Abstract
Using our recently derived intrinsic Q-e scheme, unknown reactivity ratios of monomer pairs can be expressed without arbitrariness using only the reactivity ratios of the target and reference monomers, resulting in a high prediction accuracy of reactivity ratios. Furthermore, the Q-e values of polymer radicals and monomers can be calculated separately for the first time. In this paper, we introduce the intrinsic Q-e scheme, followed by the calculation of Q-e values for monomers and radicals.
1 はじめに
ビニルモノマーの反応性比は,ラジカル共重合で生成するポリマー鎖のモノマー組成を予測する上で重要である.Alfrey-PriceのQ-eスキーム [1]は,モノマーペア間の反応性比予測に長い間よく用いられており,リファレンスモノマーとして主にスチレンを用いたラジカル共重合の反応性比から様々なモノマーのQ-e値が求められている [2, 3].Q-e値を用いれば,モノマーペア間の未知の反応性比を簡便に予測することができる.また,現在ではQ値はモノマーの共鳴安定性を表し,e値はモノマーの極性を表すことが一般に認められており,カチオン重合性やアニオン重合性などのモノマーの性質を表す指標としても利用されている.
最近,我々はDFT計算から,Q値の対数がモノマーへのメチルラジカル付加の反応熱よりも活性化エネルギーとよい相関があることを報告した [4].この結果が,本論文で解説する固有Q-eスキーム(intrinsic Q-e scheme)を導出する契機となった.Q-eスキームを用いてQ-e値を求めるには,ポリマーラジカルのe値(eR)をモノマーのe値(eM)と等しく置く仮定(eR=eM)が必要であり,e値を求める際の符号選択の任意性とともに大きな欠点とされてきた.そこで,我々は,これらの欠点を補うために,モノマーだけでなくポリマーラジカルのQ-e値を含めて拡張したQ-eスキームに対し,2つのリファレンスモノマーを適用することで固有Q-eスキームを導出した [5].その結果,Q-e値を求める際のe値の仮定は不要となるとともに,e値の符号選択の任意性は無くなり,反応性比の予測能も高くなることが明らかとなった.さらに,固有Q-eパラメータを利用することで,モノマーとラジカルのQ-e値を個別に求めることが初めて可能になった.
本論文では,先ず,固有Q-eスキームの導出を簡単に紹介し,次に,モノマーとラジカルのQ-e値の個別算出方法を紹介する.導出の詳細などについては参考論文 [5]を参照していただきたい.
2 固有Q-eスキームの導出
まず,Q-eスキームを拡張して,次式のようにモノマーとポリマーラジカのQ-e値を含む反応性比の表式を考える.
r1≡r12=k11/k12=(QR(1)/QM(2))×exp[−eR(1)(eM(1)−eM(2))] | (1) |
r2≡r21=k22/k21=(QR(2)/QM(1))×exp[−eR(2)(eM(2)−eM(1))] | (2) |
ここで,r1とr2は,モノマー1と2の間の反応性比である.本論文では導出の過程で必要なため反応性比の表記には,r12やr21を用いる.添字の最初の数字はポリマーラジカル末端を構成するモノマーを表し,次の数字は付加するモノマーを表す.式中のkij (i,j=1 or 2)はポリマーラジカルiとモノマーjの間の生長反応の速度定数である.また,モノマーとポリマーラジカルのQ-eパラメータを区別するために添字MとRをそれぞれ用いた.(1)式と(2)式を一般化Q-eスキーム(generalized Q-e scheme)と呼ぶことにする.
一方,Alfrey-PriceのQ-eスキームによる表式は,以下のように表される.
r12=(QM(1)/QM(2))×exp[−eR(1)(eM(1)−eM(2))] | (3) |
r21=(QM(2)/QM(1))×exp[−eR(2)(eM(2)−eM(1))] | (4) |
Q-eスキームは,一般化Q-eスキームにおいてラジカルとモノマーのQ値が等しい場合(QR=QM)に相当するため,一般化Q-eスキームに内包されている.
