、AR初回の参加者は「対応」そのものに重きを置いていたがARを通して、「話合う」ことが重要視されるように変化したと考えられる。菅野ら(2014)は、倫理事例検討会を重ねる事は、看護師に「話し合う」「相談する」という認識と行動の変化をもたらすことを明らかにしている。本研究でも、事例検討会を重ね、臨床では解決できなかった問題の解決策を話し合いにより導き出せたことで、参加者は「話合う」という重要性を認識する事に至ったと考えられる。したがって、看護師の倫理的実践能力を高めるためには、自分の願いや共通するテーマを明らかにして、勉強会や事例検討会などを定期的に開催し、共に語り合うことができる機会を積み重ねていくことが必要であると考えられた。
今回は、AR参加者15名の倫理的実践について語った言葉の分析であった。研究参加者数からすると、語の種類と数には限界があり、また、職種別や経験年数別などによる分析には至らなかったことが研究の限界である。
本研究における学習会や実践を語る会(事例検討会)による共に語り合い深めるというアクションを重ねたことが、参加者に倫理的実践への気づきを向上させ、視野を広げることができ、倫理的実践への認識に変化をもたらした。
本研究のアクションリサーチを1年間にわたり共に実施してくださいました研究参加者の皆様に、深く感謝申し上げます。