伝統的な地理把握研究においては,ルートマップ(内包的地理把握)とサーヴェイマップ(外延的地理把握)という二つのタイプの認知地図が,個人の発達段階において順次獲得されるものと考えられてきた.このような見方に対して本研究では,仮想迷路を用いた認知実験において見出される「動的双対性」という概念装置を通じて,これら二つの認知地図の様式は個人において同時的に現れるものであることを主張する.地理把握における動的双対性は,仮想迷路を複数のブロックに分割しそれらを回転させることにより,内包的地理把握に不定性がもたらされると外延的地理把握が卓越してくるという形で見出された.動的双対性という概念の生態心理学における有効性は,直接知覚の理論において特に発揮される.直接知覚の理論においては主体と環境の分離不可能性が過剰に強調され,生物の進化や発達における主体性が過小評価されてしまう危険があるが,全体と環境が動的双対性をなすと考えることにより,分離不可能な単一のシステムの構成要素と見えながらも変化し得る(適応可能性を有する)という様相が理解される.