環境化学
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企画論文
アルカリ性環境でのCrの挙動に及ぼすV,Mn,AsおよびSbの影響
雑賀 力弥松田 宗一郎鵜池 杏菜林 佳奈大矢 悠幾尾崎 宏和大地 まどか渡邉 泉
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2025 年 35 巻 p. 24-33

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要約

本研究は,汚染土壌におけるCr(VI)の還元および再酸化挙動の課題を取り上げ,共存する微量元素がCr挙動に与える影響を明らかにすることを目的とした。Cr(VI)は毒性および移動性が高く,環境リスクを低減するためにFe(II)などでCr(III)に還元する処理が行われているが,処理後にCr(VI)が再溶出する現象が問題となっている。本研究は,東京都江戸川区の汚染地で検出された31種類の微量元素がCr挙動に与える影響を検討した。とくに,複数の酸化数で安定に存在するV(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)の4元素に注目し,異なる条件下で各4元素がCr挙動に与える影響を解析した。その結果,Mn(II)およびV(IV)はCr(III)の再酸化を促進し,より毒性の高いCr(VI)の再溶出を引き起こすことが明らかとなった。また,As(III)はCr(III)の溶解性を高め,アルカリ性環境でCr(III)溶出を促進する可能性が示唆された。これらの結果から,共存する微量元素がCrの挙動に与える影響を考慮することが,長期的なCr(VI)浄化の安定性向上に不可欠であることが示された。今後は,汚染土壌の適切な管理と持続可能な浄化戦略の再構築が必要であろう。

Summary

This study addresses the behavior of hexavalent chromium (Cr(VI)) in contaminated soils and the challenges of remediation, with a specific focus on the impact of trace elements coexisting with chromium. Cr(VI), a toxic and highly mobile form, is commonly reduced to the less toxic trivalent chromium (Cr(III)) through various remediation methods such as treatment with Fe(II). However, Cr(VI) has been observed to reappear in treated soils over time, posing ongoing environmental risks. This research examines the role of 31 trace elements in influencing Cr(VI) reduction and potential reoxidation of Cr(III). The study identified four elements—V(IV), Mn(II), As(III) and Sb(III)—that may significantly alter Cr behavior due to their varied oxidation states. Through experiments, the results showed that Mn(II) and V(IV) contribute to Cr(III) reoxidation, a process that can revert Cr to its more toxic form, Cr(VI). Additionally, As(III) was found to potentially enhance Cr(III) dissolution, suggesting a pathway by which Cr(III) could return to a soluble, reactive state in alkaline conditions. This study suggests that coexisting trace elements, often neglected in traditional remediation approaches, may play a crucial role in the stability of Cr(VI) remediation. Addressing these interactions can inform more robust and effective strategies for managing Cr contamination in environmental settings, particularly where industrial waste has led to diverse element contamination. The findings emphasize the importance of considering trace element effects to prevent Cr(VI) re-emergence and improve the remediation technologies.

1. はじめに

クロム(Cr)は,重金属の1種であり,環境中では主に3価(Cr(III))と6価(Cr(VI))の形態で安定して存在する1。Cr(VI)は毒性および移動性が高い2,3,4。一方で,Cr(III)は毒性および移動性が低い5,6。したがって,汚染土壌のCr(VI)はCr(III)に還元させる浄化処理が求められる。その方法として,ゼロ価鉄7やナノスケールゼロ価鉄8,第一硫化鉄9,硫化鉄10,亜ジチオン酸ナトリウム11およびリン酸塩12等の還元剤を散布する処理が行われている。しかし,世界各地で実施されているCr(VI)の還元処理地域において,処理後にCr(VI)が再び溶出する現象が問題となっている13

東京都江戸川区小松川地区は,日本化学工業株式会社小松川工場が1908年からクロム酸塩の製造を開始し14,1973年まで操業していた。本地域の再開発事業および都営地下鉄新宿線の建設に伴い,1973年にクロム酸塩製造によって生じた大量のCr(VI)鉱滓が敷地内やその周辺に埋め立てられていたことが発覚した15。汚染土壌の封じ込め処理として,汚染土壌を掘削し,過剰量のFeSまたはFeSO4などの還元剤と混合し,地下へ封じ込める還元処理が行われた15,16,17,18。しかし,処理が施行されてから半世紀近く経過した2000年代に,江戸川区小松川地区新大橋通り高架下道路の雨水マス滞留水と堆積物から,高濃度のCr(VI)が検出された16.

