Journal of Computer Chemistry, Japan
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総説
歯車状両親媒性分子からなるナノキューブの置換基効果と溶媒効果の理論的研究
増子 貴子平岡 秀一長嶋 雲兵立川 仁典
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2018 年 17 巻 1 号 p. 31-37

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Abstract

近年,平岡らは歯車状両親媒性分子(GSA)1 (R = CH3)が,疎溶媒的な環境で自己集合し,立方体状の分子集合体ナノキューブ(16)を形成することを実験的に明らかにした.GSA 1は25%含水メタノール溶媒中で一義的にナノキューブ16へ自己集合する一方で,メチル基を全て水素原子に置き換えたGSA 2(R = H)は自己集合せず,また純メタノール溶媒中ではGSA 12ともに自己集合しないことも実験的に見出した.そこで本研究では,溶媒環境下におけるナノキューブ1626の安定性を議論するために,分子動力学計算を実行した.その結果,ナノキューブの安定性には16に含まれるCH-π鎖が重要であることが分かった.またメタノール溶媒分子はミセルのような働きをするものの,メタノール溶媒分子の含量が増えるに従ってCH-π鎖が切断され,最終的にナノキューブが崩壊することが分かった.

1 はじめに

自己集合は自然界で数多くみられる現象の一つである.例えば,タンパク質は生体内では生命の活動や維持に必要不可欠な役割を果たす重要な分子である.タンパク質はアミノ酸がアミド結合を介して一次構造を構築したのち,水素結合やvan der Waals (vdW)力,クーロン力などの分子間相互作用により小分子ユニット同士が自発的に集まり,特定の機能を発現する高次構造となる.近年,このような自己集合を利用して,人工的にナノカプセルを構築する例が数多く報告されている [1,2].これらは新たなナノ材料の創出のための知見として非常に興味深い.

近年,平岡らは歯車状両親媒性分子(GSA)1(R = CH3)が25%含水メタノール溶媒中で一義的に立方体型のナノカプセルであるナノキューブ(16)へ自己集合することを見出した.またメチル基を全て水素原子に置換したGSA 2(R = H)では自己集合しないこと,さらに純メタノール溶媒中ではGSA 12ともに自己集合しないことを報告している(Figure 1) [3,4].また,この自己集合体ナノキューブは,エンタルピー駆動で自己集合することも等温滴定カロリメトリー測定によって示されている [4].しかしながら,その自己集合体ナノキューブの安定性における溶媒の役割は,分子論的には未だ充分に理解されていない.

Figure 1.

 Methylated gear-shaped amphiphile (GSA) molecules (GSA 1) are self-assembled into a hexameric capsule 16 in aqueous methanol. Demethylated GSAs (GSA 2) are not self-assembled.

これまでに,vdW力に着目した孤立系ナノキューブの部分的な理論計算は報告されているものの [5,6],溶媒を含めたナノキューブの安定性に関する計算は報告されていなかった.そこで本研究では,このような自己集合体ナノキューブにおける安定性を分子論的に理解するために,様々な溶媒環境下におけるナノキューブ1626の分子動力学(MD)計算を行った.

2 計算詳細

ナノキューブ16に対するX線結晶構造解析および1H NMR測定 [2]の結果を基に,実験的に観測されている16だけでなく26の構造座標も作成した.MD計算に用いた力場は,ナノキューブに対してはGeneralized Amber Force Field (GAFF)力場を,水溶媒分子にはSPC/E力場,メタノール溶媒分子にはparm14SB力場を用い,全原子を露わに扱えるようall-atomで計算を実行した.各粒子の電荷はHF/6-31G (d)計算により求めた最安定構造の静電ポテンシャルに基づいたRestrained Electrostatic Potential (RESP) 電荷を使用した.

まず初めに,エネルギー最小化計算によりナノキューブ1626の最適化構造を求めた.次に,得られたナノキューブ構造の周囲に溶媒分子を配置し,溶媒の密度を実験値と合わせるように,周期境界条件を用いてユニットセルの体積を最適化した.その後,本計算として,温度を300 K,時間刻みは2フェムト秒刻みで,温度一定のMD計算を2 ナノ秒実行した.なお,水素原子の拘束にはSHAKE法を,周期境界条件でのクーロン相互作用の計算にはPME法を用いた.また全てのMD計算には,AMBERプログラムを用いた [7].

