日本林学会大会発表データベース
第114回 日本林学会大会
セッションID: K05
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T14 野生動物と樹木の種間関係をときほぐす
はやく発芽したブナは多く生き残るのか?(I)  
発芽タイミングがコホート構造に与える影響
*阿部 みどり本多 彩子箕口 秀夫
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抄録
1. 目 的  樹木の生活史において、更新初期はもっとも個体数の減少が大きい重要なステージである(Hercombe 1987)。加えて、更新初期の実生発生フェノロジーは更新初期の動態を左右する重要な要因である(Seiwa 1998)。発生が早い実生は発生が遅い個体と比較して、発生当年の生存率が高まるといわれており、その原因は、光合成期間の増加や個体間での空間的競争といった物理的な要因と(Miller et al. 1994; Jones et al. 1997)、発生が遅い実生に対する選択的な菌害やげっ歯類による捕食という生物的な要因が挙げられる(Seiwa 1998)。 ブナのように野ネズミによる捕食が落下後の種子のデモグラフィーを大きく左右している樹種は、実生定着後も実生の捕食によりコホートの生存率が著しく減少する (例えばAbe et al. 2001)。東北日本では、主に生息する野ネズミはネズミ亜科 (Miurinae)であり、草食性であるハタネズミ亜科 (Microtinae)に属する野ネズミは一時的に生息するのみである(Miguchi 1988)。このように、主な実生捕食者が種子捕食者である場合、ブナの実生捕食は発生直後の子葉が柔らかい時期に限定して生じる(Abe et al. 2001)。これらのことから、野ネズミによる捕食が子葉展開直後の実生に集中している間に本葉を展開することにより、発生時期の早い実生は時間的に捕食を回避できる可能性がある。そして、ブナのような樹種にとっては実生発生フェノロジーが捕食を回避するメカニズムとして機能する可能性がある。 本研究では、ブナ個体群の実生発生初期のフェノロジーと実生の捕食との関係を調べ、発生時期が早いブナ実生の捕食回避の可能性と個体群維持への寄与率を検討する。そのために、個体群全体でのブナの実生発生初期動態、ブナの生育段階ごとの野ネズミによる捕食、そして、実生の発生時期と死亡要因と生存率の関係について調査する。2. 調査地と方法 2001年5月上旬から10月までの間、十和田外輪山のブナ林で調査を行った。 個体群レベルでのブナ実生発生初期の動態と、各個体についての生発生時期と死亡要因、そして生存率との関係を明らかにするために、実生の追跡調査を行った。1haの方形区内に設置した実生枠(1__m2__)72個において、ブナの実生の追跡調査を行った。各実生枠に発生した当年生実生を個体識別し、その生存を追跡調査した。センサスの際には、新規個体と前回まで生存していた個体の生・死を調べ、死亡した個体については可能な範囲で死亡要因を記録した。3. 結果・考察 個体群での発生初期フェノロジーの推移を見てみると、実生発生密度は数日間の間に急激に増加し、発生し始めてから約2週間後にはピークを迎えた。ピーク後、発生実生速度は急激に減少した。 実生の発生日ごとに死亡要因を見てみると、発生時期が早い個体群ほど捕食される割合が低い傾向があったが、立ち枯れにはその傾向が認められなかった。生存率との関係を見てみると、発生が早い個体群は捕食率が低いため、生存率が高いことがわかった。しかし、秋に生残した個体群に占める発生日別個体群の割合を見てみると、必ずしも発生が早い個体群が高い割合を占めるわけではなく、発生のピーク時に高密度で発生した個体群も高い割合で生残していた。すなわち、ブナの当年生実生コホートは、発生が早い個体群と発生のピーク時に一斉に発生した個体群により構成されることがわかった。 ブナの生育段階と野ネズミによる捕食の関係を見てみると、野ネズミは5月上旬の種子が多く残存する時期には選択的に種子を捕食し、残存種子密度が低くなると選択的に子葉が展葉直後の実生を捕食していた。そして、その際の捕食速度は子葉が硬くなり本葉が展葉した実生よりも子葉が柔らかい実生のほうが高く、さらに実生捕食速度よりも種子捕食速度が高いことがわかった。このことにより、発生時期が早い個体群は捕食を回避できたことがわかった。 以上の事から、大豊作時に発生が早い個体が存在することがブナの捕食を回避する重要な要因であり、発生時期が早い個体群と発生時期に明瞭なピークを持つことがコホートの形成に重要であることがわかった。その際、ブナの実生は数日の期間に時間的に捕食者にとっての捕食対象とその数を変化させ、個体群を維持していると考えられた。
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© 2003 日本林学会
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