抄録
本論文では,すでに経済的価値を失った山野の汚染が,村落社会にとってなぜ大きな問題となるのかを検討したものである。人びとの生活と森林との関係を非日常・日常の両面から,歴史的に検討した結果,つぎのことがわかった。すなわち,非日常という観点からは,山野が災害時の生活保障に重要な意味をもってきた。農業は自然に左右されてしまう不安定さを内包しているが,それに対応するために,家単位でも村単位でも対策がなされてきた。とくに村が主体となって,森林の計画的利用がなされてきたことを示した。つぎに日常という観点からは,日常食に用いる食材の約半数を山野から得てきたことを指摘した。山野の領域があることにより,食生活の豊かさ,ひいては食文化の豊かさが担保されていた。これらの事例研究から明らかなように,山野は村落社会にとって,その安定性・持続性と密接にかかわるきわめて重要なものであり,経済的価値だけでははかりえないことに留意しなければならない。