2022 年 17 巻 p. 1-15
本研究は、 臓器移植看護の倫理的場面において、レシピエント移植コーディネーター(以下、RTC)が抱く苦悩の構造とその関連要因を明らかにすることを目的とした。全国の移植施設に勤務するRTCを対象に自記式質問紙調査を実施した。その結果、84名(回収率47.5%)から回答が得られた。臓器移植看護の倫理的場面として、「臓器移植全般」、「生体移植」、「脳死移植」の3つの領域30場面の回答を基に、探索的因子分析を行った。その結果、【移植医療の不確かさ】、【RTCとしての自信のなさ】、【倫理的責務の障壁】の3つの因子構造が示された。また、各因子の下位尺度得点を目的変数とし、[個人特性]、[RTC特性]、[環境特性]、[倫理特性]を説明変数として重回帰分析を行った結果、説明率は低かったものの関連要因として『立場』、『RTC経験歴』、『担当移植件数』があった。
The purpose of this study in the field of organ transplant nursing was to explore predicting factors of ethical distress in recipient transplant coordinators (RTCs). A multiple-choice questionnaire survey was sent to all RTCs working at organ transplant facilities throughout Japan. Eighty-four completed surveys were returned for a response rate of 47.5%. Exploratory analysis of the responses to the items on 30 ethical situations in 3 transplantation domains (general, living donors, and brain death donors) revealed that the ethical distress construct had a 3-factor structure: inappropriateness of transplant, lack of confidence as an RTC, and obstacles to the ethical performance of duty. Multiple regression analysis using the subscale scores for each of these factors as outcome variables and personal characteristics, RTC-related characteristics, environmental characteristics, and ethical characteristics as the explanatory variables revealed that RTC position type (concurrent post, full-time), RTC experience, and transplant caseload were poor predictors of ethical distress in RTCs.
臓器移植(以下、移植)医療は、他者からの臓器提供がなければ行えない特殊性を持っている。日本移植学会のファストブック2020の報告によると、2019年の脳死下・心停止下臓器提供は125件であり、全移植希望者約14,000人と比較して提供者数が少ない現状がある。その一方で、移植実施総数2,680件のうち生体移植が占める割合は2,147件(80.1%)と8割以上が生体移植を占めており、日本は生体ドナーに依存した移植医療という特徴をもっている。こうした背景のもと、2004年に日本看護協会では、「移植医療に関する最新の多様な専門的知識と高度なスキルを備え、移植の全過程において対象となる人々が、最良の移植医療を受けられるように調整する役割を自律的に遂行する看護師」として、クリニカル移植コーディネーター(Clinical Transplant Coordinator:以下,CTC)を定義し教育プログラムを作成した(日本看護協会、2005)。日本のレシピエント移植コーディネーター(Recipient Transplant Coordinator: 以下、RTC)の出発点は、日本看護協会が定義したCTCであり、それが変遷を経て現在のRTCという呼称となった。
