抄録
観測波形から如何に雑音成分を除去し, 真の信号成分を検出していくかは、信号処理の最も重要なテーマである。工学的なアプローチの盛んな医学の分野においても、雑音に埋もれた生体信号の検出は神経生理的な研究、臨床診断への鍵となっている。本論文で提案するディジタルフィルタは、観測波形に含まれる信号、雑音のスペクトル情報から、ファジィルールを用いてフィルタの重み関数を決定していくものである。本フィルタの生体信号処理への応用として、聴性誘発反応(ABR, MLR)と耳音響放射を選んだ。これらは加算平均法により反応の検出を行なっているが、加算回数の増加のみでは充分なSN比の改善が認められない。そこで通常加算平均と併用してフィルタリングを行なっている。しかし、刺激条件等により信号成分の構成周波数が変化し、さらに雑音の性質も変化する観測波形に対しては、通常のフィルタで事前に最適な特性を決めておくことは困難である。そこで観測中の波形から信号、雑音の性質を捉えてフィルタの特性を決めていく必要がある。今回のフィルタは加算と加減算のパワースペクトル情報からフィルタを設計したが、特徴として信号と雑音の構成周波数の境界があいまいな点も考慮していることである。誘発反応と耳音響放射の処理に応用した結果は、比較的少ない加算回数で従来よりもSN比の改善された明瞭な反応を検出することができた。さらにウィナーフィルタとの比較でも、今回のフィルタの方がより効果があることが示された。