Journal of Computer Chemistry, Japan
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総説
コアシェル型複合金属クラスターの安定性と電子状態:理論的アプローチ
高木 望福田 良一江原 正博榊 茂好
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2019 年 18 巻 1 号 p. 38-48

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Abstract

複数の金属元素からなる複合金属クラスターや微粒子は,貴金属減量触媒や卑金属触媒の候補として興味がもたれ,自動車排気ガス浄化触媒,燃料電池電極触媒などの実験分野で活発に研究がおこなわれている.新規な触媒の効率的な設計のためには,電子状態理論計算による複合金属クラスターの電子状態と安定構造, 分子吸着特性, 反応性の相関に対する知見が不可欠である.最近,銅とVIII族からXI族までの金属の複合クラスター(Cu32M6; M = Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, Au) ,および白金とVIII,IX族金属との複合クラスター(Pt42M13; M = Ru, Rh, Os, Ir)に関して統一的な電子状態理論研究がおこなわれ,シェルからコアへの電荷移動がコアシェル型構造の安定性を決める一つの重要な因子であることが報告された.本総説では,それらのコアシェル型構造の安定性と電子状態,安定性を支配する因子に関する議論をまとめて紹介する.

1 はじめに

稀少金属の減量・代替を指向した新規触媒の開発が活発におこなわれている.しかしながら,周期表上の限られた元素,しかもクラーク数の大きな元素を用いた高性能な触媒を開発するためには,これまでにない工夫が必要である.一つの重要な指針は,春田らの微粒子化による金クラスターの触媒活性発現の報告である [1].この報告は,活性の低い金属でも微粒子化することにより活性が発現することを示している.もう一つの指針は,2種類以上の金属を組み合わせた複合金属微粒子による活性向上である.北川らは,バルク層では互いに混じり合わない金属をナノ粒子化することで固溶化に成功し [2],ルテニウムとパラジウムを複合化した人工ロジウムが,ロジウム単体よりも大きなCO酸化活性を示すことを報告している [3].燃料電池触媒では,触媒活性の高い白金をシェルに,安価な金属をコアとしたコアシェル型複合金属を用いることで白金の使用量を減らし,かつ白金と同等の活性を得るための研究がおこなわれている [4,5,6,7].これらを総合すると,触媒の元素戦略研究における方向性は,(1)サイズ制御による活性向上,(2)金属の複合化による活性向上,および(3)卑金属をコア,高活性金属をシェルとしたコアシェル型構造の形成による貴金属の減量であり,それらを組み合わせた新規な触媒開発が必要であると考えられる.

しかしながら,触媒活性の微粒子サイズ依存性や金属の組み合わせによるコアシェル型,固溶体合金型,相分離合金型などの相対安定性,それらと電子状態や反応性との相関に対する知見はほとんどなく,解明しなければならない問題は山積している.触媒活性は金属微粒子の構造と電子状態に深く関連するはずであるから,新規で高活性な触媒の効率的な設計のためには,金属微粒子の構造や電子状態に関する理論的・系統的な理解が必要不可欠である.

2 複合金属微粒子の理論計算法

複合金属微粒子に関する理論研究は,これまでに様々な理論的手法を用いておこなわれている [8].Johnstonらは,多体の経験的な力場ポテンシャルと遺伝的アルゴリズムを用いることで,2種類の金属からなる複合金属クラスターの統一的な構造最適化計算をおこない,安定構造を検討している.コアシェル型構造の形成に着目すると,38原子系でCu(core)/Ag(shell) [9]やNi (core)/Ag(shell) [10],33原子系でM(core)/Pt(shell) (M = Ag, Au, Cu, Pd) [11]などの多数の報告がある.経験的力場ポテンシャルを用いた方法は計算コストが低く,大きなサイズの複合金属微粒子の計算が可能である.一方で複合化により各々の金属の電子構造が変化するような場合,例えば後述するように,一方の金属から他方の金属へ大きな電荷移動が起こるような場合は,経験的力場ポテンシャルによる研究は限定的であることが指摘されている [12].

