抄録
スギの造林用実生苗の生産に用いる種子の多くは、採種園から供給されている。採種園は、各地域別に選抜された精英樹と呼ばれる優良個体で構成され、自然交配によって種子を生産する。現在、日本で使用されている採種園は、戦後の育種事業発足当初から造成されている従来型採種園と、作業の効率化や育種年限の短縮のために導入されたミニチュア採種園がある。設計様式の異なる2タイプの採種園の遺伝子流動はどのように異なるのか?また、同タイプの採種園でも採種園周辺の環境の違いで遺伝子流動は変化するのか?これらの不明な点を明らかにすることにより、より高い品質の実生苗を供給することができる採種園への遺伝的改良の基礎データを得ることができる。本研究ではマイクロサテライトDNAマーカーを用いて以下の点に着目して調査した。1)採種園外からの花粉の混入率と自殖率2)構成クローンの父親としての寄与の偏り 本研究では3つの従来型採種園A,B,Cと2つのミニチュア採種園D,Eを使用した。解析は採種園あたり12母樹、1母樹あたり30の種子を対象に行った。DNAは、各調査区内に植栽されている全構成クローン及びシャーレで発芽させた実生から改変CTAB法及びCTAB法を用いて抽出した。抽出したDNAを鋳型にマイクロサテライトマーカーでPCR増幅し、ABIPRISM 310, 3100で解析を行った。 解析に使用したマイクロサテライトマーカーは高い多型性を示し、すべての採種園で総父性排斥率は0.999と遺伝子流動の解析で父親を十分に特定できうる値を示した。全構成クローンと実生の間で遺伝子型を比較した時、実生が持つ母樹以外の対立遺伝子を区画内の構成クローンが持っていない場合、区画外からの花粉の混入とみなした。その結果、平均区画外混入率はAで65.8%、Bで47.8%、Cで35.0%、Dで40.8%、Eで50.0%であった(Table 1)。これらの混入率は採種園周辺のスギ林の面積と関係があり、採種園の造成場所の選定が重要であることが示唆された。混入率の違いは採種園のタイプ間では観察されなかった。平均自殖率はAで1.4%、Bで2.2%、Cで4.4%、Dで1.7%、Eで4.4%であった。これらの値は海外の他の針葉樹種とほぼ変わらない。自殖率は、1ラメットあたりの着花量が異なるのでタイプ別に考えなければいけないが、採種園に導入されているクローン数と関係があるのではないかと考えられた。また、園内の構成クローンの父親としての貢献度は、全ての採種園で大きな偏りがあり(Fig. 1)、貢献度の高い構成木上位3クローンで生産種子全体の約25.1-46.5%を占めた。園内の遺伝子流動は、各クローンの相対的な花粉量や開花フェノロジーの影響をうけると考えられた。