2023 年 23 巻 01 号 p. 83-98
池田 周(愛知県立大学)
要旨
音と文字の対応が複雑な英語の読み書き発達には,語を構成する様々な単位の音に対する感度,すなわち音韻認識が必要である。また音韻認識指導の効果を維持するためには文字の導入が有効とされる。本研究では,音素レベルの音韻認識が初期綴り(early spelling)にどう影響するかを明らかにすることを目的とした調査を行った。まず国語科のローマ字学習においてアルファベットで表される日本語の読み書きを経験した小学校第 3 学年の児童を対象として,音素レベルの音韻認識指導を実践した。この指導は,ローマ字の音韻構造理解を音だけでなく,対応する文字を提示しながら行うことにより,日本語の基本的音韻単位であるモーラより小さい音素の単位で語を構成する音を分析できるようになることを目指したものである。その後,児童の音韻認識と,聞こえた語をアルファベットで書き表す力を invented spelling1 の手法で日本語と英語の語を用いて測定し,それらの関係性を分析した。その結果,(1) 児童の音韻認識レベルと初期綴りの力には高い相関があること,(2) 一定レベルまで音韻認識が発達していれば,それが初期綴りの力を予測すること,さらに (3) 語のおわりの音よりも,はじめの音を音素単位で認識できることの方が初期綴りの力に影響を及ぼす可能性が明らかになった。これらにより,英語の初期読み書き技能導入のレディネスとして,音素レベルの音韻認識を焦点化した指導により高めておくことの必要性が裏づけられた。
初期読み書き技能(early literacy skills)の獲得には,音声言語が語や音節,音素などの様々な単位に分割され,それらが対応する文字(のまとまり)によって視覚的に表されることの理解が必要である
(Adams, 1990)。メタ言語知識の一側面である音韻認識は「言語の音声構造,特に語の音声的内部構造に対する感度(sensitivity)」と定義され,読み書き技能獲得のレディネス(Stanovich, et al., 1984)とされている。音韻認識が発達すると,音声言語,特に語を構成する音をより小さな任意の単位で「分割(segmentation)」(e.g., map → /m/, /ɑ/, /p/),「混成(blending)」(e.g., /b/ + /ɑ/ + /ɡ/ → bag)したり,さらに「削除(deletion)」(e.g., bat − /b/ → at)や「置換(substitution)」(e.g., fog の /f/ を /l/ に → log)などの操作を行うことができるようになる。
初期読み書き技能獲得を促進する音韻認識のレベルは,言語によって異なることが指摘されている。日本語は正書法の単純な言語(shallow orthography)とされ,基本的音韻単位は最も単純な音節構造(子
音(C)+母音(V))をもつモーラ(拍)であり,1 つのモーラは 1 つの仮名文字に対応する。日本語を母語とする児童は,母語習得の中で「しりとり」などのことば遊びを通して,「C+V」を区切りとして語を構成する音を分析するモーラレベルの音韻認識(mora awareness)を発達させる(Inagaki, et al., 2000)。一方,英語は正書法の複雑な言語(deep orthography)とされ,音と文字の対応が複雑で,1 つの音を表す文字(群)が 1 つとは限らない。それゆえ英語の読み書き技能獲得には,頭韻や脚韻の把握に関わる音節内構造のオンセット・ライムや,最小音韻単位である音素レベルでの音韻認識を高めることが必要と考えられている(Scarborough, et al., 1998)。
これまで筆者は,日本語を母語とする児童にモーラ単位で英語の語の音を分析する傾向があることを明らかにしてきた(池田, 2016, 2018)。そして,英語の初期読み書き技能獲得に向けて,モーラよりも小さく,英語の読み書きに必要な音韻単位の音を意識させる指導の必要性を主張してきた。そして音韻認識指導に文字を取り入れると,その効果が倍近くに高まり読み書き技能獲得を促進するという Ehri, et al., (2001) のメタ分析結果を踏まえ,特に音素レベルの音韻認識を高めるために,「文字の音への気づき」を促すアプローチを国語科のローマ字指導に組み込む指導を提案してきた。この指導により,アルファベットで日本語を表記する仕組みの理解に基づいてモーラを子音と母音に分解できるようになり,さらにそれが聞こえた音をそのままアルファベットで表すこと,すなわち invented spellingへとつながり,英語の初期綴りの発達に向けた第一歩となることが期待される。
小学校第 3 学年の児童は,国語科でアルファベットの小文字を用いてローマ字を学び,外国語活動で英語の様々な語句や表現に音声で慣れ親しみながら,アルファベットの大文字をその名称を聞いて識別する活動も行われる。ローマ字を通して日本語の仮名の音韻構造に気づき,さらに「文字の音への気づき」を促すアプローチにより英語の読み書き技能獲得に必要な音素レベルの音韻認識を高めることができれば,それはローマ字だけでなく英語であっても「聞こえた音をアルファベットで書き表す」力の習得を促すことに役立つのではないだろうか。本調査は,指導により高められた音韻認識がローマ字綴りだけでなく英語の初期綴りに及ぼす効果を探ることを目的とする。
音韻認識が読み書き技能獲得に及ぼす影響については,特に英語を母語とする子どもを対象にして研究が行われてきた。そして,音韻認識の発達と初期読み能力の発達の促進関係が双方向的(Stanovich, 1986)であるものの,就学時の音韻認識レベルがその後の読み書き能力の発達を予測する(Snow, et al.,
1998)こと,初歩的なアルファベット知識(アルファベット言語での読み経験)が音韻認識の発達を予測(Burgess & Lonigan, 1998)または促進(Johnston, et al., 1996)することなどが明らかにされている。