経験的パラメータを用いない第一原理計算による複合金属微粒子の計算方法として,平面波基底を用いた密度汎関数法(DFT)が挙げられる.この方法は計算コストが高く,多数の構造について統一的に構造最適化計算をおこなうことは難しい.そのため,特定のクラスター構造について金属の安定な位置を決定するなどの方法で,安定構造が議論されることが多い.多くの場合,汎関数としてPBE [13]やPBE-D3 [13,14]が用いられている.

実例は後述するが,局在化基底を用いたDFT法による複合金属微粒子の計算も報告されている.この方法は詳細な電子状態の解析に有効であり,分子吸着や触媒反応に深く関連する微粒子表面の電荷分布解析や,遷移状態を含めた触媒反応メカニズムにおける電子的プロセスの解析には強力な手法となる.触媒反応の理論研究では,金属微粒子への分子吸着や微粒子表面での反応過程を計算する必要があり,分子系の電子状態計算で広く用いられているB3LYP [15,16,17]などのハイブリッド型汎関数を使用したいし,場合によればpost Hartree-Fock法を使用したい場合もある.しかしながら,ハイブリッド型汎関数による金属微粒子の計算はコストが高く,実在系に近いモデルの周期境界条件DFT計算は実質的に困難であり,現時点では多くの計算にGGA型の汎関数が用いられている.一般に,金属微粒子のサイズが大きくなると,SCF計算の収束が極端に悪くなることから,その面でも計算コストが高くなる.

平面波基底DFT計算にはVASP [18,19,20]プログラムが,局在化基底DFT計算にはD-MOL3 [21, 22]やTURBOMOLE [23]が利用される場合が多い.また,ハイブリッド型汎関数を使用したDFT計算にはTURBOMOLE, Gaussian09 [24]やGAMESS [25]が利用可能であるが,超高並列のスーパーコンピュータでは並列計算に適したSMASH [26], NTChem [27]の利用が有利である.これらのプログラムでは,平衡構造や遷移状態構造の最適化に加えて,計算結果の分子科学的な詳細な解析が可能である.

3 M(1)nM(2)型複合金属微粒子の偏析エネルギーと電子状態

複合金属微粒子の安定構造,すなわちコアシェル型構造なのか,その場合どの金属がコアで,どの金属がシェルになるのか,固溶体合金型構造あるいは相分離合金型構造なのか,などの相対安定性と偏析エネルギー(segregation energy; Eseg)は密接に関係していると考えられる.そのため,Johnsonらは2種類の金属からなる正二十面体(icosahedral)型55原子複合金属クラスターM(1)54M(2)において,12種類の金属(Fe, Co, Ni, Cu, Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, Au)からなる合計132通りの組み合わせについて,金属M(2)の偏析エネルギーを系統的に調べ,偏析エネルギーを決定する因子として金属の凝集エネルギー(cohesive energy; Ecoh)と原子半径の重要性を指摘している [28].これらの金属の組み合わせでは,Cu, Ag, Au, Pd, Ptがシェルになりやすく,Fe, Co, Ni, Ru, Rh, Os, Irがコアになりやすい傾向にあることを示している.Nørskovらはバルク金属内の不純物について,TiからCu, ZrからAg, HfからAuまでの25種類の金属元素のすべての組み合わせについて,表面偏析エネルギーを計算している [29].Johnsonらの結果とわずかに異なる結果もあるが,多くの場合,どちらの金属が表面に位置するかという傾向は一致している.

