Journal of Computer Chemistry, Japan
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電子を描く(5) ― 3dzx軌道, 3dyz軌道, 3dx2-y2軌道, 3dxy軌道
時田 澄男
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電子付録

2016 年 15 巻 1 号 p. A7-A12

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Abstract

水素原子の波動方程式を解くと,無数の原子軌道が導出される.磁気量子数が0でない軌道は複素関数で表される.複素関数の軌道を組み合わせて実関数に変換する手続きを,3d軌道を例にとって説明した.これらの軌道を,ガラスブロック内に実3次元で彫刻し,変換の過程でZ軸を含む平面節面がどのように増加するかを調べた.

1 はじめに

水素原子の波動方程式から,主量子数 n, 方位量子数 l,または,磁気量子数 mが自然に導かれる.前回は,磁気量子数 mが0の軌道における円錐面節面の現れ方を解説した [1].

今回は,主量子数 nが 3 で,方位量子数 lが 2 (つまり,3d軌道)のうち,磁気量子数 mが ± 1, ± 2 である軌道について取り扱う.これらの軌道は複素関数で表されるが,複数の軌道を組み合わせると,実関数に変換できる.この手続きを図で説明し,Z軸を含む平面節面がどのように増加するかをガラス彫刻も併用して眺める.

2 複素関数で表される軌道の可視化

主量子数 nが 3 で,方位量子数 lが 2の軌道は5種ある.χ320, χ321, χ32−1, χ322, χ32−2 の5種である.一般に,Schrödingerの波動方程式を解いて得られる解χnlmには,exp (imφ)の項が含まれる.χ320ではm = 0であるから実関数であるが,残りの軌道では m 0 であるから, 複素関数である.χ321χ32−1は,それぞれを平方すると同じものになる.χ322χ32−2も同様である.主量子数 nが 3 で方位量子数 lが 2の軌道の平方(すなわち,電子の存在確率を表す関数)は3種あることになる.これら3種はいずれも実関数なので可視化できる.電子の存在確率を実3次元表示したものがFigure 1,その確率の値が等しい曲面を描いたものがFigure 2である.

Figure 1.

 Probability density distribution in the 3-dimensional representation of the squares of hydrogen (a) χ 320 (3d 3 z 2 r 2 ) , (b) χ 32 ± 1 , and (c) χ 32 ± 2 orbitals; top: observing through z axis, bottom: z axis is vertical.

Figure 2.

 Isosurfaces of the squares of hydrogen (a) χ 320 (3d 3 z 2 r 2 ) , (b) χ 32 ± 1 , and (c) χ 32 ± 2 orbitals.

Figure 1 (a) は,前回説明した χ 320 (3d 3 z 2 r 2 ) の描像そのものである.Figure 2 (a) は,前回の値の絶対値よりも少し大きい値の平方に対する等値曲面を描いた.このため,3種の閉曲面(これらを軌道胞(lobe)と呼ぶ)は,前回よりも細身となり,中央の軌道胞には,ドーナツのような穴が大きく表現されている.しかし,実際には,電子はFigure 1 (a) に示すように,中央部や周辺部にも分布している.

それぞれの平方の数式には φ が含まれていない(補足資料(電子付録)式 (S10-S12)).このため,3種の描像はすべてZ軸のまわりに円筒対称になる.Figure 1 上段はZ軸方向から眺めた図で,このことが良く示されている.軌道胞の数は,|m| の値が 0, 1, 2 と変化するにつれて,3, 2, 1 と減少する.ドーナツの穴の大きさは,この順に大きくなる.このような規則性は,複素関数で表される原子軌道の平方の可視化において,他の軌道の場合も含めて共通する特徴である.この規則性を用いると,量子数から,複素関数の平方の形が容易に予測できる.

3 複素関数の軌道から実関数の軌道を導く

複素関数で表される適当な2つの原子軌道の和や差をとって規格化する(電子の存在確率の総和が1となるように係数を調節する)と,実関数の軌道を導くことができる [2].実際の計算式は,補足資料に,式 (S13, S14, S17, S18) として示した.ここでは,このプロセスを,画像で眺めてみよう.