置換基効果や溶媒効果の観点からナノキューブの安定性を議論するために,ナノキューブ1626に対して,水溶媒,メタノール溶媒,さらには実験条件と同じである25%含水メタノール混合溶媒中でのMD計算を,各10本ずつ実行した.なお,GSA 1やその自己集合体は純水溶媒に溶解しないが,ここでは水溶媒の役割を分子論的に理解するために,GSA 1が純水溶媒に溶解するという仮想的なMD計算も実行した.ちなみに,GSA 1のピリジンをピリジニウムに換えた系は純水溶媒に溶解し,自己集合してナノキューブを形成することを報告している [8].

ナノキューブの構造揺らぎの解析には,主成分解析や,(1)式で表されるRMSD解析を行った.   

(RMSD)=i=1N[mi(XiXi˜)2]M(1)
Mは計算に含める原子数,miは各原子の重さ,Xii番目の原子座標,Xi˜は平均構造の座標である.また溶媒分子の解析のために,空間分布関数や動径分布関数を作成した.

3 結果および考察

3.1 ナノキューブの置換基効果

ナノキューブ1626の置換基効果(R = CH3, H)を調べるために,ナノキューブ構造の揺らぎに着目した.実験条件と同様の25%含水メタノール混合溶媒中での16および26に対して,それぞれ10個の初期構造から300 KでのMD計算を実行した.その結果,16では全てのトラジェクトリで構造を維持した一方で,26では7本のトラジェクトリでナノキューブの六面体構造が崩壊した.そこで構造が崩壊する前のトラジェクトリを用いて主成分解析を行った.主成分解析により,MD計算で得られた分子全体の動きを,質量荷重座標の下で,独立な成分に分割することができる.主成分解析の固有値の一番小さな第一主成分の固有ベクトルを見ると,16における3-ピリジル基の三重スタックとメチル基間の揺らぎよりも,26における三重スタックと水素原子間の揺らぎの方が大きいことが分かった.この結果は16におけるメチル基による噛み合いよりも,26における水素原子による噛み合いが小さいことを示唆している.なお,同様の傾向が全溶媒種や気相中の計算結果でも確認された.つまり溶媒の種類に依らず,16におけるメチル基によって分子同士が噛み合っていることがわかった.

3.2 ナノキューブ16に対する溶媒効果(溶媒分布) [9]

ナノキューブ16は純水溶媒に溶解しないが,25%含水メタノールに溶解する.そこでメタノール溶媒分子の役割を考察するために,MD計算の結果から溶媒の空間分布関数を作成した.

はじめに純水溶媒の空間分布関数を見ると,水溶媒間では大規模な水素結合ネットワークを作り,またナノキューブの3-ピリジル基と水分子間で水素結合を形成することがわかった.

次に25%含水メタノール混合溶媒中の空間分布関数に着目した.Figure 2には見やすさのためGSA 1の結果を示す.これをみると,メタノール溶媒分子のメチル基の炭素原子がGSA 1の疎水面に分布し,また親水基の酸素原子がその外側に分布することがわかった.さらに,水溶媒分子の酸素原子が3-ピリジル基の窒素原子およびメタノール溶媒分子の酸素原子近傍に分布することも分かった.このようなメタノール溶媒分子の両親媒的な性質により,GSA 1が混合溶媒に溶解すると考えられる.

Figure 2.

 Spatial distribution function of (a) carbon atom of methanol molecules, (b) oxygen atom of methanol molecules, and (c) oxygen atom of water molecules in 25% aqueous methanol for GSA 1. Reproduced from Ref. 9 with permission from the Royal Society of Chemistry.