また,Alfrey-PriceのQ-eスキームの導出では,次式のように反応速度定数kijの活性化エネルギー項がラジカルやモノマーの寄与に分割できることを仮定している.
kij=Aijexp[−(pi+qj+eiej)] | (5) |
ここで,Aijは頻度因子,piはラジカルiの一般的反応性に関する活性化因子, qjはモノマーjの一般的反応性に関する活性化因子,eiとejは電気的因子を表すとされた.さらに,(5)式の頻度因子Aijは各速度定数で本質的に一定と考えて次式のように書き換える.
kij=PR(i)QM(j)exp(−eR(i)eM(j)) | (6) |
ここで,PR(i)はラジカルiの特徴量,QM(j)はモノマーjの平均的反応性,eR(i)はラジカルiの末端基の電荷に比例する量,eM(j)はモノマーjの二重結合の電荷に比例する量とされた.(6)式を用いて反応性比を表すと,PR(i)がキャンセルされて(3)式と(4)式が得られる.このラジカルの特徴量が最終式では消失してしまうことがQ-eスキームの欠点である.
我々は,反応速度定数ではなく反応性比に着目し,活性化自由エネルギーの差がラジカルやモノマーの寄与に分割できると仮定した.絶対反応速度論に従えば,反応性比rijは次式のように表せる.
rij=kii/kij=exp[−(ΔGR(i)M(i)‡−ΔGR(i)M(j)‡)/RT] | (7) |
ここで,ΔGR(i)M(i)‡とΔGR(i)M(j)‡はそれぞれ速度定数kiiとkijの活性化自由エネルギーを表している.なお,絶対反応速度論の指数前項は各速度定数の間で等しいと仮定してキャンセルした.この活性化自由エネルギーの差の分割を考える.
−(ΔGR(i)M(i)‡−ΔGR(i)M(j)‡)/RT=−(qR(i)−qM(j))−eR(i)(eM(i)−eM(j)) | (8) |
ここで,qR(i)とqM(j)は,それぞれラジカルiとモノマーj固有の一般的反応性,eR(i)とeM(j)は,それぞれラジカルiとモノマーjの間の交差項を表す.さらに,qR(i)とqM(j)に対して次式を置けば,一般化Q-eスキームの(1)式と(2)式が得られる.
なお,AlfreyとPriceがQ-eスキームの導出で仮定した(6)式は,k11やk22には成り立たないという井本による重要な指摘がある [6].これに対し,我々の導出は,Hammett則などの直線自由エネルギー関係 [7]と同様の一般的な立場に基づいている.
(1)式と(2)式を用いて,モノマー(1)と,リファレンスモノマーとしてスチレン(S)とアクリロニトリル(A)を選べば,各モノマーペアの6つ反応性比(r1S,rS1,r1A,rA1,rSA,rAS)の表式が得られる.それらに対し,スチレンのモノマーとラジカルのQパラメータを一定値QSに等しいと仮定し(QM(S)=QR(S)=QS),さらに,アクリロニトリルのモノマーとラジカルのQパラメータが等しい場合(QM(A)=QR(A))に(1)式と(2)式の積から得られる次の関係式:
rASrSA=exp[−δR(A)δM(A)] | (11) |
を用いる.ここで,以下を導入した.
導出に必要な仮定はこれだけで,6つの表式からQパラメータを消去するなどして整理すると,最終的に反応性比を表す次式が得られる.
r12=(QR(1)°/QM(2)°)×exp[−eR(1)°eM(2)°/ln(rASrSA)] | (14) |
r21=(QR(2)°/QM(1)°)×exp[−eR(2)°eM(1)°/ln(rASrSA)] | (15) |
これらを固有Q-eスキーム(intrinsic Q-e scheme)と呼ぶことにする.また,導出の過程で用いた以下の(16)-(19)式で与えられるQR°,QM°,eR°,eM°を固有Q-eパラメータとする.
eR(1)°=ln(r1A/r1SrSA) | (18) |
eM(1)°=ln(rA1/rS1rAS) | (19) |
固有Q-eスキームによるモノマー1と2の反応性比の表式(14)と(15)は既知の反応性比だけで表され,パラメータフリーであることがわかる.したがって,オリジナルQ-eスキームでeR=eMと置く仮定や基準値の設定は不要となり,e値の符号選択の任意性も無くなった.ここで,リファレンスモノマーペアはスチレンとアクリロニトリルである必要は無いことを注意しておこう.