移植看護における倫理的問題に関する文献の動向(1985~2011年)としては、2000年代に入り意思決定の問題やジレンマ状況に関する研究が出始める(今西、谷水、習田、2013)。その背景には、移植医療の発展に伴いこれまでに診療報酬の適応にならなかった移植が、診療報酬として認められ移植件数が増えたことで倫理的ジレンマを感じる場面が増加した事や、今まで見え難かったジレンマが顕在化してきたことが考えられる。移植医療における倫理的な看護場面では、「看護師自身の姿勢」、「対レシピエントと対ドナーの看護」、「対レシピエント・ドナーの医療に対して、他者との見解の相違とマイナスイメージ体験による信念のぐらつき」等の苦悩が報告されている(林、谷水、赤澤ら、2013)。また、生体肝移植に関わるRTCが抱えている倫理的問題としては、「ドナーの自律性が担保されない」、「尊厳が保てない」、「善行と無害の均衡が取れない」等の6項目が明らかにされている (習田、2011)。一方で、倫理的問題を抱えながらも、RTCは「意思を尊重する」、「ドナーの価値観に根差した決定を支える」、「人として尊重する」、「他職種と協力しながら専門性を発揮する」、「公平・平等に進めていくプロセスを重視する」等の倫理的概念を持って実践していることが明らかになっている (習田、2011)。
このように先行研究から、移植医療には多様な倫理的問題が存在しており、移植看護に関わる看護師やRTCが葛藤を抱いていることが指摘され(志自岐、2007: 習田、2011: 林、谷水、赤澤ら、2013)、生体肝移植、生体腎移植に対するレシピエント・生体ドナー・看護師やRTCを対象とした倫理的問題の研究は散見されている。しかし、心臓・肺・膵臓では、倫理的問題を取り上げた看護研究はほとんど見当たらず、全国の移植施設で勤務するRTCを対象とした倫理的問題に関する研究も存在しなかった。日本臓器移植ネットワークの報告によると、全国の移植施設は138施設(心臓移植10施設、肺移植10施設、肝臓移植25施設、腎臓移植135施設等、重複施設有り)が存在しており、日本移植学会認定事務局の報告では全国の認定RTCは心臓9名、肺6名、肝臓35名、膵臓1名、腎臓132名の計183名(2018年9月現在)が存在していた。このことから、移植臓器による専門性の違いを問わずに、すべてのRTCを対象とした倫理的問題について研究する価値は大きいと考える。
以上のことから、本研究では、移植看護の倫理的場面においてRTCが抱く苦悩の構造を探るとともに、その関連要因について明らかにすることを目的とした。これにより、移植適応の拡大や移植件数の増加などから、今後さらに多様性や複雑性が増す可能性がある移植看護の倫理的場面において、臨床でRTCが抱く苦悩の現状と対策を検討することが可能となり、RTCへの具体的支援の示唆が得られるとともに、より質の高い看護の提供に向けた教育の示唆が得られると考えた。
図1 本研究の概念枠組み
先行研究に基づき、〖移植看護の倫理的場面〗に関連する要因として、RTCの[個人特性]、[RTC特性]、[倫理特性]、RTCを取り巻く[環境特性]を設定した。なお、本研究では従属変数・目的変数を〖 〗、独立変数・説明変数を[ ]、下位尺度 (因子) を【 】、変数の小項目を『 』で表記した。
移植臓器の種類に関わらず、臓器を移植する過程に関わる看護の総称とした。RTCが行う役割の中にはレシピエントのQOL向上のための長期的ケア提供者としての役割があり、移植看護もRTCの重要な役割と位置づける。
3.2 倫理的問題Jametonの3つの分類 (Jameton A、1984) ①道徳的不確かさ;自分の体験した倫理的問題について、どのような倫理原則や倫理的価値に関わっているか不確かなもの、②道徳的ジレンマ;倫理的問題に複数の倫理的価値が関与し、それが両立しえず、どちらの価値も無視できないもの、③道徳的苦悩;倫理的価値や原則に基づいて正しい意思決定をしたが、現実的制約により実行できないときに生じる苦悩とした。
3.3 倫理的場面倫理的問題が臓器移植看護の中で顕在・潜在する場面を、移植看護における倫理的場面とした。
日本臓器移植ネットワークが、心臓・肺・肝臓・膵臓・腎臓・小腸の移植施設として公表している全国138の移植施設のうち、研究協力が得られた89施設を対象施設とした。また、関東で活動しているRTCに対して企画・開催された、移植医療に関するセミナーを対象の場とした。
4.1.2 研究対象者移植施設で勤務するRTCのうち、看護職者を対象とした。なお、認定RTC認定合同委員会が認定した認定RTCか否かは問わない。ただし、移植施設で既に研究参加に同意したRTCは、移植医療に関するセミナーでの研究参加を除外した。
4.2 調査方法無記名自記式質問紙調査を行った。対象施設へは書類の送付と電話連絡にて研究協力を依頼し、研究協力への承諾を得た後、当該施設の対象者への質問紙配布と郵送法での回収を行った。また、移植医療セミナーを主催する団体責任者へは、書類の送付と研究協力の依頼を行い、セミナー終了後に質問紙調査の配布を行うことの許可を得た。セミナー終了後に研究者から研究の概要を口頭で説明し、質問紙配布と郵送法での回収を行った。