日本の小学校教育において,児童がアルファベットを用いた言語の読み書きを経験するのは第 3 学年の日本語のローマ字学習においてであるが,英語の文字としてのアルファベットに触れるのは中学年外国語活動であり,英語の読み書きの言語活動が導入されるのは高学年外国語科においてである。アルファベットを用いて言語を読み書きするためには,個々のアルファベットが表す音,すなわち音素レベルの音韻認識を発達させておくことが必要である。音韻認識は,音韻構造がより複雑な第一言
語から第二言語の場合に転移が起こる可能性が指摘されている(Loizou & Stuart, 2003; Mishra & Stainthorp, 2007)。日本語の基本的音韻単位のモーラは比較的大きく単純な構造であるため,音韻構造が複雑で読み書き技能獲得のために音素レベルの音の分析を必要とする英語(Scarborough et al., 1998)への音韻認識の転移は期待しづらい。音韻認識の発達が英語のようなアルファベット言語の読み書き技能獲得を促す必要条件であることから(Adams, 1990; Perfetti, et al., 1987),アルファベットを用いた読み書きの活動を導入するまでに,モーラより小さな単位の音韻認識を高めるための指導を意図的に組み込むことが重要である。
づいて,ローマ字綴りの組立て,さらには日本語の仮名の音韻構造の理解につなげることにより,音素レベルの音韻認識を高める指導と言える。具体的な指導の流れは以下①~⑤の通りである。
①子音連結を含む英語の語を用いた「はじめの子音」の音への気づき〔子音の音の削除と混成の認識〕例えば,clip, train, ski と lip, rain, key など 2 つのグループの語の発音を,絵カードを見ながら聞いて
繰り返させる。次に clip と lip の絵カードを並べて示し,発音の違いを考えるように促す。lip に「何か(/k/ の)音が付くと clip になる」という気づきが生まれたら,子音連結を含む語と,その最初の子音を削除してできる語のペアを複数示して /k/, /t/, /s/ などの子音を認識させ,それらを後ろに母音をともなわず発音できるように練習する。
②国語科で学んだローマ字でも①と同じ現象が起きることの理解,音と文字の対応への気づき
「かめ,たき,きた,くま」と「あめ,あき,いた,うま」など 2 つのグループの語の絵カードを用いて,ローマ字綴りの kame から k を削除すると ame ができることに気づかせ,その k という文字が①で発音できるようになった /k/ の音を表すことを理解させる。同様に,taki から t を取って aki, mame から m を除いて ame のような例を示しながら,削除した文字に対応する子音の音 /t/, /m/ などを聞かせて発音を練習する。
③子音と母音の「音の足し算」から仮名の音韻構造とローマ字綴りの理解〔複数音素の混成〕
文字が表す音を「足し算」(i.e., 混成)すると仮名文字の音になることを視覚的に理解させる。例えば,まず k の文字カードだけ示して /k/,a だけ示して /a/ の発音を練習する。続いて a, i, u, e, o のカードの左側に k のカードを順番に添えながら,「カ行」を発音して聞かせる。
④訓令式とヘボン式のローマ字綴りの違いへの気づき
まず /t/ の子音を /a/, /e/, /o/ の母音と混成し,「タ」,「テ」,「ト」ができることを確認する。次に,
/t/ を /i/ や /u/ と「勢いよくくっつけて言ってみよう」と促し,「ティ」や「トゥ」という響きになる
ことを体験させる。そして,外国語話者が日本語に近い発音をしやすいように,chi と tsu というヘボン式綴りが使われることを説明する。同様に訓令式の si とヘボン式の shi などについても確認する。
⑤音素の音を「足し算」すると親しみのある英語の語の発音になることへの気づき〔複数音素の混成〕例えば s, i, t の文字カードを見ながら /s/, /i/, /t/ と発音できるようになっていれば,それら 3 つの音
を「急いでくっつけて言います」と混成して聞かせ,英語の sit の発音であることを気づかせる。
invented spelling は,初期綴りの発達状況を把握する手法としてしばしば用いられる。その利点としては,書き手によって異なる様々なレベルの音韻的・正書法的知識が,発達的に共通する特徴をもつ綴りの誤りとして現れることから,invented spelling が予測される発達過程に沿うことと規則性をもつことが挙げられている(Caravolas, et al., 2005; Henderson, 1990; Ritchey, et al., 2010; Weinrich & Fay, 2007)。また,綴りを創り出す(= invent)試みが,音素を文字で具体的な表象として表すことを促すため,語を構成する音についての子どもの理解を,口頭によるよりも敏感に測定する手法であると指摘されている(Mann, et al., 1987)。さらに音韻認識が,アルファベット言語における綴り技能の獲得において,第一言語でも(McBride-Chang, 1998; Ouellette & Sénéchal, 2008a, 2008b),あるいは第二言語でも(He & Wang, 2009; Wade-Wooolley & Siegel, 1997)中心的な役割を果たすことから,invented spelling はある段階でのアルファベット知識だけでなく,発達しつつある音韻的・正書法的処理技能を測定する方法の一つであると論じられている(Frost, 2001; Tangel & Blachman, 1992, 1995; Torgesen & Davies, 1996)。
音韻認識が初期読み書き技能の獲得を促進する役割を果たすならば,日本の小学校第 3 学年の児童が,ローマ字学習を通してアルファベットの音,すなわち音素のレベルの音韻認識を高めることができれば,それは言語を問わず聞こえた語をアルファベットで書き取る力にも役立つという仮説が生まれる。特に日本語をローマ字綴りで表したり,それらを読んだりする経験をした児童を対象にするからこそ,音素レベルの音韻認識指導の効果が初期綴りに現れるかどうかを,invented spelling を手法として明らかにすることには意義があると考えられる。
