日本林学会大会発表データベース
第114回 日本林学会大会
セッションID: R06
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T13 森林の分子生態学--植物,菌類そして動物--
大きな種子は血縁集団の分布パターンを規定するか?
面積110haの集水域におけるトチノキの遺伝構造解析
*斎藤 大輔井鷺 裕司川口 英之舘野 隆之輔
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キーワード: 遺伝構造, トチノキ, 血縁度
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抄録
 渓畔林を構成するトチノキは虫媒・重力散布の高木種である.種子は重力散布種の中でも特に大きく,落下後小動物によって二次散布される.このため,トチノキ個体群では,種子散布による遺伝子流動が尾根により制限され,谷毎に分化した遺伝構造が形成されていると考えられる.そこで本研究では,複数の谷を含む面積110haの集水域におけるトチノキ個体群を対象として,その遺伝構造をマイクロサテライトマーカーにより解析し,遺伝構造を規定する要因を検討した.  調査地は,成熟したトチノキ個体群が広範囲に分布し,複数の谷が入り組んで存在する京都大学芦生演習林上谷上流域(110ha)とした.調査地内の全繁殖個体から葉を採取し,5個のマイクロサテライト遺伝子座(Minami et al., 1998)において遺伝子型を決定した.本研究では,調査地全体のトチノキを全個体群とし,各谷毎の集団を6つのサブ個体群として認識した.全個体群において,固定指数と個体間血縁度を算出し、個体間距離と血縁度の関係を検定した.次に,地形が血縁構造に与える影響を検討するため,全てのサブ個体群間で血縁関係が全体から異なるか検定した。最後にサブ個体群内の血縁構造を検討するため,サブ個体群毎に血縁度と地理的距離の相関を検定した.また,サブ個体群毎に最近接個体間距離と血縁度の平均値を求め,両者の相関を検討した. 得られた固定指数から,全個体群レベルではHardy-Weinberg平衡が保たれている事が明らかになった.また,個体間距離と血縁度の間には有意な負の相関があり、個体間距離150m以内の個体間で有意に血縁度が高かった. サブ個体群間の血縁関係を検証した結果,ほとんどのサブ個体群間(15組合せ中13組)において全体から有意に異なる血縁関係は見られなかった.ほぼ全てのサブ個体群で個体間距離と血縁度の間に有意な負の相関があった。また,サブ個体群内の最近接個体間距離とサブ個体群内の平均血縁度には有意な負の相関が見られた. 全個体群,サブ個体群ともに個体間距離と血縁度に負の相関があり,また個体間距離150mまでの個体間の血縁度が有意に高いことから,トチノキ個体群では制限された種子散布を反映して,局所的な血縁集団が形成されていると考えられる.サブ個体群に見られた,最近接個体間距離と平均血縁度の負の相関は,近距離の個体が多いほど,隣家受粉や種子散布の重複が多くなり,その結果集団全体の血縁度が高くなるために起こると考えられる. 一方,ほとんどのサブ個体群間の血縁度は、全個体群の血縁度と有意な差がないため、本調査地のトチノキ個体群は、谷毎に分化していないといえる.これは,ランダムな長距離花粉散布によって,血縁集団の分化が抑制されているためと考えられる.以上から,トチノキ個体群の血縁構造は,制限された種子散布距離により形成される局所的な血縁集団の分布と,長距離の花粉流動による血縁構造の均質化の効果によって規定されると考えられる.   
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© 2003 日本林学会
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