Journal of Computer Chemistry, Japan
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Foreword
My Thoughts on the Education of Quantum Chemistry
Masahiko HADA
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2021 Volume 20 Issue 1 Pages A1

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最近になって雑誌やサーキュラーに何件かの文章を書いたので,本誌の巻頭言を書く題材が尽きてしまった.困り果てて色々と考えを巡らしているうちに,7年前,本誌の特集号「相対論的量子化学-高精度予測と新化学領域の探求」(2014, No13, No1)を編集したときの事を思い出した.寄稿文の執筆をPekka Pyykkö先生にお願いしたのだが,Pyykkö先生は幾つかの文章を書いた直後である事を説明して「私のポケットには何も残っていない」と一旦お断りされた.そこを粘って再び頼み込んだ結果,投稿論文全体を概説する2ページの文章を頂いた.確かに題材が枯渇していたようで,失礼を顧みずに云えば,無理矢理に書いた雰囲気が漂う文章であった.でも,どうにか特集号の体裁を整えることができ,今でもPyykkö先生には深く深く感謝している. Pyykkö先生の場合と比べるのは恐れ多いが,私も無理矢理に捻り出した文章を書くことにしよう.

閑話休題.私は定年退職まで残り約1年半となった.所属学科のローカルルールにより昨年度から博士課程の学生を指導することはできない.来年度からは修士学生の指導教官にもなれない.進学希望する4年生の指導からも外れることになる.そういう訳で,本年度は,就職を希望する4年生2名の研究指導を引き受けた.教育面では少々楽をさせてもらっている.但し,研究室に所属する学生数はそれほど変化していないので,教育負担は准教授に重く降りかかっている.色々と役割分担はしているが准教授君のオーバーワークを心配している.

そんな経緯で,久しぶりに4年生の卒業研究を指導している.DFT計算が普及して,実験化学者が量子化学計算を実験道具のように使うようになってから久しい.4年生に量子化学計算を指導していると,主要な計算ソフトやそのpre-/post-ソフトが便利になったことを如実に感じる.但し,実験化学者のための便利な実験道具と呼ぶには,あと一歩の物足りなさを感じる.二点だけ改善を希望する事を書いてみる.第一点は分子座標の入力である.私の指導した4年生が最初に計算した分子はタングステン錯体W (CO)6とWCp2H2である.W (CO)6は楽勝であった.WCp2H2についても「5員環Cpと水素原子HがタングステンWに結合しており,結合方向はメタンCH4と同じだよ」と説明して,分子座標の作成に挑戦してもらった.しかし,4年生君は半日ほどGaussViewで格闘した末に挫折した.我々の使い方が下手なのかもしれないがGaussViewではCp環が望みの方向に向かない.結局は私が昔ながらの技(Z-Matrix)で分子座標を作ってしまった.もう少し肌め細かい操作ができる分子座標の構築ソフトがあれば教えて欲しい.更に妄想するなら,3次元カメラとVRゴーグルを組み合わせれば,バーチャル空間の中で,錯体分子の配位子を手で掴んでねじったり,蛋白質の任意のアミノ酸を手でちぎって入れ替えたりできると思うのだが,,,化学ソフト会社の皆様に御検討をお願いしたい.第二点は4年生には説明が困難なほどのDFT汎関数の種類の多さである.現在のDFTの枠を超えるDFTも近々に提案されるかもしれないが,少なくとも現在のDFT汎関数はそろそろ自然淘汰されて数種類に収束して欲しいものだ(B3LYPは残しておいて欲しいが).さて,上述の懸案が克服されて,賢明な実験化学者が彼らの経験や知識とセンスとを生かして自由に応用計算を実施すれば,量子化学者は(少なくとも私は)太刀打ちできない.そのとき「量子化学者」を標榜する我々は何をすべきだろう.実験研究者が実施する計算を避けて,敗戦兵のごとくどんどんと奥地へ撤退するのみだろうか.そんな筈はない.現在,既に,若い量子化学者の進むべき大きな展開が見えてきている.新たなDFTの枠組み,情報や量子をキーワードにした新分野がその一例となろう.一方,定年目前の私は,奥地への撤退と紙一重かもしれないが,これからも究極の高精度分子物性計算を追求する.

 
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