4.3 調査期間2019年7月~9月
4.4 調査内容質問紙は[個人特性]、[RTC特性]、[倫理特性]、[環境特性]、〖移植看護の倫理的場面〗を問う項目で構成した。
4.4.1 個人特性[個人特性]では、『年齢』、『性別』、『看護教育課程』、『移植看護経験歴』について単一回答法で尋ねた。
4.4.2 RTC特性[RTC特性]では、『RTC認定資格所有』の有無、『立場』、『RTC経験歴』等、6項目について単一回答法で尋ねた。
4.4.3 倫理特性[倫理特性]では、看護基礎教育での『倫理の授業』の有無、『院外での倫理講習会』の有無、『看護者の倫理綱領 (2003) について』等、4項目について単一回答法で尋ねた。
4.4.4 環境特性[環境特性]では、所属施設の『RTCの人数』、生体臓器移植時にレシピエント支援とは別に生体ドナーのみを担当する『生体ドナー担当制度』の有無、生体移植を決定する際の『倫理委員会開催』の有無、生体ドナーの『自己決定の第三者関与』の有無等、5項目について単一回答法で尋ねた。
4.4.5 移植看護の倫理的場面本研究では、移植看護に着眼し、その中で倫理的場面における苦悩やその関連因子を検討することを目的としたが、既存の尺度ではこれを測定できるものが見当たらなかった。そのため、「臓器移植看護の倫理場面における苦悩の構造とその影響因子」の研究 (習田、赤澤、谷水ら、2013;今西、習田、赤澤ら、2013)における倫理的場面27項目と、「臓器移植看護が直面する倫理的場面とその対応」の研究(萩原、今西、習田ら、2018)でのRTCの対応を参考に質問紙を作成した。そのうえで、Jametonの倫理的問題の3つの分類の視点から抽出した〖移植看護における倫理的場面〗は、移植全般における倫理的場面16項目・生体移植における倫理的場面7項目・脳死移植における倫理的場面7項目で構成された30場面の項目とした。
各場面の内容や表記については、移植看護経験5年以上の看護師2名の協力を得て、不適切な表現等がないかを確認した。各項目については、経験の有無を単一回答で尋ね、さらに各項目に遭遇した場合の悩みの程度を6件法(1:全く悩まない、2:あまり悩まない、3:どちらかといえば悩まない、4:どちらかといえば悩む、5:かなり悩む、6:すごく悩む」)の2段階で求めた。なお、質問紙全体の信頼性・妥当性ついては、移植看護経験5年以上の看護師2名を対象にプレテストを行い、質問項目の回答や理解しづらい表現について有用性を確認した。また、倫理的場面については経験をしていなくても悩みの程度を問うている。これは、職業的身分を持つ者は社会的役割を担っており、社会規範に則った行動を取る (Nisbet、1970;我妻、1987/2004) といわれており、RTCも社会的役割としてRTC役割を担い、社会規範のなかでも道徳・倫理に則り、経験のない倫理的場面においても、経験した場合と大きく逸脱することなく回答がある程度可能であると判断したためである。
4.5 データ分析方法収集したデータは、本研究の概念枠組に基づいて統計学的手法を用いて分析した。〖移植看護における倫理的場面〗については多変量解析とRTCの経験する苦悩について探索的因子分析を行い、最終的には重回帰分析を行った。分析には、統計パッケージIBM SPSS Statistics ver.26を用い、有意水準は5%とした。
4.6 倫理的配慮本研究は、東京都立大学荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認 (承認番号:19021) を得て実施した。研究協力は自由意思に基づくものであり、辞退しても不利益は生じないこと、匿名性を確保すること、質問紙の投函をもって研究協力への同意が得られたものとすること等について紙面を用いて説明した。
病院所属のRTC 172名に調査用紙を配布し、79名から回答を得た(回収率45.9%)。移植医療セミナーに参加していたRTC 12名に調査用紙を配布し、5名から回答を得た(回収率41.7%)。無効回答数は0件(有効回答率100%)であり、合計84名(回収率45.7%)すべてを分析対象とした。
