Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報論文 (Selected Papers)
ランダムフォレストを用いた結晶性高分子のX線散乱回折データの解析
髙橋 数冴天本 義史菊武 裕晃伊藤 真利子高原 淳大西 立顕
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電子付録

2021 年 20 巻 3 号 p. 103-105

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Abstract

Crystalline polymers have a hierarchical structure in which polymer chains are folded. Although each hierarchical structure strongly affects the physical properties of crystalline polymers, it is hard to describe the relationship between the formation conditions, crystal structure and physical properties. We used Random Forest regression to comprehensively investigate the relationship between these features of polylactic acid (PLA), a biodegradable crystalline polymer. It was suggested that important features for mechanical property and biodegradability, where the trade-off relationship between them is a significant issue of PLA, are related to the different level crystal structures. This shows that it is possible to use Random Forest for complex prediction of crystalline polymer properties to search for important forming conditions and crystal structures.

Translated Abstract

Crystalline polymers have a hierarchical structure in which polymer chains are folded. Although each hierarchical structure strongly affects the physical properties of crystalline polymers, it is hard to describe the relationship between the formation conditions, crystal structure and physical properties. We used Random Forest regression to comprehensively investigate the relationship between these features of polylactic acid (PLA), a biodegradable crystalline polymer. It was suggested that important features for mechanical property and biodegradability, where the trade-off relationship between them is a significant issue of PLA, are related to the different level crystal structures. This shows that it is possible to use Random Forest for complex prediction of crystalline polymer properties to search for important forming conditions and crystal structures.

1 研究目的

結晶性高分子は分子鎖が折りたたまれた結晶構造を取ることで丈夫で耐久性を備え,身の回りの様々な製品に使用されている.中でも,植物由来の糖やデンプンから作られるポリ乳酸(polylactic acid, PLA)は,石油由来のプラスチックに変わる再生可能な素材として注目を集めている.ポリ乳酸を含めた結晶性高分子は,階層的な結晶構造を有しており,結晶格子やラメラ結晶などの各階層構造は成形条件によって大きく異なる.それぞれの階層構造に対する成形条件の影響や各階層構造の物性への寄与は複雑であり,統一的な解釈が難しい場合がある [1, 2].このような複雑な複数要因の関係を解析する際には機械学習が有用である.なかでもランダムフォレストは回帰における各条件(特徴量)の寄与度合いから特徴量の重要度を計算できる [3].これまで,結晶性高分子のX線散乱・回折データでは機械学習を適用できる体系的なデータが少なく,ランダムフォレストを用いた特徴量解析はほとんど行われてこなかった [4, 5].

今回我々は,ポリ乳酸を様々な条件によって成形し,結晶格子,ラメラ結晶に対応する構造を広角X線回折 (WAXD),小角X線散乱(SAXS)測定によって評価した.生分解性と加熱下の形状安定性というトレードオフの関係にあるポリ乳酸の二つの重要な物性について,ランダムフォレストを用いてそれぞれの物性に対する結晶構造や成形条件の影響を解析した.

2 材料と方法

本研究では様々な結晶化条件でポリ乳酸のフィルムを成形した.成形条件としては,結晶化温度 (crystallization temperature),結晶化時間 (crystallization time),核剤の量 (nucleator concentration)の三つの条件をそれぞれ4通り,合計64 (4 × 4× 4)通りの組み合わせでポリ乳酸のフィルムを得た(Table 1).それぞれのフィルムで各階層(結晶格子; crystal lattice,ラメラ構造; lamella structure)の結晶構造を広角X線回折 (wide angle X-ray diffraction (WAXD)),小角X線散乱(small angle X-ray scattering (SAXS))測定を用いて評価した.物性として生分解性 (biodegradability)と加熱下の形状安定性 (mechanical property)を,プロテイナーゼKを用いた酵素分解率 (enzymatic degradation rate)と加熱下の引張試験における降伏応力 (yield stress)を基に評価した(Table 2).

Table 1.  List of crystallization conditions.
Table 2.  List of measurements for crystal structure and physical properties.

