2019 年 122 巻 12 号 p. 1508-1515
感音難聴に対する治療法の開発は, 診断学の向上に比べて進捗が乏しい. その一つの原因は生検による患者内耳細胞の直接の観察が解剖学的に困難なことにある. これまでに代替手法として細胞株やモデル動物を用いた研究が展開され, 有用な情報をもたらしてきたものの, いまなお未解明な科学的課題も多数残されている.
近年, 既存の手法で克服できなかった科学的課題に対し, ヒト細胞および組織の代替となる新しい研究ツールとして, ヒト iPS 細胞を用いた検討が医学のさまざまな分野で展開されている. 山中らによって2006年にマウスで最初に報告された iPS 細胞だが, 続く2007年にはヒト iPS 細胞の樹立方法が報告され, 約十年の間にその応用方法は飛躍的な発展を遂げている. 本細胞は体内のありとあらゆる細胞に分化誘導可能という特徴を持つ. この性質を利用することによって, 体外で目的の細胞を作成し, 細胞移植治療や病態研究, さらには創薬研究への応用が可能である. 国内においても, すでに網膜や脳に対する移植が臨床研究レベルで行われているほか, 複数の疾患において iPS 細胞を用いて発見された治療薬候補の臨床検討が開始されている.
ヒト iPS 細胞を用いた研究は, 内耳疾患研究および治療法開発にも応用が可能である. ほかの臓器と同様に, 本細胞からの体外での内耳細胞誘導が可能であり, 誘導されたヒト iPS 細胞由来内耳細胞を用いた研究が展開できる. 内耳研究においてもこれまでに, ① 細胞治療への応用, ② 内耳病態生理研究への応用, ③ 創薬研究への応用, がなされており, そのほかにも老化研究や遺伝子治療法の開発への貢献などさまざまな可能性が期待されている. 本稿では, ヒト iPS 細胞の内耳研究への応用および iPS 細胞創薬の展望を概説するとともに, 最新の試みを紹介する.