Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
準結晶ペンローズタイルクラスタにおける周辺構造修飾と中心局在相
金崎 翼石井 楽士武田 京三郎
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2022 年 21 巻 1 号 p. 10-19

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Abstract

準結晶格子は短距離秩序と長距離非周期性という新たな構造的特質を有する.本研究ではこの格子の幾何的特質に依って生じ得る電子構造の特徴の抽出を試みた.具体的には典型的準結晶二次元格子であるペンローズタイル(PT)模様を想定し,そのクラスター化により対象系の簡素化を図った.さらに1格子原子1電子近似を行い,Harrison法とSlater-Koster法を組み合わせた強結合近似を用いて,当該系の電子構造を算出し,その体系化を行った. その結果,PTが有する5回回転対称短距離秩序と長距離非周期性により,クラスタ中心部位に強く局在する準位が発現する可能性を見出した.この準位はその中心局在性により,PTC外周辺部位に対し"構造鈍感"である.従って5回対称性を保持するように当該PTC類の周辺構造修飾(原子団の除去及び付加)を行えば,其れに伴う電子数の可変により,同準位のSOMO化が可能となる.こうして,短距離秩序と長距離非周期性という準結晶の幾何的特徴により,中心部位に局在かつ露出化された電子スピン状態の創出が期待できる事が明らかとなった.

Translated Abstract

Penrose tile cluster (PTC) is an ideal lattice of the two-dimensional (2D) quasicrystals, having a short-range order and a long-range aperiodicity (Figure 1). Focusing on these novel geometrical properties, We here study the electronic structure of PTCs and extract their inherent characteristics. For the systematic understanding of PTCs' electronic structures, we employ the tight-binding (TB) approach, combining the Slater-Koster method with Harrison's transfer integrals. The present TB calculation demonstrates that the five-fold rotational symmetry and the long-range aperiodicity result in an interesting state localized at the central position of PTCs (Figure 3). Of more an interest, the resultant state is "insensitive" to the PTC peripheral structure owing to its central localization. Accordingly, this state possibly changes into the SOMO when one modifies the PTC periphery by the removal/addition of atomic groups with conserving the five-fold symmetry (Figure 6). As such, the short-range order and long-range aperiodicity in PTCs has a potential to result in a naked spin localized at the central part.

1 序

Penroseが提案した準結晶Penrose tile (PT) [1,2,3]は二次元(2D)準結晶のモデル構造としてよく知られている(Figure 1 (a)).このPTの提案は,結晶とは異なった新たな秩序相である準結晶に対する幾何数理の端緒を開いたばかりか [4],最近発見されている二次元準結晶物質群,例えばAl-X-Co (X=Ni, Cu, Fe, Rh) [5,6,7],等の数理構造解析の礎となっている.さらには長年貼り方の不明であったイスラム中世建築物の壁面タイル模様も,準結晶幾何数理を用いる事によりそのタイル模様構造の幾何が解明されている [8].

Fig. 1.

 Illustration of Penrose tile clusters (PTCs) (a), primitive tiles of ”thick” and ”thin” rhombuses (b), the minimal PTC (PTC0) constructed by ”thick” rhombuses so as to have the five-fold rotational symmetry (c), and an extension of PTC0 surrounded by five ”thin” rhombuses (d).

このPTは,Figure 1 (b)に示す様に所謂『太った菱形A』と『痩せた菱形B』の二種類の要素タイルから構成される [2, 3, 9].前者の鋭角は72°また鈍角は108°である.一方後者の鋭角と鈍角はそれぞれ36°並びに144°である.これら二種菱形の辺同士を5回対称の短距離秩序を維持しながら重ね合わせ(マッチング則),長距離秩序としては非周期性を与えるタイル貼りにより平面の充填が可能となり,所謂PT模様が創出される [10].

Figure 1 (c)はその短距離秩序基本構造である.5個の『太った(thick)菱形A』が互いに一つの鋭角を共有配座し,且つ互いの辺を共辺することにより構成され,中心原子は5回回転軸を有する.続いて,この周囲に『痩せた(thin)菱形B』が隙間無く配座(タイル貼り)されることにより,5回回転対称性は保持されながら新たに有限な大きさを持つペンローズタイルクラスター(PTC)が創出され(d),さらに無限平面PT格子へと拡張される.こうしてPTタイル貼りには短距離秩序は存在するものの長距離周期性は消失する不思議なタイル模様(格子点配置)が現れる.