Cr(VI)の溶出濃度は,還元剤によってCr(III)に還元されることにより,時間経過と共に減少することが予想されるが,実際にCr(VI)溶出濃度が時間経過と共に上昇することが報告されている19。先行研究は,Cr(VI)が鉱物中に組み込まれることにより,還元時に還元剤がCr(VI)に接触できなくなることから,未反応のCr(VI)の放出がCr(VI)溶出の唯一の原因と結論している20。一方で,Cr(III)の再酸化によりCr(VI)溶出濃度が上昇する可能性は,還元クロマイト鉱石処理残渣(rCOPR)では酸化剤が不足していること13,くわえてCr(III)の溶解度が低いこと13を理由として考慮されていない。しかし,rCOPRのpHは処理直後では7~11であるが21,徐々に増加して10を超える値になり,Cr(III)を溶出させる22。また,pHが8を超えるとrCOPR中のMn(II)が酸素によってMn(III, VI)酸化物に酸化され,Mn(III, VI)酸化物がCr(III)を効率的に酸化することが示唆されている23。これらのことから,Cr(III)の酸化がCr(VI)溶出の主要な経路として注視されている23

還元処理によって生じたrCOPRから時間経過とともにCr(VI)が溶出する原因として,未反応のCr(VI)放出20,過酸化水素やFe(III)触媒によって生じるラジカルによるCr(III)酸化24,25など,様々な経路が考えられている。なかでも,共存微量元素であるMnによるCr(III)酸化は多く研究され,注目されている経路の1つである13,24,26,27,28。環境中におけるCr(VI)濃度に影響を与える微量元素の1つとして,Mnの研究が豊富に行われている一方で,他の微量元素がCr挙動に与える影響を検討した研究は少ない。これは,自然環境中に存在し,かつCr(III)をCr(VI)に酸化する無機酸化剤はMn以外に存在しないと考えられているためとされる27,28。しかし,工業由来で発生するCr鉱滓は多様な元素を含む。環境中のCr(VI)の挙動が共存微量元素によりどのような影響を与えられるかについて明らかにすることは,Cr(VI)の適切な処理方法の検討や,Cr(VI)の拡散を防ぐために重要である。

本研究は,汚染現場である東京都江戸川区小松川地区新大橋通り高架下道路の雨水マス滞留水および堆積物15から検出される31種の微量元素(Li, Na, Mg, Al, K, Ca, Sc, V, Mn, Co, Ni, Cu, Zn, As, Se, Rb, Sr, Y, Mo, Pd, Cd, In, Sn, Sb, Cs, Ba, La, Ce, Pt, PbおよびBi)をCr(VI)およびFe(II)と混合し,以下の2つを目的として,実験を行った。つまり,(1)Cr の挙動に影響を与える微量元素を特定すること,(2)特定した元素からさらに V, Mn, AsおよびSbの4元素に絞り,これらの元素が Fe(II)とともに Cr の挙動に与える複合影響を明らかにすることである。とくに(2)で取り上げる4元素は,環境中で複数の安定な酸化数で存在することや,化学的類似性や産業用途の類似性,地殻や土壌への分布からCrと共存するため,Cr(III)の再溶出に関与する可能性が高い。

2. 試料と方法

2.1 バッチ試験に用いる溶液の準備

バッチ試験には,富士フィルム和光製試薬特級のクロム酸カリウム(K2CrO4)および硫酸鉄七水和物(FeSO4・7H2O)を超純水に溶かして調整した 130 mg/L Cr(VI)水溶液および 140 mg/L Fe(II)水溶液を用いた。Fe(II)濃度はCr(VI)濃度の1/3当量となるように調節した。これはCr(VI)の完全還元条件ではなく,部分還元条件を設定することで,共存微量元素によるCr(VI)還元の阻害または促進を検討するためである。微量元素標準液は富士フィルム和光純薬株式会社より購入し,実験開始まで冷暗所にて保存した(Table 1)。

Table 1 List of trace element standard solution which is mixed with Cr(VI) solution