小学 3 年生児童を対象に「文字の音への気づき」を促すアプローチによりローマ字指導に組み込んだ音韻認識指導を行った後,①語の「はじめの音」を音素単位で分割して認識する力,および②語の
「おわりの音」を認識する力を測定した。そして上述の研究目的に従い,具体的な調査課題を次の通り設定した。
①②で表される児童の音韻認識と,③聞こえた語をアルファベットで書き取る力には関係が見られるか。
音韻認識と③に関係が見られる場合,音韻認識の高さや①②ごとの違いがあるか。
音韻認識の測定には,音韻認識を高める指導で用いられる技能タスクが用いられる。本調査では,音素レベルに区切って認識した特定の音を児童に産出させるタスクではなく,調査実施上の制約により認識タスクで測定することにした。その際に,特定の音を,それを表す文字と対応させて解答することから,児童のアルファベット知識が多少なり影響する可能性が予測された。そのため,調査者によるローマ字指導の中で,タスクの選択肢を構成する文字を用いて表される行の綴りを中心に扱い,アルファベット知識の影響をできるだけ抑える手立てを講じた。
前項で述べた①と②の力にそれぞれに対応する 2 つの「聞き取りタスク」から成るワークシート(音韻認識測定用)と,③を測定する「書き取りタスク」のワークシート(invented spelling 測定用)の 2種類を作成した 2。調査時は,これらの能力測定をワークシートによる学習活動として実施した。児童がテストと誤解して正誤を気にし過ぎたり,不安を引き起こしたりしないようにするための配慮であった。さらに,活動後にワークシートを集めるが,その内容が成績に反映されることはない旨を,あらかじめ口頭で児童に説明した。各ワークシートの詳細は以下の通りである。
このワークシートは,日本語または英語の語の発音を聞いて「はじめの音」と「おわりの音」を識別し,それらを表す文字を選択肢の中から選んで○で囲んで答える2つのタスクから構成された。実際に聞き取る語として用いたのは 10 語であり,内訳は,日本語では「ミンク,ポスト,デスク,ハンド,バス」の 5 語,英語では「pink, gas, hint, mask, stand」の 5 語であった。これらは主に日本語のカタカナ表記で広く用いられている外来語や,それに対応する英語の語などから選定したものである。まず「はじめの音」の認識においては,日本語も英語も「はじめの子音」を指すこととした。日本 語では基本的音韻単位であるモーラ(拍)の区切りだと,「バス」の「はじめの音」は「バ」となるが,このタスクでは,モーラ単位の「バ」の音を子音 /b/ と母音 /ɑ / に分割し,その子音の部分について答えることを求めた。そのため選択肢には子音を表す小文字を提示し,聞き取るべき「はじめの音」がモーラ単位ではなく音素単位と分かるようにした。このワークシートでは,語の「はじめの音」を認識する力を測定するために,「はじめの子音」を児童一人一人が言う産出タスクではなく,それを表す小文字を選択式から選んで解答する認識タスクとした。調査の時間的制約や個別実施による児童への負荷を考慮したためである。そのため選択肢は,解答時に文字の区別が困難で児童の不安が高まる
ことがないように,「聞き取りタスク」で用いる語いずれかの「はじめの音」を表す子音字のみとし,すべての項目で同じ「d, h, m, p, s, b, g」の 7 文字を提示した。
一方「おわりの音」について,「はじめの音」と同じ形式では,日本語の語の場合に母音字を選択肢に含めて文字数が増えることになり,音を表す文字を特定する負荷が高まることが想定された。そのため,「おわりの音」が音素単位かモーラ単位か,すなわち子音で終わっているか,母音をともなった子音で終わっているかの識別を確認することとし,「子音(C)のみ」と「子音(C)+母音(V)」の構造で綴られた 2 つの選択肢のいずれかを選んで答える形式を用いた。例えば「hint」や「ポスト」の語を聞いた場合には「t, to」,「pink」や「デスク」の場合は「k, ku」が選択肢として示された。
このワークシートは,日本語または英語の語の音を聞き,それを「アルファベットを使って書き表す」タスクから成る。音声提示されたのは 10 語であり,両言語とも「聞き取りタスク」で用いたものと同じであった。
2 つのワークシートで扱う語を両言語で同じにしたのは,「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の間で結果比較と考察を行うためであった。さらに調査実施のための時間が限られていたこと,および慣れないアルファベットを用いた書き取りタスクに取り組む児童への心的負荷や集中力を考慮して各言語 5 語が適当と判断した。
調査は,愛知県内の公立 A 小学校第 3 学年全 3 クラス,計 93 名の児童を対象に実施した。外国語活動の授業はインクルーシブ教育の形で,担任と ALT(外国語指導助手)のティームティーチングにより行われていた。文部科学省発行の Let’s Try! 1 を教材とし,アルファベットについては,Unit 6 の学習内容に沿って大文字の名称を聞いて形を識別する活動に取り組んだ。調査では,担任の支援を受けながら授業に参加していた全ての児童に対して音韻認識指導と能力測定を行った。
調査は,対象の第 3 学年 3 クラスで国語科のローマ字の授業を一通り終えた段階で実施した。担任によると,授業は教科書に基づく訓令式と基本的なヘボン式の綴りの確認,およびワークブックを用いて仮名文字と対応するローマ字綴りをなぞって書いたり読んだりする活動を中心に行われていた。アルファベットを参照する際にはそれぞれの名称を発音し,音を取り出して聞かせる指導は行われていなかった。調査の手順は,まず通常の外国語活動の授業を用いて調査者による音韻認識を促す指導を行い,続く授業時間の一部に 2 つの能力測定を組み込む流れであった。詳細は以下の通りである。
活動として実施〔約 20 分〕。音声は調査者自身の口頭提示とし,各語を 2 回ずつ繰り返した。また児童の学校外での英語学習経験確認のため,期間と文字の読み書き活動の有無などについて簡単なアンケートを行った。