この様な準結晶は特定の物質群に限られ,個々の物質毎にそのタイル模様(格子点配置)は異なる [10].本研究はこれら二次元準結晶個々の物質の特質を探索するのでは無く,準結晶の構造的特質である『短距離秩序と長距離非周期性』が生じ得る電子構造の特徴の抽出を目的とする.この目的の為に典型的パターンであるPTC類を最単純化した系を想定した.

この単純化の理由は量子ドット(quantum dot; QD)を意識した事による [11, 12].近年電子を量子空間に閉じ込めることが可能と成り,その代表例として半導体QDが挙げられる.ナノ技術の進歩はこのQDへの電子注入に留まらず,露光技術を利用した複数のQDの任意配置等,QD系そのものの電子論的並びに幾何学的人為制御が可能となっている [13,14,15,16].またQDの安定性を考慮すれば分子特有のJahn-Teller不安定性も回避することも期待される.従ってこのタイル配座された半導体QD類を用いる事により,新秩序相である準結晶最大の興味となる短距離秩序と長距離非周期性の具現化が将来期待される.

この背景の下,本研究は新秩序相代表例であるPT模様の電子論を考察した. この目的の為,PT模様配座を有する仮想クラスターを想定することにより,PTC類の最単純化を図った.加えて1原子(QD) 1電子を想定し,強結合(TB)近似下での電子状態の算出を行い,PTC類の電子構造の特質の抽出・体系化を試みた.具体的にはHarrison法 [17, 18]で決定した原子間行列要素を用いたSlater-Koster [19]法により当該PTC類の電子状態を探索した.半導体QDは所謂調和型の1電子状態を有し,その基底状態は全対称となる.従って最単純化したPTC系に対する基底は面内σ軌道を用いる事が適切であるので,σ電子系に対する電子状態を考察した.またQDの人為的配置をPTC類における外周部構造修飾と捉え,電子構造の特質を顕在化させた電子状態設計を視野に入れた.こうして以下本文中では,PTC配座格子上でのQDとその量子ドット(QD)軌道を,最単純化したPTC類の原子配座並びにσ分子軌道(MO)と読み換え,議論を進める.

2 PTC類の電子構造

2.1 PTC類発生

準結晶PTのタイル貼り法としては種々の方法が提案されているが,ここではよく知られているタイル分割法(tile deflation)を用いる [10].タイル分割法による分割数(b =) 1~5に対するPTC類を創出し,その構造をFigure 2に示した. 低分割PTC類であるb=1(奇数回分割:パターンI型)とb=2(偶数回分割:パターンII型)間では,タイル分割数によるPTC類の構造的特徴は明確である.前者(Figure 2 (a))では菱形Bの鈍角が外周部に位置するため,外周部は鈍角構造を与える.一方後者(Figure 2 (b))では菱形Bの鋭角部が外周に位置するため,鋭角的外周部構造を与える.しかしながら分割数の増大と共に,このPTC外周部に認められる分割数bの偶奇性に伴う構造的特徴は不明瞭となる(Figure 2 (c)–(e)).

Fig. 2.

 PTCs created by the finite subdivision (deflation) rule; dividing number b = 1 (a) to 5 (e).

PTC類における分割数の偶奇性は構造的特徴よりむしろ原子数に現れる.Table1に示す様にパターンI型PTC類は偶数個の原子により構成されるのに対し,パターンII型PTC類は奇数原子系となる. 本研究では1原子(QD) 1電子を想定しているので,パターンI型PTC類は偶数電子系であり,一方パターンII型は奇数電子系である事に注意する.

Table 1. Relationship between the central localized-state and Fermi level for PTCs studied in this work: patern-I PTCs consisting of even number atoms (16, 76, 467) and patern-II ones of odd number atoms (31, 191).
pattern Ipattern II
dividing number13524
number of atoms167647631191
Fermi level8382381696
central localized-state641246651

2.2 最小基本単位

PTC類の大きな特徴は,局所5回回点対称があるにもかかわらず二次元平面を埋めることが可能な点にある. この特徴を有する最小PTCは5個の太った菱形から構成されるPTC (PTC0)であり(Figure 1 (c)),その電子状態から議論を始めよう.この最小基本単位PTC0は計11個の原子からなる.QD軌道混成の理解を容易にする為に,本PTC0を最外周辺部に位置する5個の原子からなる5員環αとその内側に位置する5員環β,さらに中心原子と三分割する. 中心原子を除去した二つの5員環αβからなるクラスター(PTC0')の電子構造をFigure 3 (a)に示す. 各5員環は,『非縮退最安定軌道a1'に加え,二つの二重縮退状態(e1'e2')がエネルギー的に続く』正五角形特有の特徴的な電子構造を呈する. 尚これ以降,算出した電子構造の固有エネルギー値の相対的位置関係はHarrison法 [18]に基づいて規格化を行った.