2.2 各31種微量元素,Cr(VI)およびFe(II)の混合バッチ試験

Cr挙動に影響を与える微量元素を特定するため,31元素添加バッチ試験を実施した。まず,130 mg/L Cr(VI)水溶液 30 mLに対して,各微量元素標準液の原液(1,000 ppm)5 mLを添加し,微量元素添加Cr(VI)水溶液を調整した。3日間静置後,微量元素添加Cr(VI)水溶液をあらかじめ乾燥させ,重量を測定したNo. 5Cの濾紙で濾過した。微量元素添加Cr(VI)水溶液 10 mL,0.8M NaOH水溶液 10 mLおよび 140 mg/L Fe(II)水溶液 10 mLを混合した。3週間静置後に濾過を行い,得られた濾液を試料とした。微量元素標準液の代わりに,5%硝酸を添加した実験区を対照区とした。0.8M NaOH水溶液は各実験区におけるpHを統一するために添加した。各実験区のpHおよびEhは,13.0~14.0および77.5~157 mVの範囲であった。NaおよびKはアルカリ性環境下で炭酸塩を生成する29。炭酸塩の生成が実験結果に与える影響を排除するため,各実験区におけるNaおよびKの濃度は統一した。

液相Cr(VI)濃度をジフェニルカルバジド法16で測定した。ジフェニルカルバジドをアセトンに溶解させた溶液とCr(VI)を硫酸酸性下で反応・呈色させ,波長 540 nmにおける吸光度を分光光度計(AS ONE CORPORATION ASV11D)で測定し,検量線法により Cr(VI)濃度を求めた。

また,液相の総Cr濃度を測定するために,試料を5%硝酸で希釈し,得られた検液をICP-MS(Agilent, 7500cx)で分析した。測定した液相のCr(VI)濃度と液相の総Cr濃度の差を,液相のCr(III)濃度とした。

2.3 各4元素(V(IV), Mn(II), As(III), Sb(III)), Cr(VI)およびFe(II)の混合バッチ試験

31種微量元素添加バッチ試験より,Cr挙動に影響を与えることが示された元素から,さらに選定した4元素(V(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III))が,Fe(II)とともにCr挙動に与える複合影響を検討するため,以下の実験を行った。

2.3.1 各4元素およびFe(II)が液相Cr(VI)濃度に与える単独および複合影響

Fe(II)と各4元素が相加,相乗,または拮抗的にCr(VI)還元に作用するかを調べるため,微量元素添加Cr(VI)水溶液に対して 140 mg/L Fe(II)水溶液を添加するFe(II)添加系とFe(II)非添加系を調整し,液相Cr(VI)濃度の比較を行なった。微量元素添加Cr(VI)水溶液 10 mL,0.8 M NaOH水溶液 10 mLおよびFe(II)水溶液 10 mLを混合し,9日間静置した後,No. 5Cの乾燥濾紙を用いて濾過を行い,得られた濾液をFe(II)添加系とした。一方で,Fe(II)水溶液の代わりに超純水 10 mLを添加し,Fe(II)添加系と同様に静置および濾過して得られた濾液をFe(II)非添加系とした。

Fe(II)添加系およびFe(II)非添加系における液相のCr(VI)濃度はジフェニルカルバジド法で測定した。液相の総Fe濃度はICP-MSを用いて分析した。検出限界はブランクの標準偏差の3倍として設定した。

Fe(II)添加系の固相におけるCr(III)濃度を測定するため,固相総Cr濃度及び固相Cr(VI)濃度の測定を行った。固相総Cr濃度はICP-MSによって分析した。まず,Fe(II)添加系における沈殿物を捕捉したろ紙を 5 mm各に切り刻んだ。均一化したろ紙 0.100 mgをバイアル管に秤量した。バイアル管中の乾燥試料に61%硝酸を 2.00 mL加え,電子レンジを用いて 200 W 30分でMW分解を行った。分解した液化試料をろ過し,ろ液を5%硝酸で希釈し,得られた検液をICP-MSで分析した。また,同様の方法で添加した微量元素の固相濃度を測定した。

固相のCr(VI)を抽出するために,USEPA method 3060Aを参考にアルカリ融解を行った30。まず,Fe(II)添加系における沈殿物を捕捉したろ紙を 5 mm各に切り刻んだ。均一化したろ紙 0.500 mgをビーカーにとり,融解液(水酸化ナトリウム 20.0 gと炭酸ナトリウム 30.0 gを超純水に溶かして 1 Lとした溶液)50.0 mL,リン酸緩衝液 0.1 mLおよび塩化マグネシウム 80.0 mgを添加した。時計皿で蓋をし,5分間マグネチックスターラーを用いて撹拌した。つぎに,液温を90~95°Cに保ちながらホットプレートで1時間加熱した。放冷後にろ過を行い,ろ液に 5.0 M硝酸を添加してpH 7.5±0.5に調整した。一晩静置後,沈殿物を除去するために再びろ過を行った。アルカリ融解によって得られた検液のCr(VI)濃度をジフェニルカルバジド法で測定し,固相Cr(VI)濃度とした。固相における総Cr濃度とCr(VI)濃度の差を固相Cr(III)濃度とした。

