Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
量子コンピュータを利用したタンパク質の畳み込みモデル
齊藤 瑠偉奥脇 弘次望月 祐志永井 隆太郎加藤 拓己杉﨑 研司湊 雄一郎
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2022 年 21 巻 2 号 p. 39-42

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Abstract

We have performed a series of quantum computations for folding of the PSVKMA peptide by using the blueqat AutoQML simulator by which a given problem can be converted from QUBO (quadratic unconstrained binary optimization) of quantum annealing to QAOA (quantum approximate optimization algorithm) of VQE (variational quantum eigensolver). The IonQ quantum system of ion-trap type was utilized as well. A three qubit problem was successful by both. However, the situation became difficult for a five qubit case, especially for the IonQ having vulnerability to noises.

Translated Abstract

We have performed a series of quantum computations for folding of the PSVKMA peptide by using the blueqat AutoQML simulator by which a given problem can be converted from QUBO (quadratic unconstrained binary optimization) of quantum annealing to QAOA (quantum approximate optimization algorithm) of VQE (variational quantum eigensolver). The IonQ quantum system of ion-trap type was utilized as well. A three qubit problem was successful by both. However, the situation became difficult for a five qubit case, especially for the IonQ having vulnerability to noises.

1 序論

量子コンピュータの実用性が次第に高まり,様々な分野での応用が期待されると共に,実利用も始まっている [1].特に,量子化学 [2, 3]は先行している分野であり,国内外で活発な研究開発が進められている.一方,理論創薬や生物物理の興味から量子コンピュータによるタンパク質の畳み込みの2次元格子でのモデル計算 [4,5,6]も報告されているが,量子アニーリング系のQUBO (quadratic unconstrained binary optimization) [7]に基づいており,エネルギー評価関数におけるアミノ酸残基間の多体相互作用の扱いがきわめて複雑になる難点がある.一方,最近リリースされたblueqat AutoQML [8]はQUBOをQAOA (quantum approximate optimization algorithm) [9, 10]に自動転換してVQE (variational quantum eigensolver)で解けるWebベースのクラウド型の量子計算シミュレータ環境であり,実機への接続もシームレスに行える.そこで私たちは,このblueqatシミュレータを用い,文献 [5, 6]で取り上げられた6残基のPSVKMA (Pro-Ser-Val-Lys-Met-Ala)ペプチドの畳み込みを試みた.また,量子コンピュータの実機としてイオントラップ型のIonQ [11]も利用した.この速報では,これらの試行結果をダイジェストする.

2 ペプチド畳み込みの格子モデルと実行環境

この2次元格子モデル [5, 6]では,畳み込みはturnの並びとして表現される.ここで,{"00", "01", "10", "11"}は各々 {"turn down", "turn right", "turn left", "turn up"}に対応する.最初を"01"に固定すると,畳み込みのqubit列は    q =010q1q2q3q(2N-6)q(2N-5)    (1)    と書ける."0q1"が2つ目のturnを指定し,Nは問題設定に依存する残基の数である.エネルギー関数は,    E(q)= EBack(q)+EOverlap(q)+EPair(q)    (2)    で与えられる.EBack(q)はアミノ酸が後ろに戻って重なる場合にペナルティを課す項,EOverlap(q)はアミノ酸が重なる場合にペナルティを課す項であり,共に不安定化を与える.また,EPair(q)はアミノ酸の相互作用によって与えられる安定化エネルギーで,宮沢-Jerniganモデル [12]に従い,PSVKMAペプチドに関する対のパラメータ値としてはP:K=−1, P:A=−2, S:M=−3, V:A=−4がセットされる [5, 6].

この速報では,Figure 1に示すqubit数3のTrial 1とqubit数5のTrial 2を取り上げる.PSVKMAのフルの畳み込み問題はN=6なのでqubit総数は7となり,相当に長い式となるが,PSVKが既に畳まれたTrial 1のQUBOのエネルギー関数は残りMA部分に対してのみに簡約化されるために,    E(q) = − 1 − 4q2 + 9q0q2 + 9q1q2 − 16q0q1q2    (3)    と短くなり,{q0, q1, q2}の想定解は"001"となる [5, 6].一方,KMA部分を決するTrial 2のエネルギー関数は式(3)より長い    E(q) = − 3q1 + 7q0q1 + 18q1q2 − 15q0q1q2 − 4q0q3 − 2q1q3 + 15q0q1q3 + 7q2q3 + 4q0q2q3 − 7q1q2q3 − 24q0q1q2q3 + 7q1q4 + 4q0q1q4 − 18q1q2q4 + 7q3q4 + 4q0q3q4 − 7q1q3q4 − 24q0q1q3q4 − 18q2q3q4 + 20q1q2q3q4 + 29q0q1q2q3q4    (4)    となり,{q0, q1, q2, q3, q4}の想定解は"01010"である [5, 6].式(3)では1項,式(4)では13項の3体以上の相互作用項が含まれている.Blueqat AutoQMLでは,これらの式をWebのQUBOのウィンドウに入れて実行すれば,QAOAに転換されてVQE的な最適化シミュレーションが行われ,収束すればqubit列の確率が得られる.さらに,収束後の量子回路はクラウド経由でIonQにそのまま転送して実行できる.