また,正八面体(octahedral)型Cu38クラスターの銅原子一個を他の8~11族の金属M (M = Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, Au)で置き換えたCu37Mの偏析エネルギーと電子状態の関係が,局在化基底を用いたDFT計算で詳細に検討されている [30].理論計算は,汎関数にB3LYP [15,16,17],基底関数にLANL2DZ [31]が用いられている.Cu37Mには3種類の位置異性体が存在し(Scheme 1a),異性体間のエネルギー差(Erel)から,MがRu, Rh, Ir, Osの場合にコアに位置した構造が最安定となり,これらの金属が銅クラスターの表面ではなく,内部で安定化されることを示している(Table 1).また,いずれのMについても,コアに位置するとMへの電荷移動(q[M])がCu38と比べて大きくなっている.Mがコア位置で安定になる構造では,Mのd軌道ポピュレーション(qd)が,Mがコアに位置する構造とそれ以外の構造で大きな相違がみられる.d軌道ポピュレーションの原子基底配置からの差(Δqd)に着目すると,Mがコア位置で安定な構造(M = Ru, Rh, Os, Ir)ではΔqd が大きく増加し,Mがコア位置で不安定な構造では,Δqd が僅かに増加するか(M = Pd, Pt),逆に減少している(M = Ag, Au).すなわち,コア位置にあるMのd軌道に対する電荷移動量が大きいほど,コア位置での安定性が大きくなっていることを示している.この結果は,コアで安定化される原子の基底電子配置がそれぞれ4d75s1(Ru),4d85s1(Rh),5d66s2(Os),5d76s2(Ir)でd殻に空きがあるのに対し,それ以外の原子では,4d10(Pd),4d105s1(Ag),5d96s1(Pt),5d106s1(Au)でd殻が完全に満たされているか,ほぼ満たされていることで説明でき,金属の電子状態と複合金属クラスターの安定構造に相関があることを示している.ErelはMをコア位置から表面に移動させたときのエネルギー変化であるから,金属Mの偏析エネルギー(Eseg)に相当し,EsegとΔqdの間には良い相関がみられた(Figure 1).この相関は,d軌道のポピュレーション,すなわちコア原子の空のd軌道への電荷移動が構造決定の大きな因子であることを示している.ここで得られた偏析エネルギーは,JohnsonやNørskovが報告している偏析エネルギーの符号とも一致している.

Scheme 1.

Schematic representation of (a) Cu37M isomers, (b) investigated isomers of Cu32M6, and (c) atomic labels of Pt42M13 clusters.

Adapted with permission from J. Phys. Chem. C, 121, 10514 (2017) and J. Phys. Chem. C, 121, 10514 (2017). Copyright (2018) American Chemical Society.

Table 1.  Relative energy (Erel in kcal/mol), NBO charge of M (q in e), and d orbital population (qd) and difference in d orbital population (Δqd) of M in Cu37M (M = Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, and Au).
core-shell structure most stable non-core-shell structure
Cu37Ru
Erel 0.0 Cu37Ru (face) +13.6
q[Ru] -2.13
qdqd) 8.55 (+1.55)
Cu37Rh
Erel 0.0 Cu37Rh (face) +4.1
q[Rh] -1.79
qdqd) 9.22 (+1.22)
Cu37Pd
Erel 0.0 Cu37Pd (face) -6.2
q[Pd] -1.28
qdqd) 9.65 (+0.65)
Cu37Ag
Erel 0.0 Cu37Pd (corner) -20.5
q[Ag] -0.74
qdqd) 9.89 (−1.11)
Cu37Os
Erel 0.0 Cu37Os (face) +18.7
q[Os] -2.15
qdqd) 8.34 (+1.34)
Cu37Ir
Erel 0.0 Cu37Ir (face) +9.5
q[Ir] -1.99
qdqd) 9.04 (+1.04)
Cu37Pt
Erel 0.0 Cu37Pt (face) -1.0
q[Pt] -1.71
qdqd) 9.63 (+0.63)
Cu37Au
Erel 0.0 Cu37Au (corner) -15.3
q[Au] -1.14
qdqd) 9.87 (−0.13)
Cu38
Erel 0.0 - -
q[Cu] -0.60
qdqd) 9.86 (−0.14)
Figure 1.

 Segregation energy (Eseg) as a function of the difference in d orbital population of M between Cu37M (core) and the atomic ground state.

Reprinted with permission from J. Phys. Chem. C, 121, 10514 (2017). Copyright (2018) American Chemical Society.

4 複合金属クラスターCu32M6 (M = Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, Ag)およびPt42M13 (M = Ru, Rh, Os, Ir)の安定構造と構造決定因子

上記の偏析エネルギーは,金属1原子が金属微粒子やバルク金属の内部あるいは表面のどちらで,どのくらい安定化するかという指標であるが,複数個の金属原子からなるクラスターや微粒子の場合でも,金属1原子により求められた偏析エネルギーが有用であるかどうかの検討はされていない.コアシェル型構造の安定性を考えた場合,コアになる金属の凝集エネルギーも考慮する必要があるが,金属1原子の偏析エネルギーには凝集エネルギーの効果が含まれていない.複数の金属をコアにもつコアシェル型クラスターや微粒子の理論的検討が必要である.

