抄録
日本の森林観は,この50年間の間に180゜変わってきた。問題は,木の生長に比べてあまりに早く変化する社会の森林観にある。すなわち人間が森林を利用するという人間中心主義の時間的概念からでは,それをはるかに越える長期間の森林管理を継続することができない。それゆえ,これからの森林管理には,社会の森林観がいくら変化しようとも,決して変わらないバックボーンが求められる。その哲学のひとつとして「生態系を健全に保つ」ことを目標とする環境倫理の考え方を適用する。環境倫理は人間が自然環境との関係を改めることを求め,人間が自然生物を利用するにあたっての4つの基準を提供する。持続可能な森林管理は,ゾーニングに始まり,機能区分された林分について,施業法を選択し,基盤整備を計画し,使用する機械類と作業システムを選択し,作業を実行する流れで行われる。これら全ての段階に環境倫理は明確な基準と判断を示す。環境倫理の観点からゾーニングを考えると,まずゾーニングは人間の都合で機能区分を変更することのできないハードゾーニングと,人間側のニーズに合わせて優先度の変更がある程度可能なソフトゾーニングに分けられる。ハードゾーニングとしては「保護すべき生態系」が最優先される機能である。次に,国土保全上の配慮をすべき地域が続く。ソフトゾーニングでは,自然生物利用の4つの基準から,公益的機能,木材生産機能,レクリェーション機能の順番になる。ゾーニングは対象とするスケールによって,考えるべき機能が空間的にも時間的にも異なってくるが,環境倫理上は上記の優先度がいずれのスケールにおいても基本的には遵守される。しかしながら,スケールによって各機能の中で考慮すべき対象は異なってくる。各スケールの中でゾーニングする際になにを対象と考えるべきか,地域の特性を重視しながら環境倫理の観点から慎重に選択されることになる。以上のようにゾーニングに環境倫理の視点を入れることにより,その意義が明確になり,困難な優先度の決定にも有効な判断基準を提供することができる。