抄録
【目的】2002年度から小・中学校で新教育課程の完全実施が始まったが,中学校「技術・家庭」においては,問題解決的な学習の充実,ならびに実践的・体験的な学習活動を中心とした,指導への配慮があげられている。しかし,生徒自らの生活に結びつけられるような深い学びを問題解決的な学習として展開させるためには,問題の本質を見抜き,それらを解決するために集めた多くの情報の中から必要なものを選択し,批判的思考を繰り返す中で培われた,自らの価値判断に基づく意思決定能力の育成は不可欠であると考える。
そこで本研究では,意思決定能力を育むための家庭科教育に関して,指導者としての家庭科教師教育ならびに育成の立場から,「ニワトリを育てて食べる」という授業の是非を,家庭科教育としてどのようにとらえるのかという視点から,学生の価値判断に基づく意思決定の過程を追いながら,検討を行うことを目的とする。
【方法】本学2・3年生を対象に,平成14年度後期,筆者が行った中学校家庭科教育研究?の講義の前半部分の一部を研究対象とした受講者は,男性2名,女性10名の計12名であるが,うち2年生は1週間の参観実習を,一方3年生は,6週間の教育実習を履修済みであった。学生には講義の中で,価値判断の場面ごとに意思決定カード(プリント)を記入してもらい,そのプリントと講義での発言などを分析・考察した。
【結果および考察】価値判断を促す場面としては,?新聞記事や関連資料などを読む。?教育現場で実際に行われた同様の授業についてのビデオ視聴 ?自らの考えの主張と他者の考えを聞く ?賛成・どちらともいえない・反対の3つの主張に分かれて教室ディベートを行う ?最終的な判断を自らがくだすという授業経過をたどった。
?の段階では,賛成・どちらともいえない・反対の意見にほぼ同数で分かれており,賛成を支持する価値判断として,「貴重な体験」「命の大切さ」などがあげられていたが,反対を支持する価値判断としては,「かわいがっているものを殺す罪悪感」「育てるだけで十分」などがあげられていた。
さらに?の段階では,映像というよりリアルな現実の中で価値判断をとらえ直す中で,自らの考えをマイナス方向またはプラス方向に変更する傾向が見られた。マイナス方向に変更した学生が支持した価値判断としては,「残酷さが印象的」「他の授業方法があるかもしれない」「刺激が強すぎる」などがあげられた。
しかし?の段階では,自らの考えを変えずより強い主張となった学生も若干いたが,多くの学生が賛成・反対にかかわらず,プラス方向へ変更する傾向が見られた。それは,他者の考えを自らが柔軟に受け入れ,自らの考えにゆさぶりをかけたためではないかと推察された。また,他者の考えに触れることで,自らの考えの確実性・不確実性を再確認することも,同時に行っているのではないかと思われた。経験の大切さを認めながらも,自らが行うということには自信が持てない気がするという考えもあげられていた。さらに,たとえビデオであったとしても,?で実際の授業を疑似体験したことによって,教材そのものにしか意義を見い出そうとしていなかったところに,子どもたちの「心のケア」の必要性を挙げていたことは興味深かった。
?の段階では,さらにプラス方向へ動く傾向が見られた。教室ディベートという形式の中で,批判的思考の難しさと大切さ,自らが実際に行っていないことの自信の欠如などが,特に自らの意思決定の価値判断に大きな影響を及ぼしていることが推察された。
?の段階で最終的な価値判断となったキーワードとしては,「教材としての重要性」「教師として実践するための自信」「命の大切さは何を真の教育目標としているのか」「育てて食べる≠殺す」などがあげられた。