抄録
近畿地方では古くから文明が栄えてきたため、長期間に渡って周辺森林からの有機物や養分の収奪が行われてきた。そのため明治時代には禿山が広がっていたが、現在では緑化によって植生回復し、コナラを中心とする落葉広葉樹二次林が多数存在している。近年の都市環境の急速な悪化に伴い、そうした里山広葉樹二次林の存在意義は高まってきているが、自然科学的なアプローチは少ない。リターフォールは森林の物質循環の重要な過程であり、それによる養分還元量は森林生態系の物質生産を支えており、特に窒素は生物の生産に関わる基本的な構成要素であるために、窒素の循環量はその生態系の栄養状態を示す指標になると考えられる。本研究では近畿地方に広く分布する、禿山から緑化によって植生回復した落葉広葉樹二次林の物質的基盤を解明するために、リターフォールとリター中の炭素・窒素含有率の測定を行い、その年間量や季節変化の特徴を明らかにすることを目的とした。京都府相楽郡山城試験地のコナラを主要木とする落葉広葉樹二次林小流域(1.6ha)内に20個のリタートラップを設置し、1999年9月から毎月回収を行った。山城試験地の土壌は花崗岩由来の未熟土で土層も全般的に薄く、貧栄養である。回収したリターはフラクション別にわけ乾燥重量を測定した。なお、10個のトラップを選び、2000年9月から1年間のリターについてNCアナライザーを用い炭素・窒素含有率の測定を行った。年間のリターフォール量は5.01__から__5.28t/ha、平均5.14±0.14 t/ha・yrであった。その内落葉量が62.7__から__70.6%を占め、平均3.39±0.29 t/ha・yrであった。全国のコナラ二次林12林分の平均落葉量は3.72±0.69 t/ha・yrであり、山城の落葉量平均3.39±0.29 t/ha・yrは平均量といえる。しかし山城試験地のような暖温帯に位置するコナラ二次林の平均落葉量4.18±0.61 t/ha・yrと比較すると、山城試験地の落葉量はかなり少ないと思われる。リターフォールの季節変は年に2回、コナラなどの落葉樹葉による秋のピークと、ソヨゴ・アラカシなどの常緑広葉樹葉による春のピークが見られた。これは山城のような暖温帯に位置し、照葉樹を中下層に持つ落葉広葉樹林の季節変化の特徴だと考えられ、同じコナラ二次林でも冬期の気温条件によって照葉樹の生育を許さぬ地域の落葉広葉樹林では春に落葉による大きなピークは見られない。葉リターの年変動は小さかったが、枝やツル、樹皮のリターについては年変動も大きく、季節変化のパターンは見られなかった。それらは強風や豪雨などの物理的な要因で落下するためだと考えられる。生殖器官リターについては、秋と春と年に2回ピークを示したが、種子、花の両者共、年変動が大きかった。炭素含有率に関しては、明確な季節変化は見られなかった。大きな差は見られなかったが、フラクション毎に安定した値を保った。窒素含有率に関してはフラクション毎で値は異なり、また季節変化も大きかった。葉リターについては、落葉広葉樹葉と常緑広葉樹葉とで季節変化のパターンが大きく異なった。落葉広葉樹葉では落葉前から落葉のピークにかけて窒素含有率の低下が見られ、これは落葉の前に葉内の窒素が樹体内に回収されたためだと考えられる。また春に向かって上昇傾向を示したが、これは生育初期の養分含有率の高い新葉が物理的な要因で落下したためだと考えられる。常緑広葉樹葉リターでも落葉のピーク時における含有率の低下傾向や、新葉展開期における含有率の上昇傾向は見られたが、落葉広葉樹葉程明らかなではなく、年間を通じて比較的低い値を保った。これは常緑広葉樹には、ヒサカキのような年間を通じて落葉を行う樹種が存在するためだと考えられる。養分還元量はそれぞれの含有率にリターフォール量を乗じて算出した。その結果、山城試験地では、年間に窒素55.5kg/ha、炭素2.67t/haが林地に供給され、その内落葉によって、それぞれ60%。59%が占められた。年間還元量を年間リターフォール量で除することで年平均養分含有率を求めた結果、葉の窒素含有率に関してはツル葉、落葉広葉樹葉、常緑広葉樹葉、常緑針葉樹葉の順に高い結果であった。山城試験地の葉リターの年平均窒素含有率は1.09%で、全国のコナラ二次林4林分の年平均窒素含有率1.18±0.23%と比べ大きな差はないと考えられる。しかし山城試験地では、落葉量が少なかったことから、落葉による窒素還元量は31.22 kg/ha・yrであり、各地の平均窒素還元量41.89±6.52kg/ha・yrに比べ極めて少なかった。なお、全窒素還元量を比較すると、各地の平均窒素還元量57.60±2.68 kg/haであり、あまり差はないと言える。山城試験地では、落葉量が少なかったことから、落葉による還元量は少ないが、それ以外のリター量が他の林と比べても多かったために、全体の窒素還元量では差が見られなかったと考えられる。