この問題に関連して,最近Cu32M6 (M = Ru, Rh, Pd, Ag, Os, Ir, Pt, Ag)およびPt42M13 (M = Ru, Rh, Os, Ir)の安定構造と構造決定因子について詳細な理論的検討がされている [30,32].複数個の金属によるコア構造を形成できるモデルとして,八面体構造のM6コアとCu(100), Cu(111)表面を有するオクタへドラル型のCu32M6クラスターについて,異性体間のエネルギー差による安定構造の検討がおこなわれている [30].銅は単一金属触媒としてNO還元やCO酸化活性を示し [33],かつクラーク数の大きな金属でもある.したがって,銅の有効利用,すなわち銅に他の金属を加えて複合化し触媒活性を向上させることができれば,元素戦略的に優れた触媒の開発につながる.Cu32M6には多くの位置異性体が存在するため,M6コアを有するコアシェル型構造a,コアシェル型構造から一つの金属原子Mをクラスター表面のface位置に移動させた構造b,表面のcorner位置へ移動させた構造c,それらに加えて6個のMが互いに非隣接位置にある固溶体合金型構造d,6個のMがクラスター表面で隣接位置にある相分離合金型構造eについて,安定性の検討がなされている(Scheme 1b).

その結果,MがRu, Rh, Os, Irの場合に,コアシェル型構造aが最安定であると計算された(Table 2).これらの金属Mでは,コアシェル型構造からMが表面にでることで不安定化し,固溶体合金型dと相分離合金型eは共に50 − 100 kcal/mol以上も不安定である.一方,PdとPtは,コアシェル型構造aからMがクラスター表面にでることで安定化し,固溶体合金型dが最安定となる.Mがクラスター表面であっても,互いに隣接した相分離合金型eは最も不安定である.同様に,AgとAuもコアシェル型構造aからMがクラスター表面にでることで安定化し,固溶体合金型dが最安定となるが,相分離合金型eもコアシェル型より安定であり,特にAgでは相分離合金型eは固溶体合金型dよりわずかに不安定である.

Table 2.  Relative energies (in kcal/mol) of isomers of Cu32M6.
a b c d e
core-shell fused-alloy phase-separated
Cu32Ru6a) 0.0 +16.4 +34.8 +80.0 +101.1
Cu32Rh6b) 0.0 +19.5 +18.3 +47.0 +104.3
Cu32Pd6b) 0.0 -6.1 -7.6 -33.4 +24.9
Cu32Ag6a) 0.0 -16.9 -19.0 -109.6 -108.1
Cu32Os6b) 0.0 +33.0 +76.5 +182.3 +128.9
Cu32Ir6a) 0.0 +29.4 +38.9 +93.6 +139.1
Cu32Pt6b) 0.0 -5.5 -12.4 -51.6 +35.3
Cu32Au6a) 0.0 -23.7 -26.9 -141.2 -97.6

a) Triplet state.

b) Singlet state

以上の結果は,Cu37Mにより見積もられた偏析エネルギーと相関する構造の安定性が,複数のコア原子からなるCu32M6でも有用であることを示唆している.また,電荷移動やd軌道ポピュレーションにより予測された安定構造の傾向と一致しており,Cu32M6についても電荷移動が構造決定の重要な因子であることを示唆している.このように,Cu32M6複合金属クラスターはMが8~9属の金属ではMをコア,Cuをシェルとしたコアシェル型構造が安定となり,10~11族の金属ではMとCuの固溶体合金型構造が安定となって,元素周期表に則った複合金属微粒子の構造の規則性が見いだされている(Scheme 2).

Scheme 2.

Schematic representation of the most stable structure of Cu32M6 clusters.

Adapted with permission from J. Phys. Chem. C, 121, 10514 (2017). Copyright (2018) American Chemical Society.