2.3.2 Fe(II)添加系における各4元素の短期および長期影響の比較

Fe(II)添加系において,各4元素が短期および長期で液相のCr(VI)濃度に与える影響を検討した。操作2.3.1.の操作において,微量元素添加Cr(VI)水溶液,NaOH水溶液およびFe(II)水溶液を混合し,9日間静置した後に濾過を行った試料を「短期試料」(9日間)とし,60日間静置した後に濾過して得られた試料を「長期試料」とした。「短期試料」および「長期試料」における液相Cr(VI)濃度はジフェニルカルバジド法で測定した。

2.3.3 異なるpH(9, 11, 13)における各4元素の単独影響

高濃度のCr(VI)が検出されている小松川地区新大橋通り高架下道路の雨水マス滞留水のpHは9~13である。したがって,異なるpH(9,11および13)において,各4元素が液相Cr(VI)濃度に与える影響を検討した。つまり,まず微量元素添加Cr(VI)水溶液 10 mLに対し,NaOH水溶液および超純水を合計 20 mLになるように加え,pHを9または11となるように調節した。操作2.3.1.と同様に9日間静置したのち,乾燥濾紙で濾過を行って得られた濾液を試料とした。異なるpHに調節した試料における液相Cr(VI)濃度はジフェニルカルバジド法で測定した。

2.4 統計解析

R version 4.3.1を用いて統計解析を行なった。31元素添加バッチ試験および4元素(V,Mn,AsおよびSb)を添加したFe(II)添加系およびFe(II)非添加系におけるCr(VI)濃度の比較には,対照区と各元素添加区の比較を行うためANOVA分散分析およびDunnettによる多重比較(ANOVA and Dunnett’s test)を用いた。本実験における短期および長期の比較では,同一の溶液から期間を変えて試料を採取したわけではなく,微量元素添加Cr(VI)水溶液,NaOH水溶液およびFe(II)水溶液を別々に混合し,濾過を行うまでの静置時間を9日間と60日間にすることによって「短期試料」と「長期試料」としている。したがって,両試料には対応がないと考え,「短期試料」および「長期試料」における同一元素添加区間の液相Cr(VI)濃度の有意差検定には,F検定による分散分析および対応のない2標本t検定(F-test and Independent-samples t-test)を行なった。さらに,異なるpHにおける同一元素添加区間の液相Cr(VI)濃度の有意差検定は,各pH間におけるCr(VI)濃度の比較を網羅的に行うためANOVA分散分析およびTukeyによる多重比較(ANOVA and Tukey’s multiple comparison test)を行なった。また,31元素添加バッチ試験,Fe(II)添加系およびFe(II)非添加系における4元素添加バッチ試験,異なるpHにおけるバッチ試験および異なる静置期間におけるバッチ試験では,それぞれ実験の度に対照区を調整した。31元素添加バッチ試験においてはCr(VI)濃度の測定を3度に分けて行い,分析毎に対照区のCr(VI)濃度を測定した。それぞれの検定において,p<0.05を有意とした。

3. 結果と考察

3.1 各31元素添加バッチ試験

31種の各微量元素をCr(VI)およびFe(II)と混合し,液相Cr(VI)濃度を測定した結果をFig. 1 に示す。Ca(II),V(IV),As(III),Pd(II),Sb(III),Ba(II),La(III),Pb(II)およびBi(III)添加区において,対照区と比べて有意に低濃度のCr(VI)が検出された(p<0.05,ANOVA and Dunnett’s test)。一方で,Mn(II),Co(II),Cu(II)およびPt(IV)添加区において,対照区と比べて有意に高濃度のCr(VI)が検出された(p<0.05, ANOVA and Dunnett’s test)。対照区ではFe(II)によるCr(VI)の還元反応が生じている。したがって,各微量元素添加区におけるCr(VI)濃度の有意な低下は,共存微量元素による還元反応の促進を示す。一方で,Cr(VI)濃度の有意な増加は,Fe(II)によるCr(VI)還元の阻害または還元反応により生じたCr(III)の再酸化が共存微量元素の存在により引き起こされていることを示唆している。液相のCr(VI)濃度を減少または増加させると示された13種の微量元素の中から, 環境中で複数の酸化数をとるため,Cr(VI)およびFe(II)の酸化還元反応に干渉し影響を与えると考えられるV(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)の4元素を選定した。特にMn(III, IV)酸化物は,環境中でCr(III)を酸化する自然酸化剤として広く研究されている13,24,26,27,28。さらに,人為起源の排出によってCrと共存することも選定理由の1つである。V(V)およびAs(III)は,それぞれ鉱山排水中でCr(VI)と共存することが知られている31,32。また,中国ではSbとCrを高濃度に含む印刷・染色産業由来の排水が問題視されている33。本研究では,これら各4元素のCr(VI)に対する単独影響,異なる期間におけるFe(II)との複合影響,そして,異なるpHにおける単独影響を検討した。

