抄録
解剖実体顕微鏡による水稲生長点,とくに幼穂形成過程の観察は野口(1929)・江口(1937,1950)が記録しているのみであつて,さらに詳細に他の禾本科植物と比較する必要がある. 1958~1959にわたつて実験用水田に整一に生育した水稲6品種(利根早生・若葉・銀まさり・金南風・風連坊主・輪枝稲)についてその生長点の外部形態を観察記録した. 水稲生長点が生殖生長期に入つたことの確認は,ー般に第1苞始原体の外観が葉原基と類似しているため早期には困難視されてきた. しかし,詳細に観察すれば葉原基の隆起は前葉原基が生長点上を蔽つた後に発生し始めるに対して,第1苞始原体のそれは止葉原基がそこまで生長しないうちに発生し,その生長初期に於ては葉原基よりも生長円錐の軸に対して鈍角をなして突出する様相を呈する.その後,間もなく第2及び第3苞始原体が葉序2/5に現われるから,第1苞始原体の発生以後は栄養期と生殖期の識別は可能である. 以上の観察は用いた6品種すべてに於て確認することができた. これは生長円錐上に於ける始原体形成の週期が生殖生長期に入ると短縮されることに因るものと考えられる. その後の幼穂形成過程は今までに報告された記録と一致し前頁の写真によつて示した通りである. なお,撮影は双眼実体顕微鏡の片鏡筒に一眼レフのbodyのみを装着して行つた. また,輪枝梗は穂軸の節間が縮つたものであるという説を風連坊主・輪枝稲 (fig.17)の観察によつて確認した. 唯,輪枝稲の特徴は第1次枝梗始原体の隆起と穂軸基部の直径との比が通常のものよりやや小さいことと,通常稲の第1次枝梗始原体は生長円錐上をらせん形をえがいて上昇するに対して,輪枝梗では数個の第1次枝梗始原体が同一平面上に発生して階段状に上昇する傾向がある. とくに第1から第4~第6枝梗始原体について顕著である. 輪枝梗が確認されるのは穂長が約1Ommに生長した頃であつて,第1から第4~第6枝梗始原体は輪枝を形成し,前述の特徴と関連が存する如く考えられる. また,葉序1/2をとる小麦幼穂との比較から,小麦のsingle ridgeは葉原基が集中的に生長円錐上に発生したものと考えられるふしがあるが,水稲では生殖生長期に入つた生長円錐全体が形態発生学的に飛躍的な変化を遂げたものと解することができる. なお,この研究は東京大学野口教授を主任研究者とする綜合研究「禾穀類とくに水稲・大小麦の幼穂の分化並に発育に関する生理生態学的研究」の一部として行つたもので,同教授の御指導に対し深く惑謝する次第である