抄録
「臨床的な」子ども研究に固有の視点とは何だろうか。本稿ではその手がかりを、「おとな」を問う視点に探る。取り上げるのは、「おとな」の思想を核とした、和田修二の「子どもの人間学」である。「子ども」という存在の根本的な理解を目指す「子どもの人間学」において、なぜ、どのような意味で「おとな」が問題となるのだろうか。こうした観点から明らかになったのは、子どもとの関係において、子どもにもまして「よるべない」存在としてのおとなの姿である。このおとなのよるべなさへの視点が、子どもの存在への理解を深め、その生活を助ける臨床的研究の核となる意味をもつ。