歯科の臨床現場には,器質的異常がないにもかかわらず慢性疼痛を訴えて受診する患者がいる.従来は,「特発性疼痛」,「心因性疼痛」,「非器質的疼痛」などとさまざまに呼称されてきたが,2017年に国際疼痛学会が「(組織損傷がなくても,)痛みを感知する脳の機能の異常によって痛みが生じることがある」ことを公認し,「nociplastic pain(痛覚変調性疼痛)」という概念を提唱した.痛みの機序分類では,「侵害受容性疼痛」,「神経障害性疼痛」に次ぐ “第3の痛み”という位置づけである.これを受けて,2020年に発表された国際口腔顔面痛分類第1版(International Classification of Orofacial Pain, 1st edition:ICOP-1)には,「特発性口腔顔面痛」の章が設けられ,痛覚変調性疼痛の機序が関与する可能性がある疾患として,「口腔灼熱痛症候群(Burning mouth syndrome:BMS)」,「持続性特発性顔面痛(Persistent idiopathic facial pain:PIFP)」,「持続性特発性歯痛(Persistent idiopathic dentoalveolar pain:PIDAP)」の3つの疾患がここに分類された. 一方で,あまり知られていないが,身体症状症,うつ病,パーソナリティ障害,統合失調症などの精神疾患が原因で,患者が痛みを訴えることがある.機序は明らかではないが,体感幻覚や痛覚変調性疼痛である可能性があげられている.本稿ではこれらの疾患について,症例を供覧しながら解説する.