主催: 日本ヒトプロテオーム機構
疾患プロテオミクスでは、リン酸化や糖鎖の付加などの酵素的修飾以外に、活性酸素種(ROS)の攻撃によって非酵素的に生じた酸化修飾タンパク質の解析が重要な研究テーマとなる。日本人の死因のトップを占める癌や心臓病、脳卒中をはじめ、糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病では、ROSによるタンパク質の酸化傷害が発症に関与している。つまり、タンパク質は酸化傷害によって生じたカルボニル化(アルデヒド化)やニトロ化、および糖化(AGE化)などの非生理的翻訳後修飾を受けることによって生理的機能を失う。そこで、疾患プロテオーム解析においては、タンパク質の存在量を調べるだけでなく、酸化修飾も含めた、タンパク質の機能状態をあらわすさまざまな翻訳後修飾を網羅的に調べる必要がある。 これまでの研究で、ヒトの2型糖尿病モデルラットOtsuka Long-Evans Tokushima Fatty(OLETF)の骨格筋、心筋および精巣では、コントロールに比べて多数のタンパク質でカルボニル化が促進されていることを見出した。そこで本研究では、カルボニル化が促進されたタンパク質に関して、糖化およびユビキチン化について調べることにした。我々は、これらの翻訳後修飾を同時に検出するために量子ドットに着目した。量子ドットは直径数nmの半導体素材からなるナノクリスタルで、粒径のサイズによって蛍光波長が異なるという特長があり、各波長に対応したパンドパスフィルターを用いることで波長別に検出することができる。そこで、二次元電気泳動(2-DE)法とウェスタンブロッティング法を組み合わせて、複数の翻訳後修飾を同時に解析する新たな疾患プロテオーム解析のストラテジーを開発した。糖化(メチルグリオキサールおよびAGE-1)とユビキチン化に対する特異抗体と量子ドットを用いて骨格筋で調べたところ、(1)糖尿病ラットのアクチンはカルボニル化、糖化ともに進行しているにもかかわらずユビキチン化されていないこと、(2)糖尿病ラットのクレアチンキナーゼはカルボニル化、糖化、ユビキチン化ともに促進されていること、および(3)糖尿病ラットでは、カルボニル化蛋白質および糖化タンパク質のスポット数が発症前後で急激に増加するだけでなく、バックグラウンド全体に拡散することなどが明らかになった。このことから、病状が進行するにつれて酸化傷害タンパク質はさらにヘテロな状態が増すと推察された。