Fig. 3.

 Illustration of σ orbital hybridization in the minimal PTC; PTC0′ (a) and PTC0 (b). Eigenvectors are calculated by the simple TB method with employing Harrison’s interatomic transfer matrices, and indicated by black and white circles with changing their radius. Irreducible representations are given under D5h symmetry.

このPTC0'では二つの5員環αβは共に太った菱形Aからなるため, 両5員環αβ間の原子間距離は太った菱形稜辺長である. 本計算では全原子間相互作用を考慮したTB計算を行っているので,これら5員環αβにおいて同じ対称性を有する(既約表現) QD軌道間で同等な軌道混成が生じ,中心原子が除去されたPTC0'の電子構造が形成される(Figure 3 (a)).注目すべきは,5員環αβ間の相互作用が同等の為,両5員環における最安定軌道a1'間の混成は顕著となり,大きな軌道分裂が生ずる点である.この結果,当該反結合性軌道a1'は大きく不安定化し,電子非占有QD軌道となる.こうして中心原子除去されたPTC0'でのフロンティア軌道であるHOMOおよびLUMOは縮退したe2'状態となる(Figure 3 (a)).

上記のPTC0'に中心原子(QD)を加えると最小基本単位PTC0となる(Figure 1 (c)). 中心原子のσ軌道はa1'対称を有するので,e2'対称性を有するHOMOおよびLUMOとの混成は禁止される.その結果,中心原子のσ電子は最近接原子間との軌道混成を行わない非結合性軌道状態(non-bonding orbital:NBO)となり,当該原子にほぼ局在したままHOMO-LUMO間に侵入する.さらに本PTC0が奇数電子系となっている点に着目しよう.こうしてHOMO-LUMO間に侵入した当該中心局在準位はSOMOとなり,当該電子のスピン状態がクラスタ中心原子(QD)において局在しかつ顕在化する.

この様にPTC0では中心原子の電子スピンが露出した特異な電子状態が出現するが,このPTC0の外周部に二種の菱形AとBが5回回転対称性を保持されながらタイル貼りされ,一般のPTC類が形成・創出される.従って,より大きなPTC類でもこの中心原子の電子局在性が保存されるならば,PTC類外周部を構成する原子団により中心部位に局在した電子スピンの露出状態は保護され,PTC外(少なくとも二次元面内方向)からの電子論的侵襲は受け難い事が期待される.

2.3 パターンI類PTC

タイル分割法による得られたPTC類の分割数b=1から5までのPTC類の電子構造をTB法に基づき算出し,比較しよう.表1にはそれら5個のPTC類における中心局在準位と1原子1電子近似下でのFermi準位との関係を示す.中心局在準位に着目すると,電子構造の特徴には分割数の偶奇性が顕在化する.パターンI型PTC類での中心局在準位は,当該準位の電子占有性(b=1)あるいは非占有性(b = 3, 5)の違いはあるものの,何れのPTC類でもFermi面から(縮退状態を考慮すると) 5準位程度以内に出現している.これに対して,パターンII型PTC類での中心局在準位はFermi準位から10軌道以上離れている.以下では,中心部位に局在した電子準位がFermi面に近接するパターンI型PTC類に着目し,議論を展開する.

奇数分割数b=1,3,5を持つパターンI型PTC類の1電子構造を議論しよう. Figure 4には算出した分割数b=1の16原子からなるPTCの電子構造を示す.このPTCでは二重縮退したHOMO (e2')直下に,中心原子に局在したNBO状態からなる軌道(a1')が存在している.勿論当該PTCは16原子からなるので,1原子1電子近似した場合,当該中心局在準位は電子で完全に占有されている.

Fig. 4.

 Electronic structure of PTC having a dividing number b = 1. Occupied and unoccupied states are indicated by red and blue bars, respectively. The σ state localized at the central atom is colored by green. Eigenvectors are calculated by the simple TB method with employing Harrison’s interatomic transfer matrices, and indicated by black and white circles with changing their radius. Irreducible representations are given under D5h symmetry.