同様に,偏析エネルギーと電子状態の関係は,白金と8~9族の金属M (M = Ru, Rh, Os, Ir)からなる正二十面体型のPt42M13クラスターでも報告されている [32].Pt42M13は,中心に正二十面体構造のM13コアとPt(111)表面を有している (Scheme 1c).構造最適化はVASPプログラムを使用して平面波基底を用いた密度汎関数法(PBE-D2)でおこなわれ,電子状態の解析はSMASHとGaussian09プログラムを使用して局在化基底(LANL2DZ)とハイブリッド型B3LYP汎関数によるDFT計算でおこなわれている.安定構造の検討は,上述したCu32M6系と同様に,M13コアからMの1原子を表面に移動させた場合の相対エネルギーでおこなわれている(Table 3).その結果,Pt42M13では,いずれの金属Mとの組み合わせでもコアシェル型構造が安定になり,電荷分布の解析から,Pt42シェルからM13コアへの電荷移動が起こっていることが示唆されている.d軌道ポピュレーションの原子基底配置からの差(Δqd)が増加していることから,Pt42M13でもMのd殻への電荷移動が,コアシェル型構造安定化の因子の一つであると考えられる.この場合も,異性体間のエネルギー差(Erel)から求めた偏析エネルギーは,JohnsonやNørskovの結果と定性的に一致している.また,Pt42シェルとM13コアとの間の相互作用エネルギーが見積もられており,その大小がPt42シェルのHOMOとM13コアのLUMOのエネルギー差の逆数と良い相関を示している(Figure 2).軌道エネルギー差の逆数と偏析エネルギーとの相関も示されており,これらはPt42シェルからM13コアへの電荷移動が起こっていることに対応する.また,Pt42M13におけるPt42シェルは,Pt55におけるPt42シェルよりも安定となっており,Pt-Pt間距離がPtのみからなる微粒子の表面では長すぎることが示唆されている.

Table 3.  Relative energy (Erel in kcal/mol), NBO charge of M (q in e), and d orbital population (qd) and difference in d orbital population (Δqd) of M in Pt42M13 (M = Ru, Rh, Os, and Ir).
core-shell structure most stable non-core-shell structure
Pt42Ru13
Erel 0.0 Pt41Ruvertex(Ru12Pt)core +31.0
q[Rucore-1] -3.685
qdqd) 8.32 (+1.32)
q[Rucore-2] -1.433
qdqd) 8.03 (+1.03)
Pt42Rh13
Erel 0.0 Pt41Rhvertex(Rh12Pt)core +6.9
q[Rhcore-1] -3.220
qdqd) 9.13 (+1.13)
q[Rhcore-2] -1.774
qdqd) 9.26 (+1.26)
Pt42Os13
Erel 0.0 Pt41Osvertex(Os12Pt)core +61.2
q[Oscore-1] -2.274
qdqd) 8.45 (+2.45)
q[Oscore-2] -1.552
qdqd) 7.80 (+1.80)
Pt42Ir13
Erel 0.0 Pt41Iredge(Ir12Pt)core +41.5
q[Ircore-1] -1.425
qdqd) 8.23 (+1.23)
q[Ircore-2] -0.893
qdqd) 8.29 (+1.29)

Reprinted with permission from J. Phys. Chem. C, 122, 9081 (2018). Copyright (2018) American Chemical Society.

Figure 2.

 (a) Relationship of interaction energy (Eint) between Pt42 shell and M13 core with the reverse of HOMO−LUMO energy gap (ΔεLU‐HO−1) and (b) relationship between Eseg and ΔεLU‐HO−1(Note: ΔεLU‐HO is the energy difference between the LUMO of M13 core and HOMO of Pt42 shell).

Reprinted with permission from J. Phys. Chem. C, 122, 9081 (2018). Copyright (2018) American Chemical Society.

また,コアシェル型構造Pt42M13とPt55のバンド構造が比較され,興味ある相違が示されている(Figure 3).このバンド構造は平面波基底の周期境界条件DFT計算で求められているが,HOMO, LUMOは局在化基底を用いた通常のDFT計算で求められているので,エネルギー準位は無限遠が0.0であり,HOMO, LUMOエネルギー準位と直接比較が可能である.Pt55ではフェルミ準位近傍の原子価準位のDOS (density of states)が大きいのに対して,Pt42Ru13では小さくなっている.Pt42シェルからRu13への電荷移動が一つの理由と考えられる.しかし,Pt42Rh13ではフェルミ準位付近でのDOSが大きくなっている.これは電荷移動の効果よりも,他の効果,例えばRhのd軌道準位がPtのそれよりも高いことなどが理由と考えられる.しかし,DOSの変化についての詳細な解析はまだなされておらず,今後の検討が必要である.このようにフェルミ準位近くのDOSがコアの金属により影響されることは,コアの金属がPt表面の吸着相互作用や触媒作用に影響することを示唆しており,触媒設計に際して考慮すべき重要な因子の一つと考えられる.