また,(14)式と(15)式に固有Q-eパラメータを代入して得られる表式は, Q-eスキームより反応性比の予測精度が高いrevised patternスキーム [8]と数式の表現が異なるだけで等価であることが明らかとなった.したがって,固有Q-eスキームの予測精度も高いことが期待される.Jenkinsのrevised patternスキームは,従来,ラジカル重合に連鎖移動反応を組み合わせることでポリマーラジカルの反応性を求めるべく発展したスキームである.残念なことに,revised patternスキームはQ-eスキームとは異なる立場で発展したためか,高分子化学の教科書によっては一般性を疑われる記述も見られ,これまでに利用された報告は限定的である.我々の導出は,Q-eスキームとrevised patternスキームを結びつることにもなっており,発想が異なるにもかかわらず,最終式が等価になることは興味深い.したがって,いずれのスキームもラジカル重合反応の特徴をよく表していると考えられる.
3 ラジカルとモノマー個別のQ-e値の算出
固有Q-eスキームはパラメータフリーで反応性比を予測できるため,最早,反応性比の予測にQ-e値は不要であるが,(16)-(19)式の固有Q-eパラメータと(1),(2)式の一般化Q-eパラメータの関係から,次式のようにラジカルとモノマーのQ-e値を個別に表すことができる.
QR(1)=QR(1)°QS ×exp{[eR(S)+(eR(1)°/δM(A))](eM(1)°/δR(A))} | (20) |
QM(1)=QSQM(1)° exp(eR(S)eM(1)°/δR(A)) | (21) |
eR(1)=eR(S)+(eR(1)°/δM(A)) | (22) |
eM(1)=eM(S)+(eM(1)°/δR(A)) | (23) |
これらに対し,スチレンにAlfrey-Priceの基準値(QS=1, eM(S)=eR(S)=−0.8)を採用し,アクリロニトリルにGreenleyの値(eM(A)=eR(A)=1.23)を採用すれば,δM(A)=δR(A)=2.03となり,ラジカルとモノマーのQ-e値を個別に算出できる.ここで注意しておくと,これらの基準値の設定はあくまでこれまで長年にわたって蓄積されてきたQ-e値との比較のためであって,ラジカルとモノマーのQ-e値は固有Q-eスキームのパラメータと結びついているため,反応性比の予測精度は基準値の影響を受けないことである.
表1に,上で述べたQM(S),QR(S),eM(S),eR(S),eM(A),eR(A)をリファレンスとして算出した各モノマーのQ-e値(QM,QR,eM,eR)を示した.また,表にはGreenleyによるQ-e値 [3]を一緒に示した.なお,論文 [5]には143種のモノマーのQ-e値がGreenleyの値だけでなく,YoungのQ-e値 [2]とともに掲載してあるので参照していただきたい.ここで,表中のアクリロニトリルの結果を見ると,算出されたQM(A)=0.51とQR(A)=0.54はほぼ一致していることから,固有Q-eスキームの導出に用いた(11)式の前提を大きく逸脱していないことがわかる. 143種のモノマーでは,lnQRとlnQMに比較的相関があるのに対し,eRとeMには相関が見られなかった.したがって,一般にeR=eMは成立しておらず,eR=eMから大きく外れたモノマーでは,Alfrey-PriceのQ-eスキームの予測能は劣ることが予想される.また,GreenleyのQ-e値はモノマーのQ-e値と相関があるのに対し,YoungのQ-e値とは相関が見られないことから,Q-e値の意味が異なることも明らかとなった.