同様に分割数b=3及び分割数b=5のPTC類のFermi面近傍の電子構造をFigure 5 (a)と(b)に示す.分割数b=3のPTCの全電子数は偶数76であるため,二重縮退した最高占有状態(HOMO)および最低非占有状態(LUMO)が形成される.注目すべきは,パターンI型最小PTC0で見られた特徴的な中心局在準位がこのLUMO直上に非占有状態として存在している点である.分割数b=5のPTCは476原子から成り全電子数はやはり偶数であるが,最高占有状態は二重縮退しているので(系のJahn-Teller変形を無視できるQDを想定すれば)スピン多重項を与える基底状態の可能性がある.注目すべきは,特徴的NBO状態である中心部位に局在する準位は分割数b=5のPTCでも電子非占有状態ながら,やはりこの二重縮退したHOMOの近辺に存在している.

Fig. 5.

 Electronic structure of PTC having a dividing number b = 3 (a) and of b = 5 (b). Occupied and unoccupied states are indicated by red and blue bars, respectively. The σ state localized at the central atom is colored by green. Eigenvectors are calculated by the simple TB method with employing Harrison’s interatomic transfer matrices, and indicated by black and white circles with changing their radius. Irreducible representations are given under D5h symmetry.

3 周辺構造修飾と中心原子局在

3.1 周辺構造修飾

本PTC類は中心原子に関して5回回転対称を有するため,中心原子のσ電子状態(a1')はFermi面近傍のσ電子状態(e1'e2')と混成出来ず,中心原子局在状態として出現していた(Figure 3). この中心原子局在σ電子状態は従ってPTC外周部の原子に付随するσ電子の影響は受け難く,PTC外周部の原子除去/付加等の構造修飾に対しても影響を受け難いことが期待される.さらに仮にパターンI型PTC類のようにσ電子中心局在準位がFermi面近くにあり,加えて電子占有に関しても(各QDへのゲートを介しての電子注入等による) QD軌道での独立性が保持できる系を想定すれば,外周部構造修飾により系の電子占有を可変することが可能となる.本研究では1原子(QD) 1電子系を想定しているので,PTC周辺構造の原子除去/付加は当該原子数に等しい電子数の減少/増大に対応する.この特徴に着目すると,PTC外周辺部原子を5回回転対称を保持して除去/付加することにより,中心部位に局在した準位(a1')をSOMO露出化させる構造修飾の可能性が期待される.以下ではσ電子中心局在準位がFermi面近くにあるパターンI型PTC類を用い,このPTC類外周部構造修飾を考察する.

原子除去方法としては,まず中心原子から最遠方に位置する原子を同定し,続いてその原子と等距離に位置する複数原子を当該PTCの5回回転対称性を保持する様に除去した.例えば分割数b=1のPTCでは最遠方の (Figure 4での最外周部に位置する赤で示した) 5原子を除去した.この周辺5原子除去によりσ電子は5電子減少する. σ電子状態が完全に保存されるならば,Figure 4における5電子除去に対応する.従って周辺5原子除去により,中心局在準位のSOMO化が期待される. 実際この周辺5原子除去の構造修飾により,分割数b=1のPTCは中心部最小基本タイルPTC0 (Figure 1 (c))構造となり,すでにFigure 3 (b)で示したようにσ電子中心局在準位はSOMOであった.

外周部原子除去による構造修飾をパターンI型PTC類に拡張し,構造修飾されたPTC類でのσ電子中心局在準位の電子占有性を検討した.また原子除去に当たっては5回回転対称性の保持と伴にPenroseタイルを構成する二つの基本菱形骨格が保存されるように分割数b=5のパターンI型PTCから順次外周部原子除去を行った.この外周部原子除去により,総原子数76のPTCが分割数b=3,総原子数16のPTCが分割数b=1のパターンI型PTCに対応する.

Figure 6に周辺構造修飾されたパターンI型PTC類の全原子数と中心局在の出現準位数,さらには当該軌道の電子占有性を色で示した.ヒストグラム値は中心局在準位数を示す.さらにヒストグラムの青色は当該中心局在準位が電子非占有状態,赤色は占有状態,そして緑が不飽和占有状態即ちSOMOを意味する.1原子1電子近似ではこの周辺原子除去による構造修飾により,391原子,231原子,221原子および131原子を有するパターンI型PTC類において,中心部位に局在した準位のSOMO出現可能性が示唆される.

Fig. 6.

 Change in the electron occupation of the σ state localized at the central atom of the type-I PTCs. Peripheral atoms are removed with conserving the five-fold rotational symmetry. Blue bar indicates the state unoccupied by σ electrons, whereas the occupied state is indicated by red bar. Green bar indicates the singly occupied molecular orbital (SOMO).

