2018 Volume 17 Issue 3 Pages A15
ネコを飼ったことはないが,お隣にはネコがいた.私が会いに行くと,箪笥の上から怖い顔で睨んでいるが,ちょっと目を離すと,いつの間にかソファの間に隠れている.手を伸ばすと引っ掻かれた.岩合氏のネコは実に愛らしく,色んな姿を見せてくれる [1].塀の上の狭い道を歩いていたり,どうやって登ったかは分らないが,木杭の上にちょこんと座っていたり.けど,圧倒的に多いのは,だらーんと寝ている姿だ.撮影の都合もあるとは思うが,やはりネコは「寝子」であり,丸くなったりリラックスして寝っころがっているのが安定な状態のようである.
新学術領域「ソフトクリスタル」で発行しているニュースレターに「ソフトクリスタルの猫歩き」というタイトルでちょっとした論考を書かせていただいた [2].そこでは,結晶構造予測を行うとたくさんの多形構造を見つけることができるのに,実験で観測できる結晶多形は2,3種類しか見つからないのは何故なのか?という命題に対して,観測することで加えられるエネルギーによって小さな障壁を越えることができるため,結果的に少しだけ高い障壁に囲まれた結晶構造だけが見つかるのだろう,という仮説を紹介した.
蒸気にさらす,擦る,触れる,回す,振る(揺する),曲げるなどの弱いマクロな刺激に応答し,「目に見える」性質や形が変化する物質群を「ソフトクリスタル」と呼んでいる.その変化のメカニズムを調べよ!というのが我々に課せられた課題である.これは,「誰も見ていない」時の状態をどのように観測して,どのように解析するのかという難題である.まさに「シュレーディンガーの猫」的なパラドックスに陥りそうな話だが,理論計算やシミュレーションに期待されていることは,いつもそういうことである.
「ソフトクリスタルの猫」は,実験で観測すれば,その安定した姿を知ることができる.しかも,すりすりすれば姿や表情を変えてくれるなんて,なんと愛らしい奴なんだ.だから,観てないときに何をしているのかな?と思うのは,研究者に限らず人間の性(サガ)だろう.仮説が正しいとすれば,この猫の歩く姿を実験で覗き見ることは極めて困難である.だから,その秘めた姿をそぉーと覗き見る道具を今作っている.
(2017年次報告巻頭言から転載)