抄録
はじめに:持続的な森林管理の基準として、生物多様性の保全の重要性がうたわれている。だが、求めるべき生物多様性がいかなるものなのかについては、依然多くの論議があり、それを考えるための科学的情報の蓄積も不十分である。 長い人間活動の影響下で、我が国の森林地域のランドスケープは、管理の方法が異なるさまざまな構成林分のモザイクとなっている場合が多い。また、それぞれの構成林分は、時間的に変化していく。森林管理・施業がいかに生物多様性に影響するか?地域での生物多様性の保全に貢献する望ましい森林管理オプションとは?という問いに答えるためには、個々の林分レベルでの生物多様性の変化を明らかにした上で、それらの林分が構成するランドスケープレベルでの生物多様性を評価し、その保全を考えることが重要となるだろう。 私たちは、冷温帯落葉広葉樹林とスギ、ヒノキ人工林がモザイク状のランドスケープを構成する阿武隈山系の南端部で、複数の生物群について、森林の管理と生物多様性の関係の研究を行っている。今回は、伐採からの年数の異なる落葉広葉樹林とスギ林の森林植物群集の構造と組成を比較し、森林伐採が植物の多様性に及ぼす影響を評価することを目的として発表を行う。方法:関東平野北部、阿武隈山系南端の茨城県北茨城市小川周辺及び里美村において、スギ林と落葉広葉樹林の両森林タイプについて、林齢別の調査地を設定し、森林構造・植物多様性の調査を行った.。調査林分数は、広葉樹林16林分、スギ人工林(一部ヒノキを交える)11林分の合計27林分と草地2か所である。林齢の幅は、皆伐直後の林分から、広葉樹林では、100年生以上とされているold-growthな保護林、スギ林では76年生の高齢林にまでわたっている。保護林を除き、皆伐後に再生ないし植栽された林分であると記録されている。 各林分において、幅10m、長さ100mのライントランセクトをとり、その中の各々5m×5mのコドラートに出現した胸高直径5cm以上のすべての木本植物のサイズと種名、高さ2m以上のすべての木本植物の種名、各コドラートに設定した1m2のサブコドラートに出現する林床植生の被度・種名を調査・記録した。結果と考察:林齢は、撹乱後の時間経過という意味を持つが、林床植物を含めた生物群の多様性は直接的には、ハビタットとしての森林構造との関係が強いことが期待される。調査林分について、林齢と最大DBH、平均DBH、個体数密度、胸高断面積合計などの森林構造パラメータとの関係を見ると、それぞれ一定の対応関係が認められたが、広葉樹林では保残木の存在と地形、スギ人工林では間伐が一部のパラメータでの対応関係を乱していると考えられた。また、これらのうち林齢と最大DBHの関係は、スギ林、広葉樹林がほぼ同じライン上に並んだが、他のパラメータについては両者が異なるパターンを示した。スギと広葉樹の生育特性、森林管理の履歴、また地形が、林齢と森林構造の関係に影響している。 林齢の変化に対応した出現種数の変化パターンは、2m以上の木本種については、広葉樹林とスギ林で異なった。広葉樹林では、伐採後しばらくして最大になり、その後穏やかに減少した。他方、スギ林では、伐採後10年程度で除伐を受ける前に最大となり、その後林冠の閉鎖とともに急速に減少し、その後増加した。いずれのタイプでも、若齢時の高い木本種数には、ツル植物と低木種が貢献していた。胸高直径5cm以上の樹木種数は、広葉樹林では林齢の増加とともに増加するが、スギ林では一貫して少ない。 林齢の変化に対応した林床植物の出現種数の変化パターンは、スギ林では2m以上の木本種と同じく、伐採後10年程度で除伐を受ける前に最大となり、その後林冠の閉鎖とともに急速に減少し、その後増加した。広葉樹林についても、地形の影響でパターンがやや不明瞭だが、同様に、伐採後に増加した種数が、一旦低下した後、ゆるやかに増加するという傾向が認められる。両森林タイプにおいて、光環境を反映すると考えられる胸高直径5cm以上の樹木の幹密度と、林床植生の種数は、負の相関関係を示した。 2m以上の木本種の組成によるクラスター分析の結果、スギ林と広葉樹林は分離し、また広葉樹若齢林が特に異なる組成を持つことが示唆された。広葉樹林の木本種の組成は、林齢でかなり説明できることがDCAの結果、示唆された。