Table 1. Q-e values for monomers and polymer radicals (
QM,
QR,
eM,
eR)
a estimated using the intrinsic Q-e scheme and Greenley's Q-e values (
QG,
eG).
bmonomer | QM | QR | eM | eR | QG | eG |
Acrylonitrile | 0.51 | 0.54 | 1.26c | 1.26c | 0.48 | 1.23 |
Butadiene | 1.20 | 0.83 | –0.32 | –1.10 | 1.7 | –0.5 |
2-Chlorobutadiene | 6.64 | 3.10 | 0.92 | –0.47 | 10.5 | 1.2 |
Isoprene | 1.80 | 1.44 | –0.56 | –1.02 | 1.99 | –0.55 |
Maleic anhydride | 0.26 | 0.04 | 2.17 | 0.42 | 0.86 | 3.69 |
Methyl acrylate | 0.29 | 0.42 | 1.10 | 0.44 | 0.45 | 0.64 |
Methyl methacrylate | 0.93 | 0.55 | 0.15 | 0.20 | 0.78 | 0.4 |
Styrene | 1c | 1c | –0.8c | –0.8c | 1c | –0.8c |
Vinyl acetate | 0.01 | 0.02 | –0.35 | 0.13 | 0.03 | –0.88 |
Vinyl chloride | 0.03 | 0.04 | –0.07 | –0.42 | 0.06 | 0.16 |
aData were taken from ref. 5. bData were taken from the Polymer Handbook [3]. creference values.
ここで,ラジカルとモノマーのQ-e値の表式(20)-(23)の内容を見ると,ラジカルとモノマーのQ値は,固有Qパラメータ(QR°とQM°)を固有eパラメータ(eR°とeM°)で補正した形になっており複雑なのに対し,ラジカルとモノマーのe値はそれぞれ固有eパラメータと線形関係にある.ここで,固有eパラメータに注目して,速度定数で表し直して整理すると次式が得られる.
eR(1)°=ln[(k1S/k1A)/(kSS/kSA)] | (24) |
eM(1)°=ln[(kS1/kA1)/(kSS/kAS)] | (25) |
したがって,ラジカルのe値はラジカルへのスチレンとアクリロニトリルの付加反応の速度定数の比を表しているのに対し,モノマーのe値はモノマーのスチレンラジカルとアクリロニトリルラジカルへの付加反応の速度定数の比を表していることから,いずれのe値もスチレン(非極性)とアクリロニトリル(極性)を基準にして極性を測る指標になっていることがわかる.
ここでは,ジエン系モノマーに着目して,表1のブタジエン,2-クロロブタジエン,イソプレンについてe値の結果を見てみよう.これらのモノマーでは,ポリマーラジカルの方がモノマーの値より大きく負の値を取っており,ラジカルの方がよりモノマーよりドナー性と考えられる.このことは,これらのモノマーのポリマーラジカルはアリルラジカルを形成するため,モノマーよりもドナー性と解釈できる.
4 最後に
Q-eスキームは,1947年の提案当時から欠点が認識されていて,日本でも1950年代に盛んに研究され改良が試みられていた.しかし,残念ながらこれまでに完全な解決には至らなかった.我々は,一般化Q-eスキームに対して,リフェレンスモノマーペアを用いて固有Q-eスキームを導出することで, 初めてQ-eスキームの欠点を解決することに成功した.さらに,ポリマーラジカルとモノマーのQ-e値を個別に算出することにも初めて成功した.
現在は,ポリマーラジカルとモノマーのQ-e値について,DFT計算による研究を進めている.また,先に述べたように,固有Q-eスキームのリファレンスモノマーペアは,スチレンとアクリロニトリルである必要は無いため,それ以外のペアの検討を進めている.固有Q-eスキームは,連鎖移動定数やラジカル開始剤のモノマーへの付加反応への応用も可能なため,それらの検討も進めており,RAFT剤などの設計への展開が期待される.固有Q-eスキームには反応性比の実験値が必要であるが,今後,DFT計算や機械学習による研究が進めば,実験値が無くても反応性比の予測が可能になるであろう.その際には,固有Q-eスキームは,機械学習の記述子を考える上でも役立つと考えられる.
本論文で紹介した研究成果の一部は,戦略的創造研究推進事業(CREST)課題番号:JPMJCR1522「緩やかな束縛反応場を活用する高分子の連続改変系の構築と革新的機能化」(研究代表者:高田十志和教授)の支援を受けた.また,赤塚啓紀,林慶浩,古屋秀峰,高田十志和,各氏との共同研究である.
参考文献
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