Fig. 1 Cr(VI) concentration after adding co-existing trace elements at Fe(II) system. 5% HNO3 is added instead of trace elements as control section. Asterisk denotes significant change in Cr(VI) concentration compared to control section (p < 0.05, ANOVA and Dunnett’s test)

3.2 各4元素(V(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III))が液相Cr(VI)濃度に与える影響

Fe(II)非添加系におけるCr(VI)濃度を比較することにより,V(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)がCr(VI)濃度に与える単独影響を検討した。各4元素は自然環境においてさまざまな酸化数をとる元素であり,アルカリ性環境では,V,MnおよびAsは酸化物または水酸化物として存在し,Sbは酸化物または硫化物として存在する34,35,36。Fe(II)非添加系およびFe(II)添加系におけるV,Mn,AsおよびSbの初期形態はV(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)である(Table 1)。一方,本実験は大気圧下で実施しているため,pH-Eh図から推定される各元素の安定な化学状態は,V(V),Mn(III),As(V)およびSb(V)である37。したがって,Fe(II)非添加系において,各4元素は酸化還元反応によりCr(VI)濃度を低下させると仮説をたてた。

Fe(II)非添加系におけるCr(VI)濃度をFig. 2 に示す。V(IV),As(III)およびSb(III)添加区においては,対照区と比較して有意に低濃度(p<0.05, ANOVA and Dunnett’s test)のCr(VI)が検出された。したがって,V(IV),As(III)およびSb(III)は単独でCr(VI)を還元すると結論された。一方で,Mn(II)添加区においては有意差が確認されなかった。先行研究において,Mn(II)はpH 8 を超えるアルカリ環境において,溶存酸素によりMn(III, IV)酸化物に酸化された後,ふたたびMn(II)に還元される際にCr(III)を酸化すると報告されている13,24。対照区およびMn(II)添加区においては,液相中に存在するCrが全てCr(VI)として存在したため,差がなかったと考えられた。したがって,Mn(II)は単独でCr(VI)濃度に影響を与えない,もしくは,単独でCr(III)酸化に寄与するかは判定できなかった。

Fig. 2 Cr(VI) concentration after adding co-existing trace elements (V(IV), Mn(II), As(III) and Sb(III)) at Fe(II)-free system. 5% HNO3 is added instead of trace element as control section. Asterisk denotes significant change in Cr(VI) concentration compared to control section (p < 0.05, ANOVA and Dunnett’s test)

異なるpH(9,11と13)に調節したFe(II)非添加系において,各実験区で検出されたCr(VI)濃度をFig. 3 に示す。V(IV)およびMn(II)添加区においては,pH 13と11と比較してpH 9 で有意に低濃度のCr(VI)が検出され(p<0.05, ANOVA and Tukey’s multiple comparison test),As(III)およびSb(III)添加区においてはpH 11と9でpH 13と比較して有意に低濃度のCr(VI)が検出された(p<0.05,ANOVA and Tukey’s multiple comparison test)。したがって,各4元素添加区においてpHが中性に近いほど,還元されるCr(VI)濃度が上昇することが示された。これは,異なるpH(4,7,9および12)でFe(II)とCr(VI)を混合した先行研究38において,pHが低下するほどCr(VI)濃度の還元量が上昇した結果と一致した。また,pH 9 においてのみMn(II)によるCr(VI)の還元が確認された。pH 11および13では,Mn(II)の酸化は溶存酸素によって生じるが,pH 9 では,Cr(VI)とMn(II)間においても酸化還元反応が生じ,液相のCr(VI)濃度が減少すると考えられた。

Fig. 3 Cr(VI) concentrations at Fe(II)-free system by different pH (9, 11 and 13). Different alphabet indicates significant change in Cr(VI) concentration (p < 0.05, ANOVA and Tukey’s multiple comparison test)