得られたデータの解析を行う前に以下の前処理を行なった.SAXS,WAXD 測定のデータには空気散乱などに由来するバックグラウンドが含まれている.さらに,測定を行った試料ごとに膜厚が少しずつ異なることによって全体的に散乱・回折強度に違いがあり,これらを補正した.これらは,フィルム無しで測定したプロファイルのピークの高さを揃えることで減じ(バックグラウンドの補正),WAXD 測定のデータにおける散乱強度の合計を均一化させる(膜厚の違いの補正)ことで行なった.

補正後のデータに関して,Scikit-learn [6]を使用し解析を行なった.ランダムフォレスト [3]のハイパーパラメータに関しては,max_depth=30,n_estimators=500として回帰を行なった.

本研究で使用したスクリプトは,https://github.com/Kazuki526/CrystallinePolymer にて公開している.

3 結果と考察

それぞれの成形条件と物性との関係性を調べた.各成形条件と物性の線形な関係については,酵素分解率と降伏応力のどちらも結晶化温度と最も強い相関を示した(Figure 1).さらに,結晶化温度は酵素分解率とは負の,降伏応力とは正の相関を示し,二つの物性のトレードオフの関係がわかった.また,三つの成形条件のみを説明変数とした各物性へのランダムフォレスト回帰 [3]においても,結晶化温度の重要度がどちらの物性に対しても一番高かった.

Figure 1.

 Relationship between formation conditions and physical properties.

次に,成形条件に加えて結晶構造と物性の関係性を調べた.結晶構造を測定したSAXS,WAXD測定のデータは空気散乱や試料の膜厚の違いの影響を受けており補正を行なった(Figure S1, 補正方法は材料と方法を参照).補正を機械的に行なったことにより,補正後のSAXSプロファイルには負の値を取るものが出た.これは核剤由来の散乱を含めて補正をかけている影響と考えられる.中には測定値全体が負の値をとってしまったものもあり(結晶化時間: 10分,結晶化温度: 75°C,核剤の量: 1.5wt%),以下の解析はこの試料を除いて行なった.成形条件に加えてこれら補正後のWAXD及びSAXSの一次元プロファイルと補正に使用した係数を説明変数として酵素分解率と降伏応力に対しランダムフォレスト回帰 [3]を行い,その結果得られた重要度に基づき物性と最も関係の強い説明変数を調べた.酵素分解率にはSAXS測定のラメラ構造に対応するピーク位置のやや低Q値側で,降伏応力にはWAXD測定の結晶格子構造に対応するピークの位置で最も重要度が高いという結果が得られた(Figure 2).なお,補正後に除外した試料を含めて解析を行なった場合も同様の結果が得られた(Figure S2).

Figure 2.

 The most important components for each physical property. The left table shows the top five important variables in the random forest regression for each property. The right panel shows the positions with significantly high importance in SAXS (upper) and WAXD (lower) profiles by the vertical lines. The colors of texts in the left table and of vertical lines in the right panel correspond to each other. Q is the scattering vector, defined as Q = 4πsinθ/λ (2θ: scattering angle, λ: wavelength of the X-ray). Each profile in the right panel is separately exhibited in Figure S1.

以上の結果から,ランダムフォレストにおいて,生分解性と形状安定性は異なった階層のX線散乱回折データの重要度が高い事が示唆された.成形条件のみの解析では結晶化温度が最も重要な説明変数であったが,成形条件やWAXD及びSAXS測定の結果等さまざまな特徴量を同時に説明変数としてランダムフォレスト回帰を行うことにより,結晶化温度よりも物性に関与する結晶構造を探索することが可能となった.

4 結論

本研究は,ポリ乳酸の二つの重要な物性についてランダムフォレストを用いて解析した.その結果,トレードオフの関係にあった生分解性と加熱下の形状安定性は,異なった階層の結晶構造の重要度が高いことを示唆する結果が得られた.これにより,複雑な結晶性高分子の物性予測にランダムフォレストを使用することで,重要な成形条件や結晶構造を探索することが可能であることがわかった.今後,二つの物性に関わる結晶構造や成形条件についてさらなる検討を行うことで,生分解性と形状安定性の両立ができると期待される.

謝辞

本研究はJSPS科研費JP17H06460及びJP17H06468,JP20H04644の助成を受けたものです.JASRIの支援のもと放射光測定は,SPring-8のBL40XUにて行われました(課題番号:2020A1525,2019B1667).

参考文献
 
© 2021 日本コンピュータ化学会
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