Figure 1.

 Trial models. Upper Figures show problem settings, and lower ones corresponds to correct structures presumed.

3 結果と考察

Trial 1のblueqat AutoQMLの実行結果をFigure 2に示す.入力されたQUBO式が見える.ここで,反復最適化のSTEP数はQAOA量子回路におけるansatz回路の繰り返しステップの回数を指定しており,5の方が最適化の成功率は上がるが,最小の1に比せば回路深度は深くなる.blueqatでは,正解のqubit列である"001"が確率0.991で得られており,望ましい結果となっている.このシミュレーションから得られた量子回路をIonQに渡して,100ショットでrunさせた結果がFigure 3 (注記:アクセスキー部分はマスクしてある)で,最下段に各qubitのカウント数が提示されている.これを確率に直して,Table 1にblueqatの結果と共に比較した.IonQでも,"001"が0.41の確率で得られてはいるが,他の並びも有意な確率を呈している.特に,MとAが重なってペナルティを受けるはずの"011"と"101"も無視できない確率で得られているのが目につく.これらの列は,ノイズの影響を受けて"001"からqubit反転して生じた考えられる.

Figure 2.

 Captured web interface image of blueqat AutoQML for Trial 1. QUBO equation and result are visible.

Figure 3.

 Captured web interface image of IonQ run (100 shots) for Trial 1. Each count of qubit is visible in the bottom line.

Trial 2については,ここでは紙数の制限から結果を以下に要約するに留める.blueqatのシミュレーションではSTEP数を5として5回の試行を行ったところ,3回で正解の"01010"が最も高い確率で得られたが,0.345が最大値で他の複数のqubit列が0.1∼0.2の値を持っていた.STEP数を1とした試行数は10回で,そのうち5回が"01010"が0.2以上の確率で最大とはなったが,その場合でも他のqubit列が複数で0.1以上の値を示す状況はSTEP数5の場合と変わらなかった.IonQのrunは,問題が複雑化したことからショット数を500に増やして,各2回行った.STEP数5の量子回路を入力とした場合は,残念ながら2回とも"01010"は最多カウントでは得られなかった.STEP数1の入力では,1回目のrunで500ショット中46で"01010"が最多カウントとなった(次点の他のqubitのカウントは25である).Trial 1に比べてqubit数が3から5に増えて問題が複雑化した分,IonQの実行ではノイズの影響を受けやすくなったと思われる.特に,STEP数が5で量子回路が深くなるとシビアになるようである.

Table 1.  Probabilities of qubits for Trial 1.

4 まとめ

本速報では,PSVKMAペプチド [5, 6]の2次元格子モデルでの畳み込みをblueqat AutoQML [8]によってQUBO [7]からQAOA [9, 10]に自動転換された量子シミュレーション,ならびに量子コンピュータ実機IonQ [11]でのrunで試行した結果を紹介した.qubit数が3のTrial 1では,両者で正しいqubit列が得られた.一方,qubit数が5のTrial 2では,正答のqubit列は得られるもの,他の列も有意な確率を持つようになり,特にノイズの影響を受けるIonQでは状況が厳しくなった.なお,紙数の関係で含めなかった別のqubit数5の例も試みており,Trial 2の詳細な実行結果データと共に別報 [13]で報告したい.

量子コンピュータは,2022年現在,NISQ (noisy intermediate-scale type quantum computer)からFTQC (fault-tolerant type quantum computer)への移行期にあたり,将来的には3次元格子モデル [14]のように,よりリアルなタンパク質の畳み込みが実現され,機械学習系のシステム [15, 16]に対し,量子計算は補完的な役割を担う可能性もある.

謝辞

望月は,立教SFRからサポートを得たことに感謝します.また,杉﨑はJSTさきがけ「量子化学計算の高効率量子アルゴリズムの開発」(JPMJPR1914)の支援を受けています.

参考文献
 
© 2022 日本コンピュータ化学会
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