Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
C5Ch5およびC6Ch6 (Ch = S, Se, Te)の分子構造と芳香族性の評価
川田 修太郎望月 祐志中野 克洋
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2016 年 15 巻 4 号 p. 87-91

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Abstract

(CO)nで記されるCO単位の環状重合体であるオキソカーボンは長年関心を集めてきた.しかし,Oをカルコゲン原子Ch = (S, Se, Te)で置換した擬オキソカーボン類については,これまで系統的に理論計算による検討はなされてはいない.そこで今回,(CCh)n (n = 5,6)についてDFT計算による分子構造の最適化とNICS値の算定を試みた.最適化計算からは,カルコゲンが高周期になるにつれて構造の平面性が増すことが分かった.NICS値からは,(CTe)6でベンゼンに匹敵する芳香族性が示唆された.

1 序論

形式的にCO単位が環状に重合した構造を持つオキソカーボン類 [1]は(CO)nで表わされ,ラジアレン類 [2]の放射状部位にあるメチレン部が酸素原子に置換されたものと考えることができるが,ラジアレン同様に長年,主に有機化学の実験研究者から関心を集めてきた.最近でも(CO)4や(CO)5の分子構造や電子状態に関する報告がなされている [3,4,5].一方,酸素を硫黄やセレンなどのカルコゲン原子(Ch = S, Se, Te)で置換した擬オキソカーボンについては,文献 [1]でも触れられているものの,ここまで系統的な検討としてはヒュッケル法に基づく共役性•環状電流のモデル計算が硫黄の場合 [6]になされている程度ある.

相対論効果 [7]に起因する重原子類の化学結合が特異な特徴を有することは理論的にも注目されてきた [8,9].ここ数年では,「合成実験に対して理論計算による予測が先行する」,あるいは「合成された分子を理論計算によって解析した結果を論文に添える」ケースも珍しくはない(一例に,>Ge = Oに関する玉尾らの報告 [10]を挙げる).

カルコゲンでも重いテルルについては,いわゆる超原子価的に5配位や6配位の分子を形成できることを箕浦ら [11,12,13]が示している.テルルの原子価軌道は5pであり,3pの硫黄,4pのセレンよりも空間的な広がりが大きく,炭素との組み合わせでは新奇な結合を生じる潜在力があるが,実際の合成や解析ではガイドとして理論計算の果たす役割は大きいと言える.

こうした背景から,本研究ではカルコゲン置換の擬オキソカーボンで5員環と6員環の場合,すなわち(CCh)n n = 5,6 (Ch = S, Se, Te) についてDFT計算に基づいて分子構造を最適化し,その構造でSchleyerが提唱したNICS値 [14,15]を算定して芳香族性を系統的に検討することにした.

2 モデリングおよび計算方法

Figure 1に示すカルコゲン置換の5員,6員の擬オキソカーボン分子((CCh)n)のモデル作成にはGaussView 5.0を,構造最適化とNICS算定にはGaussian09 [16]を用いた.構造最適化計算では平面構造を仮定せず,虚の振動数を持たない安定構造が見つかるまで繰り返した [17].ここで,汎関数には分散力の寄与を含むGrimmeのB97D [18]を選んだ.カルコゲン原子の基底関数には,相対論効果を含む有効ポテンシャル系のLanL2DZに広がったp関数とd関数を追加した組をGaussian基底関数のポータルサーバ [19]からダウンロードして用いた.一方,酸素原子と炭素原子の基底関数は6-31G* [17]とした.また,安定化が完了した構造でカルコゲンの原子価殻の有効配置と結合次数を自然密度解析で評価した.

Figure 1.

 Chemical structure of C5Ch5 and C6Ch6.

上で求まった最終構造に対し,汎関数をB97Dから標準的なB3LYP [20]に変え,炭素と酸素に対しては基底関数を6–311++G (2df,2pd) [17]に変更•拡張してNICS算定 [14,15]を行った.NICS値は,環の中心に配置したゴースト原子(Bq)についてNMR計算を行い,得られた化学シフト値の符号を入れ替えたものである.この値が負の大きな値をとるほど,芳香族性は大きいとされ,例えばベンゼンでは−8程の値となる.カルコゲン原子における相対論効果は有効ポテンシャルで扱っているが,NICSは重原子上での化学シフトではなく,ゴースト原子上での値を注目すればよいので,大きな問題とはならないと考えている.

3 結果および考察

GaussViewで描いたC5Ch5の最適化構造をFigure 2に,C6Ch6のものをFigure 3に示す.Figure 2で各構造を比較すると,C5O5とC5S5は非平面の構造になるのに対し,C5Se5とC5Te5は共役性が示唆される平面構造となっている.Figure 3の6員環の場合,酸素では顕著に非平面となるが,カルコゲンでは平面的になっており(上面からの図としている),特にTeの場合にはGaussViewの基準で環内に共役が示され,さらにTe間にも結合が示されている.

Figure 2.

 Optimized molecular structures of C5Ch5

Figure 3.

 Optimized molecular structures of C6Ch6

次に,自然密度解析による荷電状態と有効電子配置(C5Ch5Table 1,C6Ch6Table 2)を見てみる.Table 1のC5Ch5の有効配置で原子価p殻を見るとOの場合のみ4より優位に大きく,Cから電子を引き付けているが,S以降は4よりも小さくなっており,電気陰性度に符合した結果となっている.一方で,原子価s殻については高周期になるほど2に近づき,重元素における相対論効果の一種である「不活性s殻」 [7]によると理解される.Table 2のC6Ch6の結果も,Table 1のC5Ch5と同様の傾向が読み取れるが,電荷の片寄りは若干小さくなっている.

