抄録
ヘブライおよびギリシア文学史には,死を目前にした人物の「訣別の辞」が数多く見出される.このような場合には,両者を文学様式と機能の視点から此較してヘブライ文学史の側でのその特性を解明することが聖書の様式史的研究方法にとって避け難い課題となる.しかし私の見るところでは,この研究方法が今世紀前半にドイツで提唱され,以後の聖書学の方法的基礎となったのち今日まで,「訣別の辞」の素材の辞典的な収集はなされたが,上のような視点からの立ち入った研究が行なわれたことはない.本稿は聖書の様式史的研究が残しているこの領域的な不備を,『ヨハネ福音書』13-17章のイエスの「告別説教」とプラトンの『パイドン』を各々の文学史的前提も顧慮しつつ此較することによって多少でも補おうとする試みである.