Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
研究論文
第一原理計算を用いた硫化スズ電極のNaイオン電池性能評価と放電機構解明
小鷹 浩毅籾田 浩義喜多條 鮎子岡田 重人小口 多美夫
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 18 巻 1 号 p. 78-83

詳細
Abstract

スズ化合物は安価かつ大きな理論容量が期待されることから,Naイオン二次電池の負極材料候補として研究される物質の一つである.本研究では,Naイオン二次電池の負極材料となりうるコンバージョン系負極材料として硫化スズに着目し,その電池特性を第一原理計算を用いて調べた.負極材料とキャリアであるNaが反応した場合に生成すると予想されるNa-Sn-S系化合物を計算し,生成エネルギー解析に基づいて評価した3元系相図から充放電反応過程の生成物を明らかにした.計算から得た充放電反応式をもとに電圧容量曲線を作成し,Na / SnSハーフセル実験にて測定された充放電曲線との比較を行ったところ,実験結果をよく再現する結果を得た.さらに,充放電反応過程の生成物を特定するために,硫黄 K端のX線吸収スペクトルを計算し,実測結果と比較した.放電時にNa2S由来のスペクトル形状変化が現れ,それが充電時に再びSnS由来のスペクトル形状に戻ることを確認した.

1 背景

Liイオン二次電池は,電気自動車やモバイル機器などの多くの機器に内蔵され活用されている.Liイオン二次電池の用途は近年次第に大型化しつつあり,さらなる需要の拡大が見込まれている.こうしたLiイオン二次電池の需要増や用途の拡大に伴い,原料が比較的安価で入手しやすいNaがLiに代わる将来の蓄電池のキャリアとして研究されている.低コストで蓄電効率,サイクル性能が高いNaイオン電池が開発されれば,電力需給の問題が大幅に改善すると考えられる.

しかしながら,現行のNaイオン電池は性能面で問題を抱えている.Naは標準電極電位がLiよりも0.3 V高く,Li イオン電池に匹敵する電圧を出すにはより酸化力の強い正極材料を必要とする.また,Naイオンのイオン半径がLiイオンより大きいために,Liイオン電池と同じ電極材料を用いることができないという問題がある [1,2,3].Liイオン電池に用いられる負極材カーボンはNaを吸蔵する能力が低いため,ハードカーボンをNaイオン電池負極材料として用いた場合には,蓄電容量が大きく低下する [4].

より大きな理論容量を持つ負極材料開発を目的として,我々はコンバージョン反応系物質に注目した.Snは複数段階の合金化反応による大きな理論容量を持つことが知られる物質であり,また安価かつ安全性も高いことから,Naイオン二次電池の負極材料候補として研究される物質の一つである [5,6,7,8].Sn電極は複数段階の反応過程により大きな理論容量を得るが,一方で大きな体積膨張に起因するサイクル特性の低下を引き起こすことが知られる [9].そこで,Snのナノ粒子化,Sn表面に別の金属を塗布する,Sn化合物を用いるなどの様々な工夫により,放電時の体積膨張率を抑えつつ高い理論容量を維持できるような電極材料の探索研究が行われている [10,11,12].

我々は,負極材料の候補としてSn化合物に注目した.Sn化合物電極では,コンバージョン反応とNa-Sn合金化反応との2つの反応が順次進行し,アノードのサイクル特性寿命が改善されることが期待される [13,14,15,16,17].負極材料として有用と考えられる材料として,硫化スズSnSを負極電極材料に用いたNa / SnSハーフセル実験が,九州大学先導研の喜多條,岡田らにより行われた [17].本研究では,第一原理計算を用いたエネルギー解析により,理論的側面からNa / SnSハーフセルのSnS電極における放電反応過程を明らかにした.また,計算結果をハーフセル実験にて測定された充放電曲線,X線吸収スペクトル(XAS)と比較した.

2 計算方法

本研究にて,我々は第一原理電子状態計算に基づく結果をもとに,反応過程,電圧容量曲線,X線吸収スペクトル(XAS)の各解析を行った.計算に際し,密度汎関数理論(DFT)に基づく第一原理計算コードである,VASPとHiLAPWを用いて行った [18, 19].