Figure 3.

 HOMO (B3LYP-calculated orbital energy (in eV unit)) and DOSs (these DOSs were calculated by PBE-D2/plane wave basis sets using VASP program) of icosahedral Pt42M13 (M = Ru and Rh) and Pt55 clusters. The Fermi level is shown in the dashed line.

Adapted with permission from J. Phys. Chem. C, 122, 9081 (2018). Copyright (2018) American Chemical Society.

5 電子構造以外の安定構造を決める因子

複合金属クラスターの安定構造を決める因子について,上記の電子構造的因子以外についても,検討されている.

例えば,Cu32M6のコアシェル型構造の安定性を考えると,M6コアのサイズはCu32シェルの変形による不安定化を引き起こすと考えられる [30].これに関連し,コアシェル型構造Cu32M6の金属原子間距離が比較されている(Table 4).M-M距離はコアのサイズの一つの指標と考えることができるが,Cu38のそれに比べてCu32M6では,いずれのMでも大きくなっている.これは,コアシェル構造を形成することで,Cu32シェルは膨張することを意味する.M-M距離はRu (2.684 Å) → Rh (2.772 Å) → Pd (2.880 Å)の順に大きくなるが,Ag (2.837 Å)でわずかに小さくなる.同様に,Os (2.657 Å) → Ir (2.738 Å) → Pt (2.946 Å)の順に大きくなるが,Au (2.937 Å)でわずかに小さくなる.また,M-Cu距離はコアとシェルのインターフェイス距離に相当する.M-Cu距離は,Ru (2.701 Å) → Rh (2.663 Å) → Pd (2.677 Å),Os (2.694 Å) → Ir (2.686 Å) → Pt (2.669 Å)と変化量は小さいが,Ag (2.808 Å)とAu (2.791 Å)で大きく増加する.M-M距離とM-Cu距離を合わせて,シェルの構造を膨張させる実質的なコアのサイズと考えることができ,このときのCu32シェルの変形による不安定化エネルギー(Edef)は,Ru (19.9 kcal/mol) → Rh (23.9 kcal/mol) → Pd (40.3 kcal/mol) → Ag (46.8 kcal/mol),およびOs (22.9 kcal/mol) → Ir (22.3 kcal/mol) → Pt (50.9 kcal/mol) → Au (61.7 kcal/mol)となり,Irを除き単調に増加することが示されている(Table 4).特に,RhからPd, Irから Ptで不安定化エネルギーが二倍程度になっており,Pd, Ag, Pt, Auのコアシェル型構造が,立体構造的にも不安定であることを示唆している.この傾向は,先の電子構造的因子によるコアシェル型構造の安定性とともに,Mが9族から10族になる際に,安定構造がコアシェル型から固溶体合金型に変化していることと関連していると考えられる.このような異なる金属間のサイズや結晶構造の違いにより引き起こされる構造の変形は,複合金属におけるミスマッチ効果として議論されている [10].こうした効果の例として,最安定な結晶構造が異なる金属の複合化がある.冒頭で紹介した人工ロジウムでは,fcc (Pd)とhcp (Rh)充填金属の固溶体複合化であるが,1つの複合粒子にfcc構造とhcp構造が混在していることが,XRD測定から認められている [3].また,Cu/Ruコアシェル型複合金属微粒子では,コアのhcp構造がシェルのfcc格子構造を乱し,粒子の形状を変化させるという興味深い計算結果も報告されている [34].