対象者は、移植看護経験年数153ヶ月[±88.4](平均[標準偏差]、以下同様)、RTC経験歴75.2ヶ月[±51.8]、RTC認定資格がある者は64名(76.2%)、そのうち専任・専従の立場にある者は34名(53.1%)であった。生体ドナー擁護行動について「できないときがある」、「常にできない」と答えたRTCが8名(9.5%)存在していた。これらのRTCの背景は、基礎看護教育課程での倫理の授業経験や院外の倫理講習会参加経験が無く、 さらに、RTCとして一人体制か非認定RTCのみの体制であった。看護基礎教育での倫理の授業経験がある者は57名(67.9%)、院外での倫理講習会に積極的に参加している者が17名(20.2%)、看護者の倫理綱領(2003)をよく知っている者が51名(60.7%)であった。最も多く活用されている倫理検討方法は、「臨床倫理4分割(Jonsen)」で55名(46.6%)であった。所属施設のRTC数は3.1名[±2.1]、生体ドナー担当制度があるが6名(7.1%)、生体移植を決定する際に倫理委員会の開催が症例による場合も含めあるが53名(63.1%)であった。また、施設内で移植に関する多職種検討会開催があるが57名(67.9%)、生体ドナーの自己決定の第三者関与があるが68名(81.0%)であった。
5.2 〖移植看護における倫理的場面〗の記述統計結果(表2-①~表2-③)〖移植看護(移植全般)における倫理的場面〗で最も苦悩の程度(平均値[標準偏差])が高かったのは、『移植治療の決断に際し、レシピエントが移植後の自己管理の重要性を認識しないまま、移植を決断したのではないかと感じたことがあった』(4.63 [±1.00])、「かなり悩む」「すごく悩む」49名(58.4%)であった。また、〖移植看護(生体移植)における倫理的場面〗で最も苦悩の程度が高かったのは、『生体ドナーの善意によって成り立っている医療であるのに、なぜレシピエントが移植後の自己管理をしっかり行えないのか苛立ち・不全感を生じたことがあった』(4.77 [±1.13])、「かなり悩む」「すごく悩む」57名(67.9%)であった。RTCが経験した割合が高い場面もこの2項目であり、経験者はそれぞれ73名(86.9%)であった。
〖移植看護(脳死全般)における倫理的場面〗で最も苦悩の程度が高かったのは、『脳死ドナーの家族が十分に意思決定を行える時間がない状況で決断をしなければならないことがあった』(4.69 [±1.12])、「かなり悩む」「すごく悩む」47名(55.9%)であった。RTCが経験した割合が高い場面は、『待機患者(レシピエント)が移植に至らずになくなることがあった』で経験者は49名(58.3%)であった。
5.3 〖移植看護における倫理的場面〗の苦悩の程度と経験の有無の関連各場面の苦悩の程度を従属変数とし、経験の有無を説明変数として、Mann-WhitneyのU検定を用いて単変量解析を行った (表2-①~表2-③)。
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〖臓器移植(移植全般)における倫理的場面〗では、『公的な高額医療費を払ってまで、 移植を進めることに疑問を感じたことがあった』 (p<.001)、『レシピエントが移植後に、 自身が期待していた成果が得られていないと感じたことがあった』 (p<.01)など、6場面で経験の有無により苦悩の程度に有意に差がみられた。〖移植看護(生体移植)における倫理的場面〗では、『生体ドナーの善意によって成り立っている医療であるのに、なぜレシピエントが移植後の自己管理をしっかり行えないのか苛立ち・不全感を生じたことがあった』 (p<.01)、『生体ドナーの健康体を傷つける生体移植に疑問を感じたことがあった』 (p<.01)など、5場面で経験の有無により苦悩の程度に有意に差がみられた。一方、〖移植看護(脳死移植)における倫理的場面〗では、7つの質問項目すべてにおいて経験の有無による苦悩の程度に有意な差はみられなかった。経験の有無による苦悩の傾向としては、経験のない者の方が経験のある者より苦悩の程度をより強く感じる傾向がみられた。
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〖移植看護における倫理的場面〗のうちRTCが経験している場面にばらつき(9.5%~86.9%)が存在していたため、RTCが50%以上経験している23場面を分析対象とした。データに正規性が認められなかったため、主因子法、プロマックス回転で因子分析を行った。その結果17場面3因子構造に収束した。回転前の3因子で17場面の全分散を説明する割合は63.94%で、各因子の寄与率は第1因子46.50%、第2因子10.02%、第3因子7.42%であった。Kaiser-Meyer-Olkinの標本妥当性の精度は.84であり、Bartlettの球面性検定は有意(p<.001)であった。
各因子の命名は、第1因子は【移植医療の不確かさ】(5項目)、第2因子は【RTCとしての自信のなさ】(7項目)、第3因子は【倫理的責務の障壁】(5項目)とした。Cronbach’s α係数は第1因子が0.85、第2因子が0.88、第3因子が0.82、全体が0.93であった。