Cr(VI)の還元処理によって生じるCr(III)は,おもにCr(OH)3またはCrxFe1-x(OH)3の形態で存在する24。Fe(II)非添加系において,Cr(III)はCr(OH)3の形態で存在すると考えられた。Fe(II)非添加系においては,Mn(II)添加区を除くすべての実験区で目視により確認できる沈殿が形成されず,すべてのCr(OH)3が液相に溶解していると考えられた。実際にCr(VI)水溶液および各実験区における液相Cr濃度を測定した結果(Fig. 4),全ての実験区においてCr(VI)水溶液と比較して有意に低濃度の液相Cr濃度が検出されたものの,その差はごく僅かであった(p<0.05, ANVOA and Dunnett’s test)。Cr(OH)3の溶解度はpHが6から低くなるほど上昇し,pH 6~10で一定であり(log [Cr(III)molar]=-7),pHが10から高くなるほど再び上昇する39。本実験区はpH 13という高いpHで行われているため,アルカリ環境ではpHが高いほどCr(OH)3の溶解度が上昇するという先行研究39と一致した。しかし,pH 13におけるCr(III)の溶解度はlog[Cr(III)molar]=-5であり,濃度に換算すると 0.52 mg Cr(III)/L程度である。対照区におけるCr(VI)濃度との比較より,V(IV),As(III)およびSb(III)添加区においてそれぞれ 4.72 mg/L,10.1 mg/Lおよび 13.8 mg/LのCr(III)が生じていることを考慮すると,沈殿が発生するはずである。しかし,Mn(II)を除く各元素添加区において沈殿は発生しなかった。この現象の理由は今後の課題である。Mn(II)においてのみ沈殿が発生したのは,pHが8を超えるとMn(II)が酸素によって酸化され,Mn酸化物の沈殿を生成する性質によるものであろう23

Fig. 4 Cr concentrations in liquid phase at Fe(II)-free system. 5% HNO3 is added instead of trace element as control section. Asterisk denotes significant change in Cr(VI) concentration (p < 0.05, ANOVA and Dunnett’s test)

3.3 各4元素およびFe(II)が液相Cr(VI)濃度に与える複合影響

V(IV),As(III)およびSb(III)がFe(II)非添加系において,単独でCr(VI)濃度を減少させることが示された。各4元素とCr(VI)に加えて,Fe(II)が存在するFe(II)添加系において,各4元素がCr(VI)還元に及ぼす影響を考察した。

Fe(II)非添加系において検出されたCr(VI)濃度から,各4元素の単独影響によって還元されるCr(VI)濃度を算出した。対照区および各4元素添加区において検出されたCr(VI)濃度の差を,単独影響によって還元されたCr(VI)濃度とした。その結果,V(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)添加区において,それぞれ 4.72 mg/L,1.19 mg/L,10.1 mg/Lおよび 13.8 mg/LのCr(VI)が還元された(Fig. 2)。

Fe(II)添加系におけるCr(VI)濃度をFig. 5 に示す。Fe(II)非添加系およびFe(II)添加系の対照区におけるCr(VI)濃度の差から,11.4 mg/LのCr(VI)がFe(II)の単独影響によって還元されると算出された。Fe(II)添加系におけるV(IV),Mn(II),As(III)およびSb(III)添加区では,それぞれ 15.8 mg/L,9.66 mg/L,20.8 mg/Lおよび 25.0 mg/L Cr(VI)濃度が減少した。本結果から,それぞれFe(II)の単独影響である 11.4 mg/Lを引くと,4.40 mg/L,-1.74 mg/L,9.40 mg/Lおよび 13.6 mg/Lとなる。Fe(II)添加系のV(IV),As(III)およびSb(III)添加区において,各元素によって還元されるCr(VI)濃度は,Fe(II)非添加系において還元されたCr(VI)濃度とほぼ等しい,または,わずかに低い結果となった。したがって,V(IV),As(III),Sb(III)はFe(II)によるCr(VI)還元を阻害することも,相乗的に促進することもなかった。各元素は単独でCr(VI)還元に寄与し,それぞれの効果が加算された分だけ還元が進み,相加的に作用すると考えられた。一方で,Mn(II)添加区においてはFe(II)添加系の対照区と比較して有意に高濃度のCr(VI)が検出されており(p<0.05, ANVOA and Dunnett’s test),Fe(II)によるCr(VI)還元に対して拮抗的に作用すると示された。したがって,高pH条件において,Mn(II)はFe(II)によるCr(VI)還元の阻害,または,還元反応によって生じたCr(III)の酸化に寄与することが明らかとなった。

