ブナ(Fagus crenata)は九州大隅半島から北海道渡島半島にかけて分布し、その自生地北限は黒松内低地帯に隣接する幌別山塊とされていた。ところが、2013年さらに約12km北の岩内町で新たな自生地が確認された。自生地は極めて狭い範囲に限られ周辺にブナの個体は全く確認されていない孤立集団で、2014年夏の調査時に当年生実生も含めて152個体であった。これら全個体について核SSR12遺伝子座を用いて多様度パラメータを計算した。平均ヘテロ接合体率は0.693と非常に低かった。北限地帯のブナは本州の集団に比べて平均ヘテロ接合体率が低いが、その値(0.75)と比較しても多様度の低さは明らかである。アレリックリッチネス(7.5)でも北限地帯の自生集団(8.1-10.9)に比べて極端に低下していた。結実が確認された2個体を含む成熟木8個体について葉緑体DNAを分析した結果、すべてハプロタイプAを示したことから渡島半島に分布するブナ林から派生したと考えられる。しかし、複数の遺伝子座での対立遺伝子頻度の違いなど、隔離小集団の影響が遺伝的多様性に強く現れていることが示唆された。