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因子分析の結果、〖移植看護の倫理的場面〗における苦悩の構造としてあげた3因子を目的変数とし、各変数との関連について単変量解析を行ったが有意な差は示されなかった。そのため、先行研究や〖移植看護における倫理的場面〗で関連が考えられる9項目を説明変数とし、重回帰分析(強制投入法)を行った。その結果、第1因子【移植医療の不確かさ】では、『立場』 (β=.269, p<.05)、『担当移植件数』(β=-.314, p<.05)、第2因子【RTCとしての自信なさ】では、『RTC経験歴』(β=-.247, p<.05)、第3因子【倫理的責務の障壁】では、『RTC経験歴』(β=-.305, p<.01)、『担当移植件数』(β=-.399, p<.01) との関連が見られた。調整済みR2は0.26~0.20であった。
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Frankl(1950)は、人間は苦悩する存在であり、苦悩する能力、悩む力が人間にとって必要であり、とても価値のあるものだと述べている。本研究の前提として、苦悩の重要性は理解しつつ、やみくもに苦悩するのではなく適切な倫理的判断により解決に導くことが重要であると考えている。そのうえで、本研究で得られた結果から、移植看護の倫理的場面においてRTCが抱く苦悩の構造とそれに関わる要因について考察する。
6.1 対象者の特性全国の79の移植施設で勤務する移植に何らかの形で関わった看護師569名を対象にした研究(習田、赤澤、谷水ら、2013;今西、習田、赤澤ら、2013)と比較すると、移植看護経験は7年以上長く、生体及び脳死移植双方の移植看護経験者は非常に多く、腎臓以外の臓器移植看護経験は少ない結果となっている。
臓器の種類により移植医療が普及した背景は異なるが、レシピエント移植コーディネーター認定制度は移植臓器別に細分化はされておらず、すべての臓器移植に網羅されたものとなっており、それぞれの臓器移植の特殊性を理解することが認定RTCには求められている。そして、認定RTCの資格は5年毎の更新制で、更新要件は専任・専従であることが求められている。しかし、RTCの認定資格がある64名のうち立場が専任・専従であるものが34名(53.1%)しか存在しておらず、兼任(43.8%)の立場の者は、次回の認定資格更新が危ぶまれる状況となっている。また、2012年診療報酬改定により臓器移植後患者指導管理料が新設され、算定要件に移植医療に係る適切な研修を受けた専任の看護師と表記された。しかし、大部分においてRTCがその業務を担っていながらも算定要件にRTCと明記されておらず、臓器移植後患者の長期生着にRTCが寄与している客観的な成果を示していく必要がある。また、看護部におけるRTCの認知度の向上や、その活動の成果が理解されるための客観的指標の提示が必要となる。
日本移植学会の倫理指針において「健常であるドナーに侵襲を及ぼすような医療行為は本来望ましくない。特に臓器の摘出によって、生体の機能に著しい影響を与える危険性が高い場合には、これを避けるべきである」と述べている。このことからも、生体ドナー擁護行動は移植医療の正当性の根幹となる。しかし、『生体ドナー擁護行動』について「できないときがある」、「常にできない」と答えたRTCが8名(9.5%)存在していた。これらのRTCは、看護基礎教育課程での倫理の授業経験や院外の倫理講習会参加経験がなく、さらに、RTCとして一人体制か非認定RTCのみの体制という傾向が見られた。習田(2011)は、RTCが抱く倫理的問題の一つに多職種間での対立やマンパワーなどの問題などによりRTCの責務を遂行できないことや、専門職として十分認知されていないため専門性が十分発揮できない問題状況があると述べている。RTCの実践に関する調査研究が十分でないため断定することはできないが、移植チームの中で生体ドナー擁護を担う専門職としての力が発揮できるようRTCの専門性の認知度の向上や複数名の配属、看護倫理の教育体制が求められている。
また、RTCが担当する患者内訳をみると生体移植レシピエントと生体ドナー・脳死移植レシピエントのすべてを担当するものが54名(64.3%)存在していた。施設の体制として生体ドナーのみを担当する制度がある者が6名(7.1%)と少ないことからも、RTCはレシピエントとドナーといった立場の異なる二者を同時に擁護しなければならないというジレンマを発生しやすい状況にあることが伺える。先行研究では、米国と日本とのRTCを比較した場合に大きな相違点が二つあると述べられている(志自岐、勝野、松尾ら、2007)。第一に、 施設におけるRTCの絶対数の違いである。米国では、 上司となるシニアコーディネーターがいることとRTC自身も小児、成人などケアの対象や特性により担当を分けている。第二に、 「レシピエント」「生体ドナー」のRTC担当制度の存在である。この米国のRTCの体制は、ケアの対象や特殊性により担当を分けることで、倫理的ジレンマの発生が回避されるような体制がつくられている。