「書き取りタスク」の実施に際しては,対象児童がアルファベットの小文字が思い出せないことによる解答への影響を可能な限り抑えるため,アルファベット順に小文字が並んだプリントをワークシートとともに配付し,必要ならこれらを見て書き写してもよいことを伝えた。また,ローマ字表は回答への直接的な影響が予測されることから配付せず,教材も片付けた状態で取り組んだ。聞こえた語
を「文字で書き表すこと」に対する児童の緊張や不安に配慮し,このワークシートがテストではない ことを丁寧に伝え,「みんなだったら,聞こえた音をアルファベットでどんなふうに書いてみるかな?」と励ましの言葉をかけながら進めた。実際の調査時の様子からは,積極的に文字を書き出す児童も多かったが,一方でアルファベット一覧の中から目指す小文字を探して形を確認し,それを書き写している児童もいた。解答用紙は 4 線を付さず囲みのみとして,児童が自由に文字を書き出しやすくした。調査実施に先立ち,まず依頼時に調査目的と計画,調査者のこれまでの研究の基盤となる音韻認識
と英語読み書き習得の関係に関する諸理論のまとめ,および「文字の音への気づき」をローマ字指導に取り組む方法と意義について文書にまとめ,それらに沿って校長および調査対象クラスの担任に詳細な説明を行った。また,(1) 個人情報は匿名化して適切に管理すること,(2) 児童や担任に過度な負担をかけないための配慮を行うこと,(3) 結果は研究目的のみに使用することについても依頼文書に記して提出し,調査実施について学校の承諾を得た。授業時間全体を通して担任と校長など管理職が同席し,さらに他の先生方にも交代で参加して児童の様子を観察してもらいながら,児童に過度の負荷がかかっている場合は休憩や中断,ワークシート項目数を減らす対応を即座にとることについても事前に説明し,了解を得た上で調査を行った。
調査に参加した 93 名の児童のうち,ワークシートにほぼ無解答であった 7 名を除外した 86 名を分析対象とした。アンケートにより調査対象の中には学校外での英語学習経験がある児童もいたが,正確な期間や学習内容を統制することが困難であったこと,さらに本調査では「聞き取りタスク」で測定される音韻認識を基に群分けして考察を行うため,分析からは除外しないこととした。
ワークシートの採点方法は次の通りである。まず「聞き取りタスク」は,10 語の「はじめの音」と
「おわりの音」について正答を 1 点とし,それぞれ 10 点満点として採点した。「書き取りタスク」は,語全体が正しく書けているものを正答とする 10 点満点の方法(以下,採点法 A),および語の「おわりの音」もしくは「語中」のターゲットが正しく書けていれば正答とする 14 点満点の方法(以下,採点法 B)(14 点満点),の2 つを用いた。採点法 B のターゲットは,日本語のローマ字綴りでは「minku, posuto, desuku, hando, basu」の語末のモーラ部分(下線部),および英語綴りの「pink, gas, hint, mask, stand」の「おわりの音」を表す子音字(下線部),さらにローマ字綴りの「posuto, desuku」と英語綴りの「mask, stand」の語末以外のモーラと子音の認識が現れる部分(下線部)の 14 か所であった。
さらに,「聞き取りタスク」の得点を,音の認識の焦点となる位置(はじめ,おわり),および言語
(日本語〔ローマ字〕,英語)ごとに算出した。同様に「書き取りタスク」についても,採点法(A, B),および言語(日本語,英語)別の得点を求めた。これらの結果をデータベースにまとめ,IBM SPSS Statistics 27 を用い,調査課題に沿って必要な分析を行った。
以下,ワークシートの得点結果を,まず分析対象となった 86 名の児童全体,次に「聞き取りタスク」結果から明らかになった音韻認識の発達レベルによって分けた群別に考察する。
分析対象とした全児童の「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の結果を,合計得点,そして語中のターゲットとなる音の位置と言語の違いごとに分けてまとめたものが表 1 である。「書き取りタスク」については採点法別に示している。
表 1 「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」結果(全児童)
全児童(n = 86)
Mean | SD | |
---|---|---|
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4.58 |
|
|
1.54 |
|
|
1.36 |
|
|
1.69 |
|
|
1.64 |
|
|
2.69 |
|
|
1.75 |
|
|
1.21 |
|
|
3.98 |
|
|
1.90 |
|
|
1.78 |
表 2 「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の相関(全児童)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
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.81** |
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.68** | .23* |
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.79** |
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.73** |
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.69** |
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.78** |
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|
.71** |
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.65** |