Fig. 5 Cr(VI) concentrations after adding co-existing trace element (V(IV), Mn(II), As(III) and Sb(III)) at Fe(II) system. 5% HNO3 is added instead of trace element as control section. Asterisk denotes significant change in Cr(VI) concentration compared to control section (p < 0.05, ANOVA and Dunnett’s test)

3.4 Fe(II)添加系において,各4元素が液相Cr(VI)濃度に与える「長期」影響

Fe(II)添加系を調整した後,溶液を短期(9日間)または長期(60日間)静置した後に測定したCr(VI)濃度をFig. 6 に示す。As(III)およびSb(III)添加区においては,短期および長期で有意差が確認されなかった(p<0.05, F-test and Independent-samples t-test)。したがって,As(III)およびSb(III)とCr(VI)間の酸化還元反応は,9日間のうちに平衡に至ったと考えられた。

Fig. 6 Cr(VI) concentrations at the different period length (9 days and 60 days) after mixing Cr(VI) solution, Fe(II) solution and trace element standards. Different alphabet indicates significant change in Cr(VI) concentration (p < 0.05, F-test and Independent-samples t-test)

Mn(II)およびV(IV)添加区においては,短期(9日間)と比較して長期(60日間)で有意に高濃度のCr(VI)が検出された(p<0.05, F-test and Independent-samples t-test)。時間経過によってCr(VI)濃度が増加したことより,Mn(II)およびV(IV)がCr(III)の再酸化に寄与していることが示された。先行研究13で,Mn(II)はアルカリ環境で溶存酸素によってMn(III, IV)酸化物に酸化され,Cr(III)を酸化することが報告されている。このことは,本研究の結果と一致した。V(IV)は,As(III)およびSb(III)と同様に,短期(9日間)ではCr(VI)還元に寄与した。しかし,長期(60日間)ではCr(III)酸化に寄与した。したがって,V(IV)においてはCr(VI)濃度に影響を与える酸化還元反応とは異なる経路が存在すると示唆された。しかし,V(IV)がCr(III)再酸化に関わるという報告はこれまでになく,さらなる研究が必要となろう。また,VとCrは同様の酸化挙動を示すなど,類似した性質を持っており,環境中で頻繁に共存する40,41。そのため,Vの共存によるCr(III)の酸化は汚染処理地におけるCr(VI)溶出に多大な影響を与える可能性がある。

3.5 Fe(II)添加系におけるCrの固液分布およびCr(III)溶出

Fe(II)添加系では,全ての実験区で沈殿形成が確認された。Fig. 7 にFe(II)添加系における液相の総Cr濃度とCr(VI)濃度を示す。またFig. 7 の結果より,Fe(II)添加系の液相におけるCr(VI)およびCr(III)の割合を示した。V(IV),Mn(II)およびSb(III)添加区において,ほぼすべての液相CrがCr(VI)の形態で存在し,Cr(VI)還元によって生じたCr(III)が固相に移行したと示された(Fig. 8)。実際に,Fe(II)添加系における沈殿物の分析で,Cr(III)が検出された。また,添加したFeもほぼ全てが固相に移行していた(Fig. 9)。このことから,Cr(III)はFeとともに共沈し,CrxFe1-x(OH)3の形態で存在すると考えられた。CrxFe1-x(OH)3の溶解度はCr(OH)3と比較してはるかに低く,安定なCr(III)沈殿物として知られている24。このことは,V(IV),Mn(II)およびSb(III)添加区において,液相Cr(III)濃度が低かった結果と一致している。

Fig. 7 Cr and Cr(VI) concentrations after adding co-existing trace element (V(IV), Mn(II), As(III) and Sb(III)) at Fe(II) system. 5% HNO3 is added instead of trace element as control section

Fig. 8 Percentages of Cr(VI) and Cr(III) concentrations in liquid phase at Fe(II) system 9 days after mixing Fe(II) solution, Cr(VI) solution and trace element standards. Value inside the bar shows the percentage of Cr(VI) and Cr(III) concentrations compared with Total Cr concentration

Fig. 9 Fe concentrations in the batch solution. “N.D.” indicates that Fe was not detected. The theoretical Fe concentration in the batch solution is 46.7 mg/L. The Limit of Detection (LOD) was determined as three times the standard deviation of the blank measurements