VASPでは波動関数の計算にプロジェクター補強波動関数(PAW)を用いており,線形化補強平面波のコア近傍の波動関数を滑らかに変形することで計算にかかるコストを軽量化する [20].本研究ではより計算コストのかかる構造緩和・格子緩和の際にVASPを使用した.計算に用いた平面波基底のエネルギーカットオフは500 eVで,k点は0.05Å−1以下になるように十分多くとって計算を行った.交換相関汎関数については,J. P. Perdew, K. Burke, M. Ernzerhofにより提案された一般化密度勾配近似(GGA-PBE)を用いた [21].XASの計算は,全電子フルポテンシャル線形化補強平面波(FLAPW)法に基づくHiLAPWを用いて計算した.その際の平面波基底のエネルギーカットオフは20 Ryを用いた.電圧容量曲線の計算方法とXASの計算に関して,文献 [22,23,24] を参考に行った.

3 結果と議論

3.1 三元系状態図を用いた反応経路の予測

我々はまず,Na / SnSハーフセルのカソードにおける放電反応生成物の予測を行った.AtomWork [25] とCrystallography Open Database [26]に記載された実験的に既知の結晶構造をもとにして第一原理計算を実施し,Na-Sn-S三元系の相図を作成した.Figure 1に,Na-Sn-S系の三元相図を示す.各点の位置は,計算された構造の組成比を示し,各点の色は,基本結晶相を基準とする結晶形成エネルギー[eV]を示す.Figure 1の円が青くなるほど形成エネルギーが低くなる.形成エネルギーが負の場合,基本相への相分離に対して安定であるが,逆に形成エネルギーが正となる場合は,相分離が起こるため化合物は熱力学的安定相ではない.

Figure 1.

 A schematic ternary phase diagram of the Na-Sn-S system. The position of closed circles shows the composition ratio of the calculated structure and the color of circles shows the calculated formation energies of the crystals referenced to the elementary crystal phases. The gray line is a convex hull curve, indicating a reactable-route. We calculated structure obtained from the AtomWork [25] and Crystallography Open Database [26].

本研究では,生成エネルギーの軸を追加した上で,Na-Sn-S相図に対して三次元の凸包曲線を計算し,Na添加時のSnSカソードの反応生成物を予測した.灰色の線は,反応が進行する経路を示す3次元凸包曲線の稜線部分である.凸包曲線は全ての化合物のエネルギー点を内包する多面体であり,灰色の線はその最も外側の化合物を結んだ線となる.これを用いて各組成比における最も安定な化合物の組み合わせを判別することができる.今回はNa / SnSハーフセルのSnS電極での放電過程を考えるため,SnとSの比率が一定でNaを添加していく状況を考える(赤い点線部分).Na-SnSの線分を横切る凸包曲線があるとき(灰色の三角形に囲まれた部分)にその両端の構造へと相分離が起きる.よって,次の式中に示す反応が順に進行すると考えられる.    4SnS + 4Na → Na4SnS4+3Sn       Na4SnS4+4Na → Sn+4Na2S       5Sn+Na → NaSn5       2NaSn5 + 3Na → 5NaSn2       NaSn2 + Na → 2NaSn       4NaSn + 5Na → Na9Sn4       Na9Sn4+6Na →Na15Sn4   

今回の結果から明らかになった反応経路を順に説明すると,まず,SnSがNaとの3元化合物の中間生成物Na4SnS4を生成する.その後,中間生成物Na4SnS4は追加のNaとコンバージョン反応してSnとNa2Sが生成する.Na2Sは安定なため,さらなる反応は起こらないが,金属状態で析出したSnは追加のNaと合金化反応をする.

Sn-S系(黒線で囲まれた三角形の下部)では,SnS2相が最も安定である.しかし,SnS2は反応経路が多いため不可逆容量が大きくなり,可逆容量が低下することが予想される.そのため反応経路が少ないSnSは負極として優れていると考えられる.

3.2 電圧容量曲線の計算と実験比較

次に,三元相図の計算結果から得たNa-SnS反応経路をもとに電圧容量曲線の計算を行った.Figure 2に,電圧容量曲線と反応生成物の構造を示した.青と紫の線が計算結果で,橙色の線がハーフセル実験である.放電反応過程にて予想される結晶構造を点線の先に示した.計算は各反応が完全反応した場合を想定しており,そのため電圧容量曲線は階段状になる.計算と実験との比較を行う際,反応前後の電圧の平均値を比較することで,妥当性を推定できる.計算では,4SnS + 4Na → Na4SnS4+3Sn と Na4SnS4+4Na → Sn+4Na2S のコンバージョン反応下では,電圧はおよそ1.2 V (1.18~1.31 eV)であり,Na-Sn合金化反応プロセスでは,電圧は0.7 eV以下に低下する.一方で,測定結果におけるなだらかな電圧の推移から,ハーフセル実験ではコンバージョン反応とNa-Sn合金化反応が同時進行すると予想される.

Figure 2.

 The voltage-capacity curve of Na-SnS half-cell from the DFT total energies and crystal structures of the reaction products. Blue and purple line shows the calculation result and orange line shows the experimental data.