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「聞き取りタスク」の平均正答率は 68.6%である一方,「書き取りタスク」では採点法 A で 26.4%,採点法 B では 40.4%と概して低かった。聞き取った語の言語とターゲットの音の位置の違いについては,「はじめの音」では日本語,「おわりの音」では英語の平均の方がごくわずかに低かったが,その差はわずかであった。また書き取りについては,英語綴りよりもローマ字綴りの平均がいずれの採点法でも高い結果となっていた。これは英語綴りにおいて,例えば gas を gasu と綴るように語末の子音
に母音を続けて誤答となった解答が多くあったこととも関連している。
さらにそれぞれのタスクと採点法の違いよる平均の相関を表 2 に示す。概して「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の得点の間には,言語やターゲット音の位置ごとの平均を含めて比較的高い相関が見られ,特に「聞き取りタスク」合計の平均と「書き取りタスク」合計の平均の間には,採点法 A で r = .79**,採点法 B でr = .78** の有意で高い相関があることが分かった。
音韻認識の発達レベルの違いによって,「書き取りタスク」の結果がどう異なるかを明らかにするため,分析対象児童を「聞き取りタスク」合計の高さによって上位群 28 名,中位群 31 名,下位群 27 名
に分けて分析を行った。タスクごとの群別平均をまとめたものが表 3 である。また,それら群別平均の違いについて,Welch の一元配置分散分析によって検証を行った結果が表 4 である。群分けに用いた「聞き取りタスク」だけでなく,「書き取りタスク」のいずれの採点法でも群別平均の間に 1%水準で有意差が得られたことから,児童の音韻認識の発達レベルにより,アルファベットを用いて語を書き取る invented spelling の力も異なることが示された。
タスクごとの群別結果を具体的に表 3 に基づいて見ていくと,上位群において「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の採点法 A とB の平均正答率がそれぞれ 93.4%,59.6%,71.1%であり,言語およびターゲット音の位置に関わらず中位群と下位群よりも高かった。特に上位群の音韻認識は,タスクで測定できる範囲内ではあるが十分に発達していたと判断できる。
表 3 群別「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」結果
上位群(n = 28) |
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Mean |
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Mean | SD | |||
|
18.68 |
|
|
|
8.37 |
|
||
|
4.14 |
|
|
|
1.52 |
|
||
|
4.93 |
|
|
|
2.97 |
|
||
|
4.89 |
|
|
|
1.85 |
|
||
|
4.71 |
|
|
|
2.04 |
|
||
|
5.96 |
|
|
|
0.67 |
|
||
|
3.68 |
|
|
|
0.41 |
|
||
|
2.29 |
|
|
|
0.26 |
|
||
|
9.96 |
|
|
|
2.48 |
|
||
|
4.64 |
|
|
|
1.33 |
|
||
|
3.46 |
|
|
|
0.59 |
|
また「聞き取りタスク」では,日本語の語を聞いて「おわりの音」がモーラか音素かを判断して答える項目がいずれの群でも正答率が最も高く,上位群では 98.6%,中位群でも 82.6%,下位群で 59.4%であった。その一方,日本語の語を聞いて「はじめの音」を表す子音の認識を測る項目は,上位群では 82.8%の正答率であったにも関わらず,中位群で 50.4%,下位群で 30.4%まで大きく下がっていた。
「はじめの音」の認識については,英語の語の場合でも下位群で 37.0%の正答率であった。すなわち児童が語の全体を聞いてから「はじめの音」や「おわりの音」を分割すると考えれば,聞こえた語が
日本語と認識された場合に,その語末のモーラの把握は比較的容易であったものの,逆に初頭の音素のみを取り出すにはモーラの分解が必要となるため,より困難であったことが推察される。
「書き取りタスク」の合計正答率についても,上位群,中位群,下位群の順に,採点法 A では 59.6%, 13.5%,6.7%,採点法 B でも 71.1%,32.5%,17.7%へと下がり,特に上位群と中位群の差が大きい。
表 4 群別「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の分散分析結果
日本語「はじめの音」 |
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48.47 |
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83 | 1.25 | ||
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||||
日本語「おわりの音」 |
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64.32 |
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|
1.38 | ||
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|
||||
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|
|
|
26.83 |
|
|
|
|
|
83 | 1.26 | ||
|
|
|
||||
|
|
|
|
49.59 |
|
|
|