Figure 3 の上段は,Figure 2 (b) または (c) をZ軸を含む平面で切断した様子が示してある.切断して出来た軌道胞に正負の符号を1つおきに割り振れば,ドーナツ型の複素関数の平方が,クローバ型の実関数へと導かれる(Figure 3 下段).

Figure 3.

 Obtaining the "clover: real function" form (bottom) by slicing up the "doughnut: square of the imaginary function" form (top) [3,4].

Figure 3 (b)-1A は,YZ面(x = 0 の平面)での切断を示している.生じる実関数は,z = 0 とx = 0 の平面が節面となっている3dzx軌道である.実関数の軌道名の下付き文字zxzx = 0とおくと,節面の式が求まる.

Figure 3 (b)-1B は,先のYZ面をZ軸まわりに90°回転させた面(XZ面)での切断である.生じる実関数は,y = 0とz = 0 の平面が節面となっている3dyz軌道である.軌道名の下付き文字yzyz = 0とおくと,節面の式が求まる.

Figure 3 (b)-1A と (b)-1Bにおける数字1は,切断によって生じるZ軸を含む節面の数を表している.この値は,切断前の軌道 χ321χ32−1の磁気量子数の絶対値 |m| に等しい.前回,電子を描く(4)で示したTable 1 の [B] 欄におけるZ 軸を含む平面節面の数に相当する.

Table 1.  Nodes of five 3d orbitals
orbital |m| planar nodescontaining z axis total nodes
3d3z2−r2 0 none θ = 54.7°, θ = 125.3°
3dzx 1 x = 0 z = 0, x = 0
3dyz 1 y = 0 y = 0, z = 0
3dx2−y2 2 y = −x, y = x y = −x, y = x
3dxy 2 x = 0, y = 0 x = 0, y = 0

Figure 3 (c)-2A と (c)-2B では,χ322χ32−2の磁気量子数の絶対値 |m| の値は2であるから,Z軸を含む2つの平面での切断が示されている.生じる実関数は 3 d x 2 y 2 と3dxy軌道である.節面の式は,x2-y2 = 0 または,xy = 0 から求めることができる.

Figure 2 (a) における平方前の軌道と, Figure 3 下段の4軌道について,磁気量子数やZ軸を含む節面の数式などの一覧表を作ると,Table 1 が得られる. χ 320 (3d 3 z 2 r 2 ) 軌道では,m = 0 であるから,Z軸を含む節面の数は0で,前回説明した円錐面節面が2個存在する.

Figure 3下段の4つの軌道を平方して,電子の存在確率を,ガラスブロック内にレーザーで彫刻した (Figure 4).この方法は,Figure 3 の等値曲面を描く方法とは異なり,空間全体にわたる電子の存在確率の変化の様子が,点の密度として反映される [5,6].そのために,節面が暗部として明瞭に観察できることとなる.

Figure 4.

 Probability density distribution in the 3-dimensional representation of hydrogen four 3d orbitals. top: observing through z axis; bottom: observing through y axis.

Figure 4 上段は,Z軸方向から眺めた図であるため,Z軸を含む節面が観察できる.

上段左側の3dzx軌道と3dyz軌道では,Table 1 における |m| = 1 に対応して,Z軸を含む節面がそれぞれに1つ観察できる.これらの節面は,一方を90°回転すると,他方と重なる.

上段右側の 3 d x 2 y 2 軌道と3dxy軌道では,Table 1 における |m| = 2 に対応して,Z軸を含む節面がそれぞれに2つずつ観察できる.これらは,どちらも互いに90°の角をなす2つの平面節面である.これらの節面は,一方を45°回転すると,他方と重なる.

4 おわりに

ガラス彫刻の特徴は,節面を持つ原子軌道の場合に顕著に現れることを,3d軌道について取りまとめた.これらの軌道における動径波動関数や球面調和関数の導出法と,これらの積である原子軌道の具体的な数式の形,ならびに,複素関数の軌道から実関数の軌道を導く手続きは,補足資料(電子付録)に示した.Figure 3 の元になる数式も同様に付録としたので,適宜参照していただきたい.次回以降では,さらに多くの軌道について節面の模様を調べ,どのような規則性があるかを探っていく.波動性の現れ方等々についても,順次取扱っていく予定である.

参考文献
 
© 2016 日本コンピュータ化学会
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