抄録
矯正治療は元に戻す復元の医療ではなく,新しい状態に変化させる創造の医療である.そのために治療前に必ず治療目標を明確にしておく必要がある.私自身は,
1)歯列と咬合,2)機能,3)口もと,4)治療後の安定
の4点に留意し,これらすべてが相補的にひとつの状態を形づくり,結果として治療後の状態が生体的にも精神的にも無理のない心地よい状態を目指すべきだと考えている.また,当然のことながら,ここに患者の主訴改善の要素が必ず含まれている必要がある.
この目標の中で,とくに閉唇時に上下口唇に緊張が生じ,安静時に開口を示す患者には,抜歯治療による口もとの改善を勧めることが多い.加えて,経年的に歯は動き続けるために,矯正治療の結果を一生維持することは困難ではあるものの,叢生症例などにおいて,可及的な治療後の安定のために,不要の歯列拡大を避け,とくに下顎犬歯間幅径の維持を心がけることから,やはり抜歯治療を選択することが多い.
また,昨今インプラントアンカーの台頭により,あたかも補綴の設計のように,歯の移動が自由に行えるという視座から矯正治療が語られることが多く,アライナー矯正の台頭と併せて,歯科矯正の専門性は大きく損なわれている.そもそも歯科矯正治療は,矯正力に対する生体の反応を軸に構築された医療であることから,補綴的な機械論と同質で語られることはそぐわない.今回,矯正専門医として,自身の管見を述べさせていただく機会をいただいたが,これを契機にヘルスケア会員の方々に,歯科矯正治療についての見方を再認識していただければと願う次第である.