|
|
83 | 1.57 | ||
|
|
|
||||
|
|
|
|
232.88 |
|
|
|
|
|
83 | 1.78 | ||
|
|
85 | ||||
|
|
|
|
86.36 |
|
|
|
|
|
|
1.04 | ||
|
|
|
||||
|
|
|
|
35.75 |
|
|
|
|
|
|
0.63 | ||
|
|
|
||||
|
|
|
|
414.92 |
|
|
|
|
|
83 | 6.26 | ||
|
|
85 | ||||
|
|
|
|
80.07 |
|
|
|
|
|
|
1.77 | ||
|
|
|
||||
|
|
|
|
65.77 |
|
|
|
|
|
|
1.67 | ||
|
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さらに「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の相関を群別にまとめたものが表 5,表 6,表 7 である。まず表 5 から,上位群では「聞き取りタスク」合計が「書き取りタスク」〔採点法A〕合計と中程度の相関(r = .64**)があることが分かる。また中位群では,「聞き取りタスク」合計が「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計(r = .49**)と「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計(r = .43*)の両方と中程度の相関,さらに下位群では「聞き取りタスク」合計と「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計と中程度の相関(r = .49**)が見られた。これらの結果を踏まえ,以下 4.3.1 で「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の合計得点間の関係についてさらに分析を深めて考察する。
表 5 「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の相関【上位群】
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.11 |
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表 6 「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の相関【中位群】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
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.03 |
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.51** |
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.34 |
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.26 |
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.24 |
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.31 |
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.25 |
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.28 |
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.19 |
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.21 |
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.06 |
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表 7 「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」平均の相関【下位群】
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.37 |
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.34 |
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.21 |
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.31 |
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-- | |||
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-- | ||
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.22 |
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「聞き取りタスク」で測定される音韻認識の発達レベルが,初期読み書き技能獲得の必要条件であり,その発達状況を予測するならば,本調査においても「聞き取りタスク」の得点から「書き取りタスク」の得点を説明できると考えられる。これを確認するために回帰分析を行った。変数となるタスク得点の記述統計量は表 3,および相関係数は表 5~7 の通りである。