3.3 ナノキューブ16に対する溶媒効果(安定性) [9]

Figure 3に, (a)純水溶媒,(b) 25%含水メタノール混合溶媒,(c)純メタノール溶媒中における,ナノキューブ16の各ステップの平均構造からのRMSDを示す.これにより,ナノキューブ16の構造が,その平均構造からどのように変化するかを調べることができる.(a)純水溶媒ではRMSDの値が0.5 ± 0.1Åで揺らいでいる一方で,(b)(c)ではRMSDの値が1Åを超えるような平均構造から大きく外れた構造が出現することがわかった.さらに(b)(c)を比較すると,メタノール溶媒分子数が多くなるに従って,外れた構造が多く出現することもわかった.ここでは各溶媒条件で代表的なトラジェクトリしか示していないが,この傾向は他のトラジェクトリにおいても同様であった.それでは,平均構造と外れた構造の二つを具体的に見ていこう.

Figure 3.

 RMSD values from averaged 16 structure in (a) pure water, (b) 25% aqueous methanol, and (c) pure methanol during one trajectory. Reproduced from Ref. 9 with permission from the Royal Society of Chemistry.

Figure 4 (a)に,ナノキューブ16の平均構造(Structure A)を示す.このStructure AはC3対称軸を持ち,全ての3-ピリジル基は三重πスタックを形成している.またC3対称軸に対して赤道に位置する二つの3-ピリジル基間(白い矢印)の構造揺らぎは小さいことがわかった.さらに3-ピリジル基の近傍には,二つのメチル基(橙色と緑の矢印)が存在し,これがC3軸に対して垂直に一周していることもわかった.ここでは,この接触している部分をCH−π鎖と呼称する.

Figure 4.

 (a) averaged 16 structure (Structure A) and (b) broken CH-π chain structure (Structure B). Reproduced from Ref. 9 with permission from the Royal Society of Chemistry.

一方,25%含水メタノール混合溶媒から純メタノール溶媒へと,メタノールの含量が増えるに伴って,新たな構造(Figure 4 (b), Structure B)が多く出現した.このStructure Bは3-ピリジル基とメチル基の間の距離がStructure Aの4.2 Åよりも9.0 Åへと長くなり,vdWエネルギーは46.5 kcal/mol不安定化することがわかった.3-ピリジル基とメチル基間の伸長により,CH−π鎖が保持されず,ナノキューブの構造が大きく揺らぐことがわかる.また,三つ並んだピリジル基(赤色)の中央のピリジル基の窒素原子とメタノール溶媒分子の間に水素結合が生成していることがわかった.すなわち,Figure 4 (b)の橙色の矢印で示された空間にメタノール分子が入り込み水素結合を形成することで,CH-π鎖が切断されたと考えられる.Figure 3のRMSDで示されたように,Structure Bが出現してもすぐにStructure Aに戻るので,メタノール溶媒分子が離れれば平均構造に戻るものと考えられる.またRMSDの解析から,Structure Bの出現は25%含水メタノール混合溶媒ではレアイベントである一方で,純メタノール溶媒では頻繁に出現する構造であることもわかった.

3.1節で25%含水メタノール溶媒中の16は全てのトラジェクトリで構造を維持していたと述べた一方,RMSDの結果からStructure Bが出現することを説明した.そのため,さらに長時間のMD計算を実行すれば,ナノキューブ構造が崩壊する可能性も否定できない.そこで今回示した計算条件で更に20ナノ秒のNVT計算を全10本のトラジェクトリに対して実行したが,16は崩壊に至らなかった.更に,その中で1本だけ110 ナノ秒のトラジェクトリを実行したが崩壊には至らなかった.今回我々が検討した計算条件では,25%含水メタノール溶媒中では16が崩壊しにくいことがわかった.

以上の結果から,メタノール溶媒分子はメタノール分子の両親媒的な役割により,ナノキューブの溶解性向上に必要であることがわかった.一方,メタノール分子はナノキューブ内のCH-π鎖を切断する働きがあり,メタノール溶媒分子の数が増えるに伴い,ナノキューブ自身を崩壊させる働きがあることもわかった.