外周部位原子除去による構造修飾でSOMO出現予測された391原子PTCと231原子PTC,および221原子PTC並びに131原子PTCのFermi面近くの電子構造をそれぞれFigure 7 (a)と(b)並びに8 (a)と(b)に示す.391原子PTCでは準位数196にまた231原子PTCでは準位数116に中心局在したσ電子がSOMOとして出現している.同様に,221原子PTCでも準位数111に,また131原子PTCでは準位数66に中心局在したσ電子によるSOMOが出現している.

Fig. 7.

 Electronic structure of PTC having 391 atoms (a) and 231 atoms (b). Occupied and unoccupied states are indicated by red and blue bars, respectively. The MO state colored by a green bar is SOMO localized at the central atom.

Fig. 8.

 Electronic structure of PTC having 221 atoms (a) and 131 atoms (b). Occupied and unoccupied states are indicated by red and blue bars, respectively. The MO state colored by a green bar is SOMO localized at the central atom.

3.2 構造修飾された最小PTC

上記何れの中心原子電子局在状態はFigure 5 (b)に示された分割数b=5のパターンI型PTCで認められた準位数246の中心局在電子状態の分布と非常に類似している点に注目すべきである.実際,これら中心局在準位のσ電子分布を比較してみよう.Figure 9には,分割数b=5の476原子PTCから順次外周部原子除去した時のFermi面最近接に位置するσ電子中心局在準位a1'の波動関数を126原子PTCまで与えた.何れもFigure 6に示したFermi面最近接の中心局在準位である.当該軌道は勿論a1'対称性を有するが,その特徴は波動関数分布が極めて類似している点にある.この事実はまさにσ電子中心局在性を物語る.σ電子のPTC中心原子/部位での局在は,言い換えればPTC周辺原子/部位に属するσ電子と混成し難い事実であり,PTC系が5回対称性を保持する限り当該中心局在準位はPTC外周辺部原子に対して"構造鈍感"であると言える.これは外周部位原子を複数除去しても中心原子でのσ電子局在性が保存される事を意味する.

Fig. 9.

 Illustration of the electron distribution of the σ state localized at the central atom of the modified type-I PTCs whose peripheral atoms are removed with conserving the five-fold rotational symmetry. Black and white circles changing their radius indicate those eigenvectors calculated by Harrison’s TB method. SOMO state is surrounded by a green line.

Figure 10には,パターンI型PTC類で認められるFermi面最近接にある中心原子局在状態の波動関数分布を複数のPTC類に対して与えた.波動関数が良く広がった5回対称方向の一方向を分布y軸方向としたので中心原子に対する反転中心性は消失するが,何れのPTCにおいても両方向(±y)とも中心原子から56原子程度の部位以内に波動関数が局在していることが理解出来る.本研究でのTB計算がクラスター内全原子間相互作用を考慮していることを考えると,この事実はパターンI型PTC類では中心原子局在状態(a1')を与える最小の広がりを持ったPTCの創出が可能であることを意味する.中心原子から6原子の接続がある131原子からなるパターンI型PTCがその最小PTCに該当し,その中心局在準位はFigure 10 (f)で与えるように,波動関数の広がりはPTC最外周部位には達していない.

Fig. 10.

 Distribution profile of the central-atom localized state for the modified type-I PTCs. The distribution is given against the atom arrangement number from the central atom to ±y direction by employing the resulting coefficients of the TB eigenfunction under the LCAO approach (Fig. 9). The profile color indicates the electron occupation of the central-atom localized state; blue (unoccupied), red (fully occupied) and green (SOMO), respectively. The total number of atoms is also given in figures.

Figure 10の中心局在準位の波動関数の特徴は分割数1のPTC (Figure 4)の波動関数と比較するとよく理解出来る.分割数1のPTCでの当該中心局在準位は,中心原子に隣接する第一近接原子における波動関数が消失するNBO的状態となっていた.さらに第二近接位置にあるPTC最外周部位の太った菱形および痩せた菱形を形成する原子上にも波動関数はほとんど存在していない.PTC類が有する準結晶性の為,この分割数1のPTCと相似する原子配座はPenroseタイル貼りにより成長したPTC類には再出現することは無い.この準結晶の特異性が,大きなPTC類でも分割数1のPTCの波動関数分布の中心局在準位を創出する原義となっている.

本研究では新秩序相である準結晶の電子状態の特質を,典型的格子配座であるPT模様を有する最簡単化PTC類を用いて探索した.その結果当該PTC系が5回対称性を保持する限り,系の中心局在準位はPTC外周辺部位に対し"構造鈍感"であり,中心部位に局在かつ顕在化された電子スピン状態の創出が期待できる事が明らかとなった.

参考文献
 
© 2022 日本コンピュータ化学会
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