日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: P1002
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生態
富士山に生育するミヤマヤナギ(Salix reinii)集団の核・葉緑体SSRマーカーによる遺伝分化解析
*宮下 直哉練 春蘭宝月 岱造
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抄録

1.はじめに
 富士山は我が国の最高峰であり、数多くの噴火を繰り返してきたことが知られている。その亜高山域に生育するミヤマヤナギ(Salix reinii Franch. et Savat)は噴火によって生じた裸地の一次遷移系列において最初に侵入する木本種であり、低養分土壌や乾燥、低温、また侵食といった厳しい環境をニッチとする非常に興味深い生態的特徴を持っている。
 個体識別や母系解析が可能な遺伝マーカーが開発されたことで、1707年の宝永噴火によって完全に植生が失われた富士山御殿場口におけるミヤマヤナギの遺伝的構造や繁殖の様子が明らかにされた(Lian et al. 2003)。しかし、約300年の間に調査地外部から侵入したと考えられる種子の由来や、山域全体での集団間の遺伝的交流を明らかにするためには、さらに広範囲での調査が必要とされる。
 本研究では富士山に生育するミヤマヤナギの分布全域にわたって、核・葉緑体SSRマーカーによる解析を行うことで遺伝的交流、分化を明らかにすることを目的とした。
2.材料と方法
 2003年夏に富士山のミヤマヤナギ7集団(吉田口、須走口、獅子岩、御殿場口、富士宮口、スバルライン4合目、スバルライン5合目)のサンプリングを行った(Fig.1)。栄養繁殖した同一個体からの重複をさけるために、最低10m程度の間隔をあけ、またパッチ状に生育している場合はパッチ内で一個体のみという条件で1集団あたり17-36個体、合計165個体から新鮮葉を採取した。シリカゲルによる乾燥の後、改良CTAB法でDNAを抽出し、以降の解析に用いた。
 核SSRマーカーにはLian et al.(2001a)で報告されたSare05、08の2座とLian et al.(2001b)によるSare12の計3遺伝子座を用い、葉緑体SSR(cpSSR)マーカーはLian et al.(2003)のCSU01、03、05、06、07の5遺伝子座を用いた。各SSRマーカーのPCR産物はDNAシーケンサー(SQ5500E, HITACHI)によってバンドサイズを決定した。
3.結果と考察
 核SSRマーカーによるPCR産物の電気泳動パターンにおいて、最大8本のバンドが得られ、御殿場口の個体群と同様に富士山全域においてミヤマヤナギは8倍体であることが明らかになった。
 cpSSRマーカーによって、165個体は19ハプロタイプに分類された。全集団でみられたタイプは1つのみであり、9タイプは特定の集団でのみみられた。また、集団ごとに優先するタイプは異なっていた。御殿場口での既報(21タイプ)と比較すると、10タイプだけを共有し、11タイプは今回みられなかった。全体にわたって分布する母系がある反面、特定の集団にのみ維持されている母系の存在は、種子の定着が非常に困難であることを意味しているのだろう。
 集団ごとの葉緑体ハプロタイプ頻度から、集団間の遺伝距離(Gregorius' distance)を計算し、PHYLIP version3.573cによって系統樹を求めた(Fig.2)。西から北にかけてのスバルライン2集団、北東方向の吉田口から時計回りに御殿場口までの4集団、富士宮口の3つのクレードに分けられた。御殿場口に新しく侵入した種子は北側の母系由来のものが主であると考えられる。

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© 2004 日本林学会
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