Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
巻頭言
スーパーコンピュータが果たすべきミッション
久保 百司
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 19 巻 1 号 p. A1-A2

詳細

私の所属する東北大学金属材料研究所計算材料学センターでは,2018年8月から新しいスーパーコンピューティングシステム “MASAMUNE-IMR” (MAterials science Supercomputing system for Advanced MUlti-scale simulations toward NExt-generation − Institute for Materials Research")の稼働をスタートさせました.本システムは,1)スーパーコンピュータCray XC50-LCと,2)スーパーコンピュータCray CS-Storm 500GTから構成されます.Cray XC50-LCは,CPUを主体とするスーパーコンピュータで,320ノード(11,520コア)を有し,大規模計算用に768GiBもの大きな主記憶容量を有していることが特徴です.一方,Cray CS-Storm 500GTは,GPUを主体とするスーパーコンピュータで,29ノード(1,484,800コア)を有し,特定の計算に対してはCPUよりも高速計算が可能です."MASAMUNE-IMR"を構成する両方のスーパーコンピュータをあわせた総理論演算性能は3.03ペタFLOPSとなり,当センターの先代のスーパーコンピュータと比較すると,約10 倍もの高速な演算が可能なシステムとなっています.さらに,スーパーコンピュータの筐体パネルには,墨絵師の御歌頭氏により,仙台の地から次世代の材料科学の世界を見据える力強い伊達政宗公の絵を描いて頂きました(Figure 1).

Figure 1.

 Supercomputing System "MASAMUNE-IMR" in Center for Computational Materials Science, Institute for Materials Research, Tohoku University.

スーパーコンピュータを運営する当センターとしては,材料科学分野において「スーパーコンピュータが果たすべきミッション」をスーパーコンピュータのユーザーの方々と議論を続けながら,明確にしていく責務があると考えています.大学の研究室や企業にあるコンピュータサーバやクラスターシステムに比べ,スーパーコンピュータを活用することで,(1)より大規模な計算,(2)より高精度な計算,(3)より大量の計算(スクリーニングやデータ科学のため)が可能になります.しかし,スーパーコンピュータのミッションは,単純に計算モデルを大きくすること,計算精度を上げること,大量のデータを生み出すことでは無く,将来の材料科学全般の発展を見据えて,新しい学問分野・研究領域を切り開いて行くことにあると考えています.具体的に,固体酸化物形燃料電池のNi/YSZ (ニッケル/イットリウム安定化ジルコニア)触媒を例にあげると,コンピュータサーバやクラスターシステムを活用した計算科学では,イットリウムをスカンジウムに置換,ジルコニウムをセリウムに置換することで触媒活性がどのように変わるのかという,元素の最適化を目的とした「触媒設計」が行われてきました.これに対して,スーパーコンピュータを活用した超大規模分子動力学シミュレーションにより,多数のNi粒子とYSZ粒子から構成される多孔質触媒材料の(1)多孔度や屈曲度,(2) Ni粒子とYSZ粒子の組成比,(3) NiとYSZの粒子サイズの比などの最適条件を提言する「触媒層設計」が可能になってきました[1].これはスーパーコンピュータを活用した超大規模計算により,「触媒設計」から「触媒層設計」へという大きなパラダイムシフトが実現できたことを意味しています.もう一つの例として,トライボロジーの分野では,コンピュータサーバやクラスターシステムを活用した計算科学によって,平坦な2枚の基板を摩擦した時の摩擦係数や化学反応の検討が行われてきました.これに対して,スーパーコンピュータを活用した超大規模分子動力学シミュレーションにより,大きな凹凸を有する2枚の基板を摩擦した時に,化学反応を伴って基板表面から大きな粒子が剥離する「摩耗現象」の解明が可能になってきました[2].これは,スーパーコンピュータを活用した超大規模計算により,「摩擦現象の解明」から「摩耗現象の解明」へというという大きなパラダイムシフトが実現できたことを意味しています.

このように,「スーパーコンピュータが果たすべきミッション」は,超大規模計算,超高精度計算,超大量計算により,従来は計算科学の研究対象ではなかった現象やシステムを計算可能にすることによって,新たな学問分野・研究領域を構築することにあると考えています.今後もスーパーコンピュータを運営するセンターとしては,スーパーコンピュータを活用することで,(1)今まで計算科学の対象ではなかったどのような現象やシステムが計算可能になるのか,(2)スーパーコンピュータでしかできない研究とは何か,の知恵を絞りながら,計算科学という学問分野・研究領域の発展に貢献して行きたいと考えています.“MASAMUNE-IMR”についての詳細にご興味がある方は,東北大学金属材料研究所計算材料学センターHP <https://www.sc.imr.tohoku.ac.jp> を是非ご覧ください.

参考文献
 
© 2020 日本コンピュータ化学会
feedback
Top