抄録
本実験は, 小麦農林26, 42, 50, 67号, 埼玉27号および赤銹不知の各品種を硫安施用量の異る3区の圃場(N過剰区〔反当N7貫〕, 標準区〔反当N3貫〕および不足区〔無施用〕)に栽培し, 各開花期に30゜,20゜,および10℃の温度下において人工的に受粉せしめて得た総数約1000の試料子房について, 各区の受精過程の様相を細胞学的に鏡検し, 小麦の受精過程に及ぼす温度ならびに窒素レベルの影響を明らかにする事を目的とした. 本実験の結果は, 第2図にまとめられ, これにもとづいて受精所要時間及び受精進捗状況を比較検討した。 なお一般に供試した小麦の生育したNレベルと, 受粉・受精時の温度さえわかつていれば, 受粉してから一定時間後の子房内での受精進捗状況を, 第2図を利用することによつて察知し得る便宜が得られた。 受精所要時間(受粉から雌雄両性核の融合完了まで)は窒素施用量の如何にかかわらず, 開花温度域(10゜~30℃)内においては高温ほど短く10℃では30℃の場合の2倍以上を要した. また何れの温度条件下でも標準N施用区は最も受精所要時間が短かく, それよりNレベルが高すぎても又低すぎても受精に長時間を要した. 各処理区の受精の進捗状汎を比較検討してみるに, いずれのNレベルでも高温ほど進捗が著しく, 低温ほど遅く, 而して其の進捗は受粉から精核の卵細胞質内侵入完了までの諸過程の期間に主として差異を生じるのであつて, それ以後の雌堆性核の融合の完了および胚乳原核形成に至る過程では, 温度による進捗の影響が比較的少ないことが明らかになつた. 同様に何れの温度条件下でも常に標準N区のものの受精の進捗が, N過剰, N不足両区に比して早く, 且つ其の差が受精前半諸過程の進捗状況の差異に起因していることが判つた. これらの事から小麦の受精においては温度ならびに窒素レベル等の影響が受精の前半の諸過程に特に強く影響するものであることが明らかになつた. なお供試全品種間には差異が認められなかつたから, 結果は総合して検討した