「聞き取りタスク」合計を独立変数とし,従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計として強制投入法により行った単回帰分析の結果を表 8,従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計とした結果を表 9 に示す。
表 8 従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計とした単回帰分析結果
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β | ||||
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表 9 従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計とした単回帰分析結果
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これらの結果から,特に児童全体の傾向として,「書き取りタスク」合計は,いずれの採点法でもある程度「聞き取りタスク」合計から予測されることが分かった。予測率も 1%水準で有意であった。さらに採点法 A では調整済 R2 = 0.62***,採点法 B では調整済 R2 = 0.61*** であることから,適合度も高いと判断される。
また表 8 より「書き取りタスク」〔採点法 A〕では,上位群と中位群の得点を「聞き取りタスク」合計がある程度説明することがうかがえるが,特に中位群の調整済 R2 の値が有意であるもののいずれも低く,予測力が高いとは言えない。同様の傾向としては,表 9 から「書き取りタスク」〔採点法 B〕でも,中位群と下位群で「聞き取りタスク」合計の予測力がある程度示されているが,適合度が低い。これらは中位群と下位群の「書き取りタスク」合計が概して低く,緩やかな採点法 B でも中位群で正答率が 32.5%にしか届かなかったことによるかもしれない。
さらに上位群については,「聞き取りタスク」の正答率が 93.4%であったことが分かっている(表3)。
その高い「聞き取りタスク」合計から予測されるのは「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計でありβ値も 0.64 と高いが(表8),「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計については有意な結果が得られなかった
(表 9)。このことから,上位群のレベルまで音韻認識が発達すれば,厳密な採点法 A で測定される語全体の綴りの正確さにその影響が現れるが,緩やかな採点法 B による結果には音韻認識の発達レベル
の違いが顕著には反映されなかったと推察できる。
「聞き取りタスク」のターゲット音の位置別得点,すなわち「はじめの音」の認識項目と「おわりの音」の認識項目それぞれの得点を独立変数とし,従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計得として強制投入法により行った単回帰分析の結果を表 10,従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計とした結果を表 11 に示す。
表 10 従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 A〕合計とした重回帰分析結果
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SE B |
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SE B |
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SE B |
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SE B | β | ||
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0.06 | 0.54*** |
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0.27 |
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0.15 |
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0.07 |
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0.07 | 0.43*** |
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0.54 |
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0.18 |
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0.06 |
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表 11 従属変数を「書き取りタスク」〔採点法 B〕合計とした重回帰分析結果
全児童(n = 86) 上位群(n = 28) 中位群(n = 31) 下位群(n = 27)
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SE B | β |
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SE B |
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SE B |
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SE B |
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0.51*** |