3.4 ナノキューブ26に対するメタノール溶媒分子による崩壊 [10]

純メタノール溶媒における26のMD計算を実行したところ,全ての計算でナノキューブは崩壊した.そこで,メタノール溶媒分子がおよぼす影響を調べたところ,26の崩壊にはFigure 5に示すような,主に二つの過程があることがわかった.Figure 5 (a)に示した初期構造では,三つの3-ピリジル基が強固に三重スタックしている.Figure 5 (b)に示した第一過程では,メタノール溶媒分子によりCH-π鎖が切断され,三重スタック間に空間が生じる.そしてその空間にGSA 2の水素原子(R = H)が入り込み,またメタノール溶媒分子もこの空間に入り込む.このような過程は水溶媒の場合には確認されず,むしろ水溶媒ではナノキューブの外側で水分子間の強固な水素結合ネットワークが形成された.Figure 5 (c)に示した第二過程では,ナノキューブ構造全体がつぶれ,大量のメタノール溶媒分子がナノキューブ内部に入り込む.最終的にGSA 2が一つ外れ,ナノキューブが潰れることにより立方体型構造が崩壊することがわかった(Figure 5 (d)).

Figure 5.

 Collapsed process for 26; (a) averaged structure, (b) first process, (c) second process, and (d) collapsed structure.

4 まとめ

水溶媒,25%含水メタノール混合溶媒,メタノール溶媒中におけるナノキューブ1626の安定性を,分子動力学(MD)計算により,溶媒分子と歯車状両親媒性分子間の相互作用の観点から解析した.

主成分解析により,固有値の一番小さな第一主成分の固有ベクトルを見ると,ナノキューブ16よりも26の方が3-ピリジル基の三重スタック付近で大きく揺らぐことがわかった.また,ナノキューブ16構造がもつCH-π鎖が,ナノキューブ構造の安定性に寄与していることがわかった.溶媒効果を考察するために,分子1に対する溶媒の空間分布関数を作成した.メタノール溶媒分子の両親媒的な役割により,メタノール分子はGSA 1の溶解性向上に必要であると考えられる.一方,メタノール含量が増えると,メタノール溶媒分子によってナノキューブ16のCH-π鎖が切断されることもわかった.さらにナノキューブの崩壊過程では,CH-π鎖が切断された後,大量のメタノール分子がナノキューブ内部に入り込み,立方体型構造が崩壊することがわかった.

本研究では,ナノキューブ構造にはCH-π鎖が重要であること,またメタノール溶媒分子はミセルのような両親媒的な働きをするものの,メタノール溶媒分子の含量が増えるに従ってCH-π鎖が切断され,最終的にナノキューブが崩壊することを見出した.これらの結果から,ナノキューブの安定性には,ナノキューブと溶媒分子との相互作用が,また溶媒分子の性質や混合比率も重要な役割を果たすことがわかった.

今回の総説では,溶媒効果に対する理論的研究の第一段階として,構造に着目した研究結果を紹介した.一方,実験的には混合溶媒中のナノキューブの熱力学安定性が問題となっており [4],実験結果との比較のためには,媒質中でのナノキューブおよびそのフラグメントの溶媒和自由エネルギーの算出と,それらの差に基づく定量的な議論が必要となる.そのような溶媒和自由エネルギーの算出には,松林らによって示されている手法 [11,12,13]が有用であろう.また我々の計算結果では,25%含水メタノール混合溶媒中のナノキューブ16は崩壊に至らないことを示した一方で,GSA 1からナノキューブへの自己集合過程の計算は実現できていない.そのようなシミュレーションには,原田らが提案している始構造と終構造が既知である条件のもとで,終構造へ至る遷移経路を効率的に抽出する手法 [14]が有用であろう.現在我々が行っている,さらなる置換基を変化させた歯車状両親媒性分子の水溶性ナノキューブ [8]に関するMD計算の結果も併せ,近い将来,以上の結果を報告したい.

Acknowledgment

本研究の一部は,科研費の支援(15KT0067 and 16H00780 (MT), and 25102005, 25102001, and 15K21708 (SH))により行われた.また一部の計算は,分子科学研究所の計算科学研究センターを利用した.

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