Table 1.  Natural population results of C5Ch5.
Charge     Natural Electron Configuration
O −0.38     [core]2S (1.71) 2p (4.66) 3p (0.01) 3d (0.01)
S 0.26     [core]3S (1.75) 3p (3.96) 4S (0.01) 3d (0.01) 4p (0.01) 5p (0.01)
Se 0.31     [core]4S (1.81) 4p (3.86) 4d (0.01) 6p (0.01)
Te 0.39     [core]5S (1.85) 5p (3.75) 5d (0.01) 7p (0.01)
Table 2.  Natural population results of C6Ch6.
Charge     Natural Electron Configuration
O −0.39     [core]2S (1.71) 2p (4.66) 3p (0.01) 3d (0.01)
S 0.24     [core]3S (1.77) 3p (3.96) 3d (0.01) 5p (0.01)
Se 0.30     [core]4S (1.82) 4p (3.86) 4d (0.01) 6p (0.01)
Te 0.33     [core]5S (1.85) 5p (3.80) 5d (0.01) 7p (0.01)

NICS値に議論を移す.Table 3は5員環の場合だが,値は全て正で,C5Ch5は高周期となっても反芳香族的であることが示唆される.これは,(4n+2)個のπ電子系が芳香族性を示すというヒュッケル則を考えると,5員環であるこの分子が反芳香族であることにも合致する結果となっている.また,定性的にはカルコゲンが高周期になるにつれて,平面性の獲得と反芳香族性の減少が対応しているとも言える.Table 4の6員環の場合,NICS値はC6O6を除いて負の値をとっている.これは芳香族性を持つことを示しており,カルコゲンが高周期になるほど,その度合いも増していることが分かる.とりわけ,C6Te6は−7.19という大きな負値を示しており,同じ計算方法/基底関数で計算したベンゼンのNICS値が−7.91であるので,指標的にはこれに匹敵する芳香族性を持っていることになる.箕浦らの先行報告 [11,12,13]でもテルルに係る化学結合の特異性が示されているが,今回の計算結果も興味深いものである.

Table 3.  NICS results of C5Ch5.
C5O5 C5S5 C5Se5 C5Te5
NICS 21.95 35.80 7.62 5.81
Table 4.  NICS results of C6Ch6.
C6O6 C6S6 C6Se6 C6Te6
NICS 17.56 −1.31 −1.58 −7.19

続けて,Table 5Table 6にまとめた自然密度解析から得られるWibergの結合次数(各々5本ないし6本の平均値)を議論する.CとOとの結合あるいはCとSとの結合は期待通りの2重結合と判断されるが,Seで減じ,さらにTeで顕著に低下して実行的に1重結合と判断される.一方,C-C環の結合次数はカルコゲンが高周期となるにつれ1より優位に大きくなる.こうした変化はTable 6の6 員環の場合により明瞭となる.特に,NICS算定で芳香族性が認められたC6Te6では他に比して特異な値となっている.これに応じて,C-C距離はSeの1.45Åに対しTeでは1.40Åと縮んでいる.また,近接Te間の結合次数は0.99であり,結合を形成していると考えてよい.ここで,参照となるベンゼンの結合次数はC-C間が1.44,C-H間が0.92でTable 6のC6Te6の値と近く,NICS値の対応と符合する.また,C6Te6のDFT波動関数が安定であることを記す.

Table 5.  Bond order results of C5Ch5
Ch C-Ch C-C
O 1.87 0.91
S 1.75 1.04
Se 1.38 1.17
Te 1.25 1.21
Table 6.  Bond order results of C6Ch6.
Ch C-Ch C-C
O 1.89 0.91
S 1.48 1.14
Se 1.38 1.18
Te 0.97 1.36

最後に,Figure 4の静電ポテンシャルを見る.右端の参考とするベンゼンの場合,環上の電子密度が高く(赤色),π電子の豊富さを示す可視化となっている.C6Ch6については,C6O6のみは非平面のため直接の比較はできないが,カルコゲンが高周期になるにつれて分子全体の電子分布が均一になっていく様子が見られ,Teの場合はここまでの芳香族性の議論に符合した図となっている.

Figure 4.

 Visualized electrostatic potentials; C6O6, C6S6, C6Se6, C6Te6 and C6H6 (from left to right).

4 まとめ

カルコゲンを含む擬オキソカーボン的なヘテロ環化合物C5Ch5とC6Ch6についてDFT計算による安定構造の評価と結合状態の解析,ならびにNICS算定を行った.ChがSeやTeとなると,構造が平面的となることが分かった.特に,6員環のC6Te6ではNICS値がベンゼンに匹敵する負値となって芳香族性が示唆されたが,これは結合次数や静電ポテンシャルの検討とも整合した.今回の計算化学的な研究の今後の展開としては,SeとTeなど複数種のカルコゲン原子を含む方向性,あるいはCをSiとする [8,9]方向性が考えられる.分子設計的な視点から付記すれば,重原子導入に起因する新奇な芳香族性に基づく光学応答物性を持った機能性材料を検討することも可能であろう.

Acknowledgment

箕浦真生先生,山中正浩先生には本研究に対して有益なご助言を賜った.ここに記して感謝の意を表す次第である.

参考文献
 
© 2016 日本コンピュータ化学会
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