3.3 X線吸収スペクトル計算と実験との比較

X線吸収スペクトル(XAS)は元素固有の電子構造を調べる方法であり,原子サイト周辺の局所幾何構造の情報を系の状態によらずに測定できるため,放電過程での電極の状態を知る有力な方法である.凸包曲線の計算によって予想したNa / SnSハーフセルでの中間生成物について実験結果と比較するために,XAS計算を実施し,硫黄(S) K端でのXAS実験との比較を行った.電子の始状態|i⟩ から終状態|f ⟩ への遷移確率は,フェルミの黄金則を用いて計算することができる.   

I ( ω ) = 2 π i , j | f | F ^ | i | 2 δ ( ε i + ω ε f )

ここでεi およびεf は,始状態および終状態のエネルギーである. F ^ は光の電場による摂動であり,以下のように展開される.   

F ^ = e E r ( 1 + i k r + )

S K端では,上式(2)中の第1項の,1s軌道から非占有状態のp軌道への電気双極子(E1)遷移が支配的であり,本研究ではこのE1遷移を取り扱った.計算に際し,スペクトルや励起エネルギーの正確さを向上させる目的で,内殻コアの空孔の影響を考慮した.XAS実験に関して,九州シンクロトロン光研究センターのBL11を用いて室温にて行われた.

Figure 3は,反応前後でのS K端での遷移確率の計算(青)とXAS実験結果のスペクトル(赤)である.反応前の構造として硫化スズSnS [Figure 3 (a)],中間構造としてNa4SnS4 [Figure 3 (b)],反応後の構造として硫化ナトリウムNa2S [Figure 3 (c)]を計算した.実験はそれぞれ,初期状態SnS [Figure 3 (d)],放電時電圧0.5 V [Figure 3 (e)],放電時電圧0.0 V [Figure 3 (f)],充電時電圧2.3 V[Figure 3 (g)]のときの測定結果である.放電により,スペクトルのピーク位置が高エネルギー側にシフトし,充電により元の位置まで戻る.SnSに対するS K端の計算 (Figure 3 (a))では,実験の放電反応前[Figure 3 (d)]・充電後 [Figure 3 (g)]のスペクトルと同様の形状のピークを得られた.放電反応後[Figure 3 (e,f)]ではピーク位置が高エネルギー側にシフトするが,その傾向はNa4SnS4 [Figure 3 (b)],Na2S [Figure 3 (c)]に対する計算結果と一致する.また,Na2Sのスペクトルのピーク位置はSnSより後方にあり,二つのピークを持つ.この形状は放電反応後[Figure 3 (f)]のスペクトルにおいて見られる特徴と一致している.これらの結果によって,放電反応によりSnSからNa2Sが生成し,充電反応により再びSnSが生成することが確かめられた.

Figure 3.

 X-ray absorption spectra (XAS) at S-K edges.

Blue lines show the calculated XAS of (a) SnS, (b) Na4SnS4 and (c) Na2S considering 1s core hole states. (Gray lines show the XAS that not consider 1s core hole states.) Red lines show the experimental XAS data of Na / SnS half-cell, and (d), (e), (f) and (g) show initial state, 0.5 V discharged state, 0.0 V disc-harged state and 2.3 V charged state, respectively.

4 まとめ

Naイオン電池負極材料としての硫化スズSnSの電池特性を第一原理計算により調べ,実験との比較を行った.本研究では,第一原理計算を用いたエネルギー解析により,理論的側面からNa / SnSハーフセルのSnS電極における放電反応過程を明らかにした.Na-Sn-Sの3元化合物に関して凸包曲線を作成し相図を示した.そして,可能な反応経路から放電反応の中間過程を明らかにし,Na / SnS系の充放電反応式を示した.また,Na / SnSハーフセル実験結果に対応する計算として,充放電曲線の計算を行い,実験結果をよく再現する結果を得た.反応過程の生成物について実験と比較するためS K端XASの計算と実験との比較をおこない,放電反応生成物としてNa2Sが現れることを確認した.合金化反応が段階的に進行する金属Snと異なり,SnS負極ではコンバージョン反応と合金化反応が同時に進行する可能性があることがわかった.XASの比較により,放電過程で析出したNa2Sは充電によりSnSに戻ると予想される.そのため,SnSからNa2Sが析出するコンバージョン反応は可逆的と考えられる.よって,Naと完全反応させずに利用すれば,蓄電容量を維持しながらサイクル充放電できると考えられる.

参考文献
 
© 2019 日本コンピュータ化学会
feedback
Top