日本の暖温帯に生育する照葉樹林の歴史的成立過程の解明をめざして研究を行ってきた。本発表では,照葉樹林の優占樹種であるスダジイ(ブナ科)と,その堅果に特異的に産卵し,種子食するシイシギゾウムシの遺伝構造を比較解析した。特定の植物種を利用する植食性昆虫の種内の遺伝的多様性情報も用いることにより,森林の分布変遷をより詳細に追跡することができるのではないかと考えた。植物スダジイについてはEST-SSR多型を解析し,シイシギゾウムシについてはミトコンドリアDNA多型を解析した。遺伝構造を比較した結果,両者は琉球,九州以北の東地域,西地域の3地域間で遺伝的に大きく分化していることが明らかになった。このことは寄主植物と植食性昆虫がよく似た分布変遷の歴史を経てきたことを示唆している。シイシギゾウムシの集団サイズの動態を解析した結果,この昆虫は氷期の気温低下にともなって集団サイズを減少させ,その後の温暖期に急激に集団サイズを増加させたことがわかった。また,新たなレフュジア地域の存在が示唆され,分布拡大ルートも推定できた。寄主植物スダジイについても分布変遷をモデル化した結果を紹介する予定である。