抄録
【目的】
浦辺史(1905~2002)は、戦前の雑誌『教育』に数々の論考を公表し、「児童問題研究会」「保育問題研究会」において、中心的に活動したひとりである。浦辺の研究と実践活動のあゆみは、城戸幡太郎との重なりが多いことが注目され、なかでも城戸による家庭科教科書の刊行に5年あまり先行して「家庭科教科書の新しい構想」を打ち出していることは特筆される。
本発表では、浦辺の論文「家庭科教科書の新しい構想」を中心に、浦辺の論考の数々を資料として用いて、浦辺が構想した新しい家庭科像を検討の一部を報告する。「わたしたちの生活は、わたしたちがつくる」ともいうべき生活の共同化を基幹とした生活設計をめざす浦辺による家庭科構想を明らかにすることを通して、現代の家庭科への示唆を得ることを目的とする。
【方法】
文献研究による。
【結果】
1.戦後初期の生活の現実-2つの生活と家庭経済の再建
日常生活における社会生活と家庭生活が、どのように繰り返されているのか、またそのなかでどのような課題を抱えているのかを、浦辺は、生活そのものの現実を調査することから始め、明らかにしようと試みた(「家庭経済再建のために-家計調査の示唆するもの-」『婦人公論』1947年11月号)。「家計簿こそは物の面からみた生活の総合的記録であって、精細にもらさず書きとめた家計簿を分析したならば、その家族の栄養状態がわかり、子供の養育や社会的文化的生活までを明らかにすることが出来るのである。家計簿からたしかめられた生活費こそは、収入の源泉である賃金値上げに必要欠くべからざる労働組合の武器である。」と家計簿を位置づける。同時に、社会生活と家庭生活を含めた生活時間に着目する。家庭経済に加えて生活時間を位置づけ、生活時間の記録と調査を行なうことで、生活に消費される時間の配分を明らかにし、家庭内の家族員相互の関連を分析し、不合理性や非民主性などを打破・改善する実証的資料が導きだされる。これらを通して、生活の共同化や社会化をおしすすめ、生活の科学化を普及させ、暮らしかたを改め、新たな生活様式の確立がめざされる。
2.家庭科への期待と家庭科教科書の新しい構想
(1)現実の生活構造の具体的な把握
新しい生活様式の探究にあたり、1)国民の家庭生活の現実把握、2)家庭を社会との関連において把握、3)現実の生活構造の具体的な把握の必要を説く。これらの把握には「科学の大衆化」との連続があった。「生徒に家庭生活の実態をしらべさせ、問題を発見させて、日常生活の中に芽生えている、新しい合理的なものを育てるため、古い合理的なものをいかにとり除くかということに役の立つ内容こそ、生徒と、教師が切に教科書にもとめている」と考え、新しい教科書を構想する。その拠りどころとなり指標となったのは、「現実の生活構造の具体的な把握」であった。それゆえ、「生活構造」「基本的生活」「社会文化生活」に生活を構造的に分けて把握を試みた。
(2)家庭科教科書の新しい構想
1)家庭と社会の関係と民主化:「もしわれわれが家族の新しい生活様式を探究するならば人間の社会的秩序の基礎をなす経済的基礎そのものの改革を必要とするだろう」として、生活様式の変革は経済的基礎である生産様式の変革を社会的必然や歴史的必然として要求するとした。
2)家庭生活の現実:生活の合理化と科学化について、「勤労者の生活をとりあげるならば収入の源泉である賃金を増すことが生活合理化の基礎条件となる。当面個々の家庭で社会的生産に移せるものを共同化して、その線に沿って生活の科学化がとりあげたてなければならない。」と述べる。生活費と生活時間の社会化・共同化・合理化により、「男女ともに文化的生活を享受し得るように時間的、労力的に余裕をもつことで労働の生産性を高める」こととなり、結果として、家庭・家族の民主化や新しい生活様式の探求の可能性は広がる。生活の共同化による生活改善と余暇の増大は、人間のあらたな可能性をきりひらく自由の拡大を意味する。
3)新しい生活様式の探求:「家庭教育(ママ:家庭科教育)の根本態度は実証的であり、歴史的であり、社会的でなければならない」として家庭科教育の科学化を教科教育の課題として位置づけ、「家庭の生活構造を人(家族)と物(家計)と時(生活時間)の三つの面から分析し、家庭にいとなまれる主要な生活要素を明らかにし、最後に之を綜合して生活共同化を基幹とする生活設計にとりまとめてこれ等全体を家庭科教科書の教材にすべきである。」と述べる。