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第115回 日本林学会大会
セッションID: L15
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T6 森林の分子生態学
低密度樹種カツラの遺伝子流動と遺伝構造
*佐藤 匠井鷺 裕司崎尾 均大住 克博後藤 晋
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抄録

1. 目的
渓畔林を構成するカツラは (Cercidiphyllum japonicum) は、風媒・風散布の繁殖様式を示す雌雄異株の高木で、純林を形成することはないが低密度で安定して存在している。繁殖個体の多くが多数の萌芽幹を有し、長期間の個体維持が可能であるが、実生の定着は鉱物質土壌の裸地に限られており、個体群の更新は稀に起こる大規模な斜面崩壊などの撹乱を利用したものだと考えられている。カツラ個体群にはこれらの特徴的な種特性を反映した遺伝構造の形成が予想される。
  そこで本研究では、カツラ個体群の遺伝構造と、その形成過程である遺伝子流動を明らかにすることを目的とし、マイクロサテライトマーカーを用いて、(1)当年生実生の親子分析、(2)局所個体群における遺伝構造、(3)複数の個体群を包含する地理的スケールの遺伝構造について解析をおこなった。

2. 方法
(1) 局所個体群における遺伝子流動を明らかするために、森林総研カヌマ沢渓畔林試験地を含む約20haの成熟した渓畔林を調査地として設定した。調査地内の雌株19個体、雄株30個体から、DNA抽出用のサンプルとして葉を採取した。また、7個体の雌株を選び、その樹冠下に発芽した当年性実生を各地点につき約30個体採取した。それらの遺伝子型を5ペアのマイクロサテライトマーカーを用いて決定し、当年生実生の花粉親および種子親を推定した。
(2) 局所個体群内の遺伝構造を明らかにするために、カヌマ沢試験地内の全繁殖個体ペアの血縁度と個体間距離の相関について解析した。
(3) 地理的スケールの遺伝構造を明らかにするために、北海道から九州までの6集団(北海道音威子府村、北海道富良野市、岩手県胆沢町、埼玉県大滝村、広島県廿日市市、大分県九重町)から各集団につき30_から_150個体のサンプルを採取した。集団の対立遺伝子頻度から遺伝的距離を算出し、集団間の遺伝的距離と地理的距離の相関について解析した。

3. 結果
(1) カツラは雌雄異株性であるため、マイクロサテライト5遺伝子座を用いた解析で効率的に種子親と花粉親を推定することができた。その結果、花粉流動は近接個体間に制限されておらず、約20haの調査地内で活発に起きていることが明らかとなった。また、尾根を越える花粉流動と種子散布が確認された。実生は特定の雌株樹冠下から採取したものであるが、採取地点の雌株以外からの種子散布に由来する実生も存在した。
(2) 局所個体群内の遺伝構造を解析した結果、個体間距離と血縁度の間に有意な負の相関はなく、調査地のカツラ個体群には遺伝構造が存在しないことが明らかとなった(図1)。
(3) 全国6集団間の遺伝的距離と地理的距離には有意な正の相関があり、地理的スケールにおける遺伝構造の存在が明らかとなった(図2)。しかしFstの値は非常に小さく、集団全体の分化の程度は低いものであった.

4. 考察
 親子分析により、カツラの花粉流動が風媒という花粉散布特性に対応して、20haの調査地においてほぼランダムに起きていることが示された。このような広範囲の花粉流動は低い個体密度において繁殖を成功させるうえで重要である。また、数百メートル程度の近距離に遺伝構造が存在しないことから、調査地の個体群の更新過程において、セーフサイトに複数の母樹からの種子散布が重複したと考えることができる。また、日本列島を縦断する地理的スケールにおける低い遺伝的分化は、広範囲の遺伝子流動の効果に加え、雌雄異株性であるために完全に他殖であること、また、萌芽による長期間の個体維持によって1世代の時間が長いことなどを反映したものと考えられる。

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© 2004 日本林学会
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