2010年に臓器移植法が改正され、家族の承諾があれば患者本人の意思確認が取れていない場合でも臓器提供が可能になり、15歳未満の小児からも臓器提供が可能になった。しかし、心停止下臓器提供数と脳死下臓器提供数の割合に変化があったものの、臓器提供数は大きな増加には至っておらず、今も8割が生体臓器移植に頼らざるを得ない。そして、今も日本の多くのRTCは複数の臓器と小児から成人まで幅の広い患者層を担当し、立場の異なるレシピエントと生体ドナーを同時に担当する形を取っている。このことからも、日本のRTCは現在においても強い苦悩を抱きやすい環境下で勤務している現状がある。
6.2 〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の実態移植看護における倫理的場面で苦悩の程度の平均値[標準偏差]が高かったのは、『生体ドナーの善意によって成り立っている医療であるのに、 なぜレシピエントが移植後の自己管理をしっかり行えないのか苛立ち・不全感を生じたことがあった』、次いで『移植治療の決断に際し、レシピエントが移植後の自己管理の重要性を認識しないまま、移植を決断したのではないかと感じたことがあった』であり、経験者はそれそれ73名(86.9%)であったことから、経験の多さが苦悩の強さに比例する傾向が推測される。
また、『移植治療の決断に際し、レシピエントが移植後の自己管理の重要性を認識しないまま、移植を決断したのではないかと感じたことがあった』と似た内容の項目としては、『医師がレシピエントの自己管理能力の程度や家族のサポート体制の評価を十分にしないままに移植を決めているのではないかと感じたことがあった』(4.56 [±1.09])、『移植手術の決断に際し、 レシピエントや生体ドナー、家族が十分に話し合っていないと感じたことがあった』(4.44 [±1.09])などの意思決定に関する場面の苦悩が高かった。移植看護の倫理指針-生体臓器移植の場合-では、移植医療に携わる看護者は、生体ドナー及びレシピエントがケアや治療を選択する上で、正確かつ十分な情報が得られ理解できるように支援し、ケアや治療を選択する際に誰からも強制されない自由な意思決定を行うことができるように擁護することが求められている (日本移植・再生医療看護学会、 2014)。さらに、医療技術の飛躍的向上とともに複雑化する自己決定への対応について、多様な、ときに対立する意見を話し合いによって、関係者が納得した上で最適な解決策を見出す合意形成が必要となる。青木ら(2003)は、合意形成では、互いが納得できる解決策を想像してゆくことを重視するため、関係者それぞれが持つ意見の根底にある理由や問題に対する思いを掘り起こしたうえで、互いに意見とその理由を十分に理解することが必要不可欠であると述べている。生体移植における意思決定支援は、家族内での立場の異なる二者の合意形成が必要であり、根底にある理由を引き出すことの難しさがある。そのため、移植後のレシピエントやドナーの様子から意思決定過程の合意形成に問題が生じていた可能性を憂慮し苦悩するRTCが多いことが示された。
一方、4番目に苦悩の程度が高かったのは『脳死ドナーの家族が十分に意思決定を行える時間のない状況で決断をしなければならないことがあった』(4.59 [±1.12])であった。脳死ドナーの家族に関する場面は、 経験ありと答えたものが9.5%しか存在していないながらも、その状況に強い苦悩を感じると答えた割合が高かった。このことは、RTCが移植を受けるレシピエントの支援を行いながらも、常にその背後に存在する脳死ドナーやその家族の存在を意識していることが推測された。
以上のことから、本研究において苦悩の程度が高い結果が得られた倫理的場面は、臓器移植医療ならではの受益構造が全く異なる二者を同時に存在するという特性に起因する苦悩であることが考えられた。しかし、肝移植においては生体移植であっても、病状により明確な意思決定が困難な場合が多いと考えられ、さらに意思決定に時間的猶予がない場合が想定される。そのため、十分に時間をかけて意思決定を行うことが困難な状況でどのように支援していくかは、1人のRTCだけで対応するには限界がある。だからこそ、精神科医や臨床心理士といった移植医療に関わりのない専門家に問題を提示し、協働して意思決定に関する問題解決へと行動を起こす倫理的な組織文化の構築が求められている。
