Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
双安定性ロタキサンのスイッチングシミュレーション
林 慶浩大木 竜勝檜脇 悠輔川内 進
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2018 年 17 巻 3 号 p. 122-123

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Abstract

Molecular dynamics simulation was performed on the switching behavior of bistable rotaxane having two interaction points on axial components. The switching behavior was reproduced in the case of the rotaxane composed of amine-ester type axial and DB24C8 crown ether ring. In this system, switching was completed in subnano seconds. It is suggested that DB24C8 is more suitable for switching as a ring component than 24C8, which is analog of DB24C8 having no benzene rings.

1 研究背景と目的

ロタキサンは,環状分子(輪成分)を棒状分子(軸成分)が貫通した構造をもち,輪成分は抜けないように軸成分の末端は嵩高い基で保護されている.輪成分と軸成分の間には化学結合は無いため,輪成分が軸成分上を移動するシャトリング運動および回転運動などを行う動的性質を有する.軸成分上に輪成分と相互作用が比較的強い部分(相互作用サイト)を複数有する場合,ロタキサンは双安定性を有する.このような分子は,外部刺激によって輪成分の位置を変えて複数の状態を切り替える(スイッチング)ことができるので,センサーや分子スイッチ,分子デバイスとして注目されている [1].

高分子鎖を軸成分とし,クラウンエーテルを輪成分としたロタキサン状分子の運動性を実験で直接観察することは困難である.したがって,このような系の分子動力学シミュレーションは運動性の解明だけでなく,外部刺激でスイッチングを示す双安定性ロタキサンの分子設計に重要な情報を与えると考えられる.そこで,本研究では,酸塩基による双安定性ロタキサンのスイッチング挙動について古典的分子動力学法シミュレーションを試みた.

2 計算方法

Figure 1に示した実験的にスイッチングの報告例のある系 [1]を,シミュレーションのモデル分子とした.軸分子のアルキル鎖中には相互作用サイトとしてアミノ基とアミド基を有している.輪成分はジベンゾ-24-クラウン-8 (DB24C8)である.アミノ基のプロトン化・脱プロトン化によるスイッチング挙動を見るために,輪成分の初期配置は,プロトン化状態ではアミド基上に,脱プロトン化した中性条件ではアミノ基上に置いてシミュレーションを行った.なお,アミノ基をプロトン化した場合のシミュレーションには,対イオンとしてPF6を加えた.セル中にロタキサン構造を形成した分子を配置し,そのまわりの溶媒としてクロロホルムを4000分子配置した.力場にはPCFFを用いた.シミュレーション条件は,NPTアンサンブルで,1 atm,時間刻み0.1 fsである.設定温度は,320 Kと340 Kの2点とし,シミュレーション時間は10 nsとした.プログラムはLAMMPS [2]を用いた.また,アミド結合をウレタン,エステルに変えてスイッチング挙動を見た.輪成分にはDB24C8のほかに,ベンゼン環をもたない24-クラウン-8 (24C8)についても検討した.各スイッチング挙動のシミュレーションは,相互作用サイト近傍に輪成分を配置し,それらの相互作用を考慮しつつ適切と考えられる3つの初期構造を用いて実行した.

Figure 1.

 Switching of crown ether by protonation/deprotonation of amino nitrogen.

3 結果と考察

スイッチング挙動のシミュレーション結果をTable 1にまとめた.DB24C8を輪成分とした場合は,アミン-エステル系ロタキサンでのみ,両方向で輪成分のスイッチングが見られた.しかし,アミン-ウレタン系とアミン-アミド系では,ウレタンやアミドからプロトン化アミンへのスイッチングは見られず,中性アミンからウレタンやアミドへのスイッチングだけが見られた.このことは,アミンやアミドのプロトンの正電荷がやや大きいため,DB24C8の酸素原子との相互作用が比較的強く,今回のシミュレーション時間10 nsではスイッチングが観測できなかったと考えられる.エステルの場合は,エステル酸素の隣接炭素に結合した水素原子の正電荷が比較的小さいため,両方向のスイッチングが見られたと考えられる.

Table 1.  Structure dependency on switching behavior.
Structure of axial component in rotaxane Switching direction Occurrence of switching in DB24C8(number of times) Occurrence of switching in 24C8(number of times)
amine–urethane urethane→ammonium No (0/3) No (0/3)
amine→urethane Yes (3/3) Yes (3/3)
amine–amide amide→ammonium No (0/3)
amine→amide Yes (3/3)
amine–ester ester→ammonium Yes (2/3) No (0/3)
amine→ester Yes (3/3) Yes (3/3)

アミン-エステル系でスイッチングが見られた例として,スイッチングが比較的速やかに生じたエステル→アンモニウムの輪成分と相互作用サイトとの距離の経時変化をFigure 2に示した.この系では,スイッチングはサブナノ秒で完結していることがわかる.

Figure 2.

 Distance change between crown ether and interaction sites.

ベンゼン環を持たない24C8については,Table 1に示したように,DB24C8が示したアミン-エステル系の両方向のスイッチングは見られなかった.24C8では,アミン-エステル系は,アミン-ウレタン系と同様に,中性アミンからウレタンやエステルへの片方向のスイッチングのみが見られた.この理由としては,24C8の立体配座の自由度が高いため,ウレタンやエステルの相互作用がDB24C8より強くなったことが考えられる.そのため,自由度がより少ないDB24C8の方が輪成分としてスイッチングに適していることが示唆される.

Acknowledgment

本論文の計算は東京工業大学のTSUBAME3.0と自然科学研究機構計算科学研究センターのスーパーコンピュータを用いた.研究費を補助していただいたJST CREST (JPMJCR1522) とJSPS 科研費 (JP17K17720)に深謝する.

参考文献
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
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