日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: J01
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林政 II
中国福建省の山地農村における土地利用と生業の変遷
建甌市東游鎮S集落を事例に
*葉 勝億
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抄録

1 研究の背景と目的 1978年中国は改革開放路線に突入した。市場経済が段階的に導入され、農業は人民公社による集団的経営から各家庭による個別経営へと移行した。この過程で中国は都市と農村の間における貧富の差の拡大、農村から都市への人口流出といった現象を伴いながら高度経済成長を続けている。 こうした大きな変化の過程の中で山間地農村における土地利用と生業はどのように変化してきたのかを明らかにすることが本研究の目的である。2 調査地の選定と概要 南方集体林10省区は森林の大部分が集体林から構成されている。集体林は農民の森林に対する関与が大きいという点、人工林や経済林が多く、林産業が盛んであるという点において興味深い。当地域の林産業は1985年の木材開放の実施を機にそれまで国により統一的に調達、販売されていた木材の流通が自由化され、木材流通が大変活発になった。 当地域のなかでも山地、丘陵が多く、特に森林資源が豊富で林産業が盛んな福建省に着目する。調査地として建甌市東游鎮T村に属するS集落を選択した。 当集落は標高800mの山間地にあり、気温が低く中国南部では一般的な米の二期作ができない。現在12戸33人が常住している他、不在村者も多い。1986年に車道が開通するまでは極めて交通の便が悪かった。3 調査の方法 2002年の2月から2003年の8月までの期間に6回S集落を訪問、滞在し村人に対して土地利用と生業の変遷についての聞取りを行い、土地利用図を作成することを目的としてGPS端末を用いた簡易測量を行った。4 土地利用と生業の変遷 当集落の土地利用と生業は1986年の車道開通以降大きく変化する。車道開通前の当集落は自給用米生産が土地利用、生業の中心であった。反収が低く、自給に足りるだけの生産ができない年もあった。車道開通前にも松材などの商品生産が行われていたが、あくまで農閑期の副業であり生産量は少なかった。雇用機会も少なく、衣服も不足するほど貧しい村だったという。 米生産を主業としてきた当集落だが、農民に水田が分配された1981年以降、耕作面積は一貫して減少を続け、現在はかつての1/5程度にまで減少している。これは彼らの生業構造の大きな変化を反映している。木材開放により木材の市場価値が高まったことと、車道が開通し交通の便が良くなったことが相俟って松の伐採が急増する。天然林の林木所有権を有さない村人は木材を直接販売するのではなく伐採と運搬の労務に携わり、労働報酬が支払われた。伐採は急速に進み94年には材として価値のある松はほぼ伐り尽くしてしまった。車道開通と前後して栗園の開発も行われるようになった。栗園の開発は開発した者が栗の木の所有権を得るという原則の元で村人自身によって行われた。96年から2001年頃最も活発に開発された。また、2001年頃からそれまであまり利用されていなかった竹林を手入れし、タケノコを生産するようになってきた。車道開通後、当集落の土地利用、生業は自給用の米生産から松の伐採と運搬の労賃収入へ、そして栗園経営、竹林経営へとシフトしてきた。 こうした過程の中で村人は以前よりは豊かになった。ところが一方で村を離れて生活する者が90年代後半に急増する。家族を引き連れて出た者が8戸24人、単身で離れた者が10人いる。ただし、単身で出た男性1人、女性2人が大都市へと出ている他は、鎮、鎮周辺に出るにとどまっている。彼らのうち家族で出た8戸すべて、単身村を出た男性の内4人が集落内に竹林、栗園を残したまま村を出て、時々管理をしに戻ってくる。村を出た者のほとんどが40代以下の若い世代であり、単身村を出た男の内5人が村を出たあと結婚している。村を出た者の中には栗園、竹林の経営面積の多い者は少ない。5 まとめ 村人は松伐採の収入が得られなくり、新たな現金収入を求めて村を出たと考えられる。村人の多くは集落は辺鄙で退屈であると考えている。そのため、特に栗や竹林の経営面積が大きく十分大きな収入を見込める者は栗園竹林の経営に専念し、そうでない者のうち意欲ある者は村を出て新たな現金収入の獲得の手段を探す。ところが彼らのほとんどが大都市ではなく鎮や鎮周辺に出ている。こうして「集落で経営している栗園、竹林からの収入を維持するために遠くの大都市ではなく、集落からさほど遠くなく、時々管理をしに戻ってくることができる鎮周辺に移住する」という構図が形成されていると考えられた。また栗園、竹林は粗放な経営をしてもある程度の収穫が見込めるということ、人口が少ないため、一人が保有しうる栗園、竹林面積が比較的大きい事がこうした生業形態を可能にしていると考えられる。

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© 2004 日本林学会
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