6.3 〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の構造〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の構造には、【移植医療の不確かさ】、【RTCの自信のなさ】、【倫理的責務の障壁】の3因子17場面が抽出された。【移植医療の不確かさ】については、これまでに肝・腎移植によける倫理的場面における苦悩の構造についての研究 (習田、2011; 林、谷水、赤澤ら、2013)と比較して、立場の異なる二者の存在や他者からの臓器提供という重々しさに対して期待された結果が得られないなどの移植医療そのものに対する苦悩の構造は共通していた。
今回、対象者をRTCという専門職に限定したことで、健康体を傷つける生体移植への疑問といった個人の価値観を乗り越えてレシピエントを支援していくことや、移植手術の決断に関するレシピエントや生体ドナーの意思決定を支援していくなどの役割遂行過程での【RTCとしての自信なさ】という苦悩の構造が新たに見出された。
また、RTCは移植の全過程において対象となる人々が最良の移植医療を受けられるように調整する役割を自律的に遂行するという役割を担っている。しかし、自己管理が行えないレシピエントの存在や移植に至らず亡くなる待機患者の存在という現実や、レシピエントと生体ドナーが移植について十分に語り合っていない状況に支援しきれていないこと、 そして、倫理的問題に対応する自身の倫理的実践力を高めきれない【倫理的責務の障壁】という苦悩の構造が見出された。患者の意思決定における看護師の倫理的責務として、白鳥・吉澤(2012)は、患者が何者にも強制されず自由に意思決定することができるように、医師からの説明の場面で、あるいは、医師から説明を受けた後も、患者の理解度を確認し、患者の思いに配慮して、必要であれば、 患者の権利擁護者としての役割をしっかり担うことであると述べている。移植医療においても、レシピエントや生体ドナーの意思決定に際して、RTCが倫理的責務を担い立場の異なる二者の権利を擁護していくことが求められている。そのためには、 RTCが複数体制で立場の異なる二者を別々に担当して業務を行うなかで、倫理的問題を話し合える環境が求められる。
6.4 〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の関連要因重回帰分析を行なった結果、3つの関連要因が得られた。第1因子【移植医療の不確かさ】では、『担当移植件数』が多いほど苦悩を低減させる影響力が高く、『立場』によっては苦悩を増大させる影響力が高いことが説明された。第2因子【RTCとしての自信なさ】では、『RTC経験歴』が長いほど苦悩を低減させる影響力が高いことが説明された。第3因子【倫理的責務の障壁】では、『RTC経験歴』が長いほど苦悩を低減させる影響力がより高く、『担当移植件数』が多いほど苦悩を低減させる影響力が高いことが説明された。しかし、関連要因の説明率が0.026~0.20と低かったことから、今回説明変数として用いた項目以外にも、様々な要因が関与していることが考えられた。
〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の関連要因では、RTCとしての経験歴の長さや、担当する移植件数の多さは、様々な症例を経験する中で倫理的な問題の傾向を捉え、苦悩を受け止め解決しようとする姿勢や、RTCとしての自信の向上につながる。しかし、豊富な経験の中でRTCとしての倫理的責務を獲得するが故に、責務を全うするために立ちはだかる障壁に苦悩していたことが明らかとなった。また、RTCの立場は、兼任であれば時間的制約などによりRTCとしての役割を全うすることができない苦悩につながる。そして、専任・専従の立場が保証されていても、倫理的問題に気付いていながら解決ができないことで苦悩を増大させるが、その苦悩と向き合うことで専門職としての成長を促すことが示唆された。
6.5 本研究の限界と今後の課題本研究は、全国の認定・非認定RTCを対象としていたが、対象者数が少なく本研究の結果を一般化するには限界がある。また、今回の質問紙調査では、経験のない倫理的場面については経験したと仮定して回答を依頼したため、結果の信頼性については限界があることは否めない。
本研究の結果、新たな知見として〖移植看護における倫理的場面〗でRTCが抱く苦悩の関連要因が抽出されたが、調整済みR2は全般的に低い結果となった。今回の調査では、RTCの認定資格の有無に関わらず、RTCとしての経験歴が重要な要素となっていることが明らかになった。今後は、RTCという専門職に求められるコアコンピテンシーを明らかにしていくことが課題である。
本調査に当たり、御多忙のなか調査にご協力いただきましたRTCの皆様、並びに対象施設の看護管理者の皆様に心より感謝申し上げます。
開示すべき利益相反は存在しない。