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0.35 |
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0.36 |
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0.46*** |
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ここでは「聞き取りタスク」における「はじめの音」と「おわりの音」認識の予測力の違いに着目する。全児童の結果が,群別の結果における低い調整済 R2 値とは異なり,表 10 の「書き取りタスク」
〔採点法 A〕で調整済 R2 = 0.61***,表 11 の「書き取りタスク」〔採点法 B〕で調整済 R2 = 0.60*** と高い精度となっている。このことから,全児童の結果を踏まえて「はじめの音」の認識の予測力の方が高いことが指摘できる。実は児童全体と群別いずれにおいても,「聞き取りタスク」の「はじめの音」と「おわりの音」の認識の得点を日本語と英語の項目を合計して比較すると,「はじめの音」の方が低く,難易度が高いことからも(表 1,表3),「はじめの音」の認識の予測力の高さが裏付けられる。
一方,調整済 R2 の値が低く適合性は非常に高いとは言えないが,中位群について「書き取りタスク」の採点法 A とB いずれにおいても,「はじめの音」と「おわりの音」の認識の予測力が他より高く,特に「おわりの音」でより高くなっている。児童全体の傾向性とは逆であるが,これについて,中位群の音韻認識の発達レベルでは,特に「おわりの音」がモーラか子音のみかを識別できた児童が,書き取りにおいてもその違いを正確に区別して表すことができたことを示すのかもしれない。また中位群のみ,「書き取りタスク」〔採点法 A〕の「ローマ字綴り」よりも正答率の低い「英語綴り」合計の方が,「聞き取りタスク」合計との相関が高い(r = .55**)ことも関係しているかもしれない(表 6)。こうした全児童と中位群の傾向性の違いについてはさらなる検証が必要であるが,児童の「聞こえた
語をアルファベットで書き取る力」には,音韻認識の発達レベルの違いに加え,さらに別の要因,例えばサイトワード(sight word)の数や,文字や書くことへの慣れ親しみの状況などが影響する可能性を示す結果とも考えられる。
本研究では,小学 3 年生児童を対象に,国語科のローマ字指導を引き継ぎ,「文字の音への気づき」を促すアプローチにより高めた音素レベルの音韻認識と,日本語と英語を聞き分けながら「聞こえた語をアルファベットで書き取る」力との関係を明らかにすることを試みた。英語の語を書き取ることは,まだ英語の綴りを体系的に学んでいない対象児童にとって invented spelling となる。英語を母語とする子どもと同様に,日本語を母語とする児童にとっても,音韻認識を高めることで英語の初期読み書き技能獲得が促進されるならば,今後の小学校英語教育における文字や読み書き技能の指導のあり方を考える上で重要な示唆となる。
結果から,児童全体において「聞き取りタスク」と「書き取りタスク」の得点間には,認識すべきターゲット音の位置や,書き取る語の言語に関わらず比較的高い相関があり,中でも合計得点間には非常に高い相関が確認された。相関係数が高いことは必ずしも因果関係があることを意味しない。しかし,英語を母語とする子どもを対象とした研究から音韻認識と初期読み書き技能の発達に双方向的な促進関係が指摘されていることを踏まえれば,日本語を母語とする児童に対して焦点化した音素レベルの音韻認識指導を行うことにより,英語の初期綴りの発達が促されると期待できる。
その際,本調査により語の「はじめの音」の認識が「書き取りタスク」得点を予測する可能性も指摘されたことから,児童が音声で慣れ親しむ語の「はじめの音」を取り出して残りの部分と分割して聞かせたり,それを実際に発音させたりしながら音素単位の音に気づかせ,そこから音と文字との対応関係の理解へと発展させることが有効と考えられる。さらに「聞き取りタスク」の得点が「書き取りタスク」の得点を効果的に予測するためには,少なくとも本調査の中位群以上まで音韻認識が発達した段階からであることも結果から読み取れる。このことからも,英語の読み書き技能導入までに,音声を中心とするタスクで音韻認識などのレディネスを十分に整えておく重要性が裏付けられた。
今後の課題として,認識タスクのみではなく産出タスクを含めた音韻認識の包括的な測定や,アル ファベット知識など invented spelling を行う際に影響を及ぼす要因の統制といった手法の改善がある。それにより,英語の初期読み書き技能の体系立った指導法考案に必要なデータの蓄積が必要である。最後に,教科間の連携の意義について触れておく。小学校学習指導要領解説(平成 29 年告示)外国
語・外国語活動編(文部科学省, 2017a)には,「児童の実態によっては,第 3 学年の国語科で日本語のローマ字表記を学習していることを踏まえ,例えば「カ」が ka と書かれていることから /k/ の音など,英語の文字の音を想起させたりすることは,読み方を推測させる上で有効な支援」(pp. 105-106)と述べられている。また小学校学習指導要領解説(平成 29 年告示)国語編(文部科学省, 2017b)には,第 3 学年のローマ字の指導において,「日本語の音が子音と母音との組み合わせで成り立っているこ
とを理解することが重要」(p. 79) と記されている。これらを受け,本研究ではローマ字指導と組み合わせて英語の初期読み書き技能獲得に必要な音韻認識指導を実践したが,言語能力の育成に関わる教科として,国語科と外国語科で指導を連携させることで相互に資することも大きいと考えられる。
本研究は科研費(基盤研究(C)21K00790)の助成を受けたものである。また本調査の実施に際しては,A 小学校の校長をはじめ,第 3 学年の担任の先生方,その他の先生方,児童の皆さんの多大なるご協力をいただきました。ここに感謝の意を表します。
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