As(III)添加区においては,液相Crのうち22.6%がCr(III)の形態で存在していた(Fig. 8)。したがって,As(III)添加区においては,CrxFe1-x(OH)3からCr(III)が溶出したと考えられた。AsがCr(III)沈殿物からCr(III)を溶出するメカニズムは2つ考えられる。ひとつ目は,AsがCr(III)に対して競合的にFe沈殿物に吸着し,Cr(III)を液相に放出すること。ふたつ目は,Asの共存によりCrxFe1-x(OH)3の状態が変化し,Fe沈殿物に組み込まれていたCr(III)が放出されることである。As(III)およびAs(V)がFe沈殿物に吸着されることが知られており,水中からAsを除去する吸着剤としてゲータイトおよびフェリハイドライトなどのFeを含む吸着剤の研究が行われている42。また,As(III)はFe(III)と共沈することが報告されている42。したがって,As(III)とAs(V)がFeと共沈または吸着することにより,Cr(III)の共沈および吸着を競合的に阻害する可能性がある。As(III)添加区におけるICP-MS分析より,液相As濃度は 43.7±2.4 mg/Lであった。As(III)添加区においてAsが全て液相に存在した場合の理論値は 47.6 mg/Lであることを考慮すると,添加したAsのうち,およそ 3.90 mg/Lが液相より除去されたと示された。As(III)添加区における沈殿物の分析においても,138±86 mg/LのAsが検出されており,液相から固相への移行が確認された。液相から除去されたAsおよび沈殿物から液相へ移行したと考えられるCr(III)の濃度を算出した結果,それぞれ 0.0521 μmol/Lおよび 0.114 μmol/Lであり,モル比はおよそ1:2であった。本結果より,As(III)またはAs(V)が固相に移行することにより,Cr(III)の溶出が促進されると示された。また,As(III)またはAs(V)がCr(III)と錯体を形成し,Cr(III)の沈殿を阻害する可能性もある。本研究ではAs(III)添加区においてCr(III)濃度が増加したメカニズムを完全に解明することはできなかった。このメカニズムの解明は今後の課題である。

Cr(III)沈殿物からのCr(III)溶出は,自然環境中におけるpHの変化によって引き起こされることが知られている13。Cr(III)は酸性で溶解度が高くなり,中性で低下する。Cr(VI)の還元処理は,Fe(II)によるCr(VI)の還元反応が効率的に進行する酸性環境で行われたのち,中性pHに調節することによってCr(III)を沈澱させ,封じ込め処理が行われる43。しかし,処理直後のrCOPRのpHは中性に調節されているが,時間経過とともにpHは上昇していき,pH 10を超えるアルカリ性環境に傾く。Cr(OH)3の溶解度はpHが8を超えると,pHの上昇とともに増加するため,還元処理が行われた地域におけるpHの上昇が,Cr(III)の溶出を引き起こしていると考えられている22。本実験ではAsがCr(III)の溶出を引き起こすことが示された。しかしこのように,共存微量元素がCr(III)溶出を促進するという報告はなされていない。Cr(III)の酸化には,酸化剤の存在に加えて,Cr(III)の溶出が重要な過程であるため,AsがCr(III)沈殿物の安定性に影響を与えることにより,還元処理後のCr(VI)の再溶出に寄与する可能性が示された。本研究は,共存微量元素がCr(III)の酸化または溶出を引き起こすことを示し,共存微量元素の存在を無視した還元剤散布による処理の限界を示した。

4. 結論

本研究は,汚染土壌におけるCr(VI)の還元およびCr(III)の再酸化に着目し,共存する微量元素がCr挙動に与える影響を明らかにした。31種類の微量元素がCr挙動に与える影響を検討した。その結果,Mn(II)およびV(IV)はCr(III)の再酸化を促進し,より毒性の高いCr(VI)の再溶出を引き起こすことが明らかとなった。また,As(III)はCr(III)の溶解性を高め,アルカリ性環境でCr(III)溶出を促進する可能性が示唆された。本実験はアルカリ性環境下で実施された。本研究の発端となった江戸川区小松川地区の雨水マス滞留水においても,高いpHが観測されている。特に,Cr(VI)による汚染が最も顕著な雨水マス滞留水では,pH 11~13の強アルカリ環境が確認されており,本研究で得られた結果が実環境においても発生する可能性が示唆された。また,本地域の雨水マス堆積物はAs濃度が特異的に高い。本地域ではAs(III)とCr(VI)が共存し,還元剤によるCr(VI)の還元処理が阻害される可能性が考えられる。しかし,本研究は実験室条件下で行われているため,環境中に存在する他微量元素による複合影響や有機物の影響を考慮できていない。とくに,有機物はCr(VI)の吸着および還元に関わることが知られているため,AsによるCr(III)溶出を妨げる可能性もある。したがって,AsがCr挙動に与える影響を様々な環境条件下で検討することが今後の課題となる。

REFERENCES
 
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