Table 4.  Averaged M-M distance (in angstrom) in the M6 core, averaged Cu-Cu distance in the C32 shell, and deformation energy (Edef in kcal/mol) of the Cu32 shell in Cu32M6(core).
M-M M-Cu Cu-Cu
core-core core-face core-corner face-corner corner-corner Edefa)
(i)b) (ii)c)
Cu38d) 2.572 2.629 2.540 2.550 2.556 2.541 -
Cu32Ru6d) 2.684 2.701 2.562 2.616 2.581 2.646 19.9
Cu32Rh6e) 2.772 2.663 2.528 2.618 2.591 2.644 23.9
Cu32Pd6e) 2.880 2.677 2.537 2.631 2.684 2.578 40.3
Cu32Ag6d) 2.837 2.808 2.590 2.640 2.740 2.526 46.8
Cu32Os6e) 2.657 2.694 2.577 2.624 2.566 2.677 22.9
Cu32Ir6d) 2.738 2.686 2.543 2.617 2.592 2.639 22.3
Cu32Pt6e) 2.946 2.669 2.533 2.644 2.711 2.677 50.9
Cu32Au6d) 2.937 2.791 2.580 2.652 2.784 2.513 61.7

a) Edef = E(Cu32-shell of Cu32M6(core)) − E(Cu32-shell of Cu38)

b) The Cu-Cu distance between corner Cu atoms in the same Cu (100) surface.

c) The Cu-Cu distance between corner Cu atoms in the different Cu (100) surfaces.

d) Triplet state.

e) Singlet state.

Reprinted with permission from J. Phys. Chem. C,121, 10514 (2017). Copyright (2018) American Chemical Society.

先に述べたPt42M13でも,M13コアとPt42シェルのひずみエネルギーが検討されている [32].しかしながら,これらのコアシェル型構造ではひずみエネルギーは大きくなく,安定性への寄与は小さいことが示されている.ただ,M13コアが小さい場合にはPt42シェルが小さくなり,その結果Pt42シェルのDOSが変化している.この効果は,クラスター表面上での反応性を変化させると考えられ,触媒活性との関連で興味がもたれる.このような表面での金属間距離の変化は酸素分子の吸着との相関で議論されており,圧縮歪み効果 (compressive strain effect)と呼ばれている [35].

以上のように,CuとMの複合金属微粒子では,電子構造的だけでなく,立体構造的にも8族,9族の金属がコアシェル型構造の形成に有利であり,10族,11族の金属ではコアシェル型構造の形成が不利となっていることが示されている.PtとMの複合金属微粒子ではMの立体構造は相対安定性にはあまり影響しないが,Pt42シェルのPt-Pt距離に影響し,Mが小さくなると表面のPt-Pt距離が短くなることが示されている.

6 おわりに

ここで紹介してきた研究では,いずれも相対安定性がポテンシャルエネルギーで議論されている.これにはゼロ点エネルギーが入っておらず,絶対0度での安定性そのものでもない.通常,安定性は有限の温度で議論すべきであるから,ギブスエネルギーを用いるべきである.それには,比熱を計算する必要があるが,そのためには振動数を求める必要がある.特に,複合金属微粒子では配置エントロピーの安定構造への寄与が大きいと考えられる.最近,古山らによる平面波基底を用いたナノスケールサイズの711原子系のパラジウムと白金の複合金属微粒子の計算において,コアシェル型,固溶体合金型構造の相対安定性が配置エントロピーを考慮して検討されている [36].その結果,パラジウムと白金それぞれの表面エネルギーの差とエントロピーの効果により固溶体合金型構造が安定であることが報告されている.

今後は,このような熱力学的安定性の議論,およびコアシェル型構造の複合金属微粒子と単一金属微粒子との電子状態および反応性の比較が求められる.また,コアの金属がシェル部分のDOSや電荷分布に大きな摂動を与えることが示唆されており,その電子状態への摂動と触媒作用との関連を理論計算から解明することが,新規な触媒開発には必要不可欠であろう.複合金属微粒子の理論研究では,サイズ,形状,電子状態,さらには吸着特性や反応性との関連など,検討すべき課題が山積しており,今後の大きな発展が待たれる.

謝辞

本研究の一部は,文部科学省から受託した元素戦略拠点形成型プロジェクト「触媒・電池の元素戦略研究拠点(ESICB)」,および経済産業省によるNEDO超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクトの支援を受けて実施されたものである.

参考文献
 
© 